第12話 敵地の偵察2

 今、矢神拓人やがみたくと窮地きゅうちに立たされている。なぜなら、目の前にいるのは、純白のフリルの付いた輝かしいドレスに身を包む真紀奈がいるのだから。 それになぜか拓人まで白のタキシードを着る羽目になるとは、思いもよらなかった。

 周りから見たら絶世の美女と思えるが、拓人からしてみたら地獄絵図じごくえずにしか見えない。いくら試着会だとはいえ、ウェディングドレスの妹とタキシードの兄とのツーショットは洒落にならない。


「お二人もっと近づいて!」


 ノリノリのスタッフに拓人は殺意を覚える。


「もうお兄ちゃん、照れちゃって。早くこっちに寄って」


 さすがに我慢の限界で拓人の眉間に青筋が浮き出てしまう。

 だが、今まで見せたことのない笑顔を見せる真紀奈を見て今回だけ特別に好きなようにさせてやろう、と思った兄らしい拓人であった。

 

 何とか悪夢のような写真撮影が終わり、拓人はトイレに行くとスタッフに告げて、その場から立ち去った。

 まだ完全にこの施設のマッピングが出来ていないため、少しの時間この施設を探索することにした。

 撮影室から右側の通路をしばらく歩くと下へと続く階段に目がとまる。


(ここはどこに繋がっているんだ……)


 とにかく地下へと続く階段の降りてみることにした。

 人気ひとけが無く、真っ直ぐ続く通路には左右室内に入るドアが多数ある。

 まず最初に左側から一番目の部屋に入る。

 鍵が掛かっていないため、すんなりと入れたが、書類などが棚に綺麗に並べられているので、ここは書類の保管室みたいだ。

 この室内を辺りくまなく調べたが、これといった手がかりがないので、スタッフにバレないように早めに退出した。

 それからは、何カ所かドアノブに鍵が掛かってて、中には入れないところや、衣装室など様々な部屋があり、最後の部屋のドアノブをひねった。すると鍵が掛かっていないため、ドアが開く。

 恐る恐る暗闇の中に侵入して、室内の照明スイッチを手探りで見つけて押すと、そこはタダの物置だった。

 落胆した拓人は、そのまま部屋から出ようとしたとき、物置の室内にある木製の棚が左側にスライドした。

 慌てふためく拓人はどうしたらいいか室内であたふたする。

 まさか隠し扉がこの物置の施設あったとは。

 誰かが来るまでに急いで帰らないと、と急いでドアノブに掴むと、ドアの向こう側に歩く人の足音がこちらに近づいてくる。

 最悪の事態。隠し部屋からこちらに向かう足音が聞こえ、ドアの向こうからも、こちらに近づいてくる足音が聞こえてくる。

 八方塞がりになった拓人は、咄嗟に周囲を確認し身を潜める場所を探す。

 ――その瞬間。


「ん? 誰かいるのか」

「私です。伯爵様」

「ああ、お前か」

 

 伯爵の目の前には何者かの男性の声が聞こえる。


「手はずは整いました」

「そうか、では最終ステージに向けて早急に準備をしろ。それと三日後の晩餐会に向けて幹部達の収集も忘れるな」

「はい」

 

 物置部屋にある片隅に一つのロッカーがあり、拓人はそこに身を潜めて伯爵達の話しを盗み聞きをしていた。


(最終ステージ? 一体何を企んでいるんだ)

「ガランッ」

「「!?」」

 

 会話に集中していると、運悪く足でバケツを蹴ってしまった。


「今、音がしました?」

「この室内に私たち以外に誰かいるな……」

 

 聴覚が鋭い吸血鬼は、音の出た近くまでゆっくりと歩いてくる。

 一歩一歩近づいてくる足音とともに拓人の心臓が飛び跳ねるくらいの鼓動がリズミカルに鳴り響く。

 近づいてくる足音が急に止まり、ロッカーの取っ手を掴む音が聞こえた瞬間。


「社長~!」

 

 急に女性のらしき声が聞こえた途端、取っ手から離した伯爵は急いでその場から離れていった。


(助かった……)


 安心しきった拓人はホッと胸をなで下ろし、足音が聞こえなくなるまでこの場で身を潜めながら様子を窺い、辺りが静寂に戻った瞬間、ロッカーから脱出に成功した。


 隠し扉がある方へ探索するチャンスであるが、今の拓人は早くこの施設から脱出したい気持ちが強かったため、探索は打ち切り真紀奈が待っている場所に戻った。

 階段を登り撮影室に戻ると眉をつり上げている私服姿の真紀奈が両方の腰に手を当てて突っ立ていた。


「お兄ちゃん遅い! どんだけトイレが長いの!」

「わ、悪かった。ずっと我慢してて出すとき酷かったんだよ」

「こんなところで下品なこと言わないでよ!」


 怒りで眉をつり上げる真紀奈をなだめて。二人は有栖河ブライダルを出た。


 自宅に着くまで兄妹同士の小粋な会話を始めた。

 

「今日は俺の為にありがとうな」

「うん。私も今日はすごく楽しかった。今までで一番幸せな一日だった」

「そうなら良かった」

「将来ここの式場で式を挙げようね」

「おまえと結婚するつもりはない!」


 真紀奈の頭にゲンコツをかます。

「もう、いつもいつも私の頭を叩いて酷いよ~」

 

 頭を押さえてウルウル真紀奈を見て拓人は深いため息を送る。


「だったら、叩かれないような発言をしろ」


 今日はトラブルもあったが思いがけない成果も上げられたのでとても満足した。

 早く施設での出来事を愛萌めめ世宇主ぜうすに報告し晩餐会に向けての作戦を練りたいと拓人は思って自宅に帰っていった。

 

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