第11話 敵地に偵察!

 都内の住宅街から南の方へ二キロ離れたとこに、白く清潔感せいけつかんのある二階建での建物、有栖河ありすかわブライダルがあった。

 さっそく施設に訪れると、室内は全体真っ白で天井には大きなガラスが輝かせるシャンデリアが吊されている。

 室内の周りは式を挙げるカップルたちがスタッフたちと会話をしていているようだ。

 他のお客の応対が終わったスタッフが、こちらに気づき近づいてくるのに拓人たくとは身をすくみそうになる。

 何故なら隣にい少女は彼女ではなく妹なのだから。


「いらっしゃいませ。本日はどんなご利用ですか?」


 爽やか営業スマイルで暖かく拓人達を歓迎する姿はまさしくプロ。

 

「ウエディングドレスの試着会に来たんですけど……」


 眉を八の字にしたスタッフは、なにか言いずらそうな表情をするのを悟った。二人の容姿を見れば間違いなく彼女、と言うより兄妹だと思われるに違いない。


「失礼ですか、お客様方はおいくつですか?」


 質問された内容が違っていたので、ついついその場で呆然としてしまった。

 

「十七歳と十六歳ですが?」


 てっきり兄妹だとバレたのじゃないかと思ったのだが、何とかごまかせてると安心する拓人だったが、スタッフは予想もいしてないことを喋りだした。

 

「大変申し訳ございませんが、未成年の方は試着会に参加することができません」

 

 愛萌めめの情報不足で、まさかの緊急事態。試着会に参加できるのは成人のカップル以外は参加できなかった。

 この場で引き返したら身体を張った計画が台無しになると拓人は思い強引に懇願する。

 

「なんとか、参加できないんですか!?」

「そう言われましても規則ですので……」

「そうですか……」

 拓人の必死の頼みに、困り果てたようにスタッフを頬に手を当てて申し訳なさそうに伝えてきた。

 やむを得なく引き下がろうとしたが、真紀奈まきなは不満に顔を顰めた。


「未成年がダメって差別じゃないですか!? 私もウエディングドレスが着てみたいです! お願いします!」

「……どうしましょ」

 懇願こんがんする真紀奈を見てさらに困り果てたスタッフに、見かねた人物が拓人達に歩み寄ってっきた。

 その人物に気付いた拓人は怒りと憎悪が渦のように湧き出てきた。


「いいではないかね」

「アレックス社長!?」


 このアレックスという人物は、紛れもなくジュラキ伯爵だったのだ。

 全身黒ずくめではなく、清潔感のある白のスーツに身を包んだ伯爵は、拓人の方を見てうっすらと微笑んだが、その微笑みは一見不気味にも感じた。


「可愛いお嬢さんだ。あなたみたいな人がドレスを着たら、全世界の男性が虜になってしまうかも知れないな」

(高一の少女にそんな台詞を吐くなんて、お前はロリコンか!)

「ありがとうございます!」


 真紀奈は、とても嬉しそうに喜色満面きしょくまんめんの笑みを浮かべる。


「さあ、この子を試着室に連れて行きなさい」

「かしこ参りました」


 スタッフは真紀奈を連れて、試着室に案内を始めた。

 拓人は今の女性のスタッフも吸血鬼なんかじゃないか、と疑っていたので万が一、真紀奈に何かあったらいけないと、一緒に試着室に向かおうとしたとき、突然ジュラキ伯爵に肩を掴まれた。


「君は私と来たまえ」

「ふざけるな 俺は真紀奈と一緒に試着室に向かう」

「安心しなさいスタッフの彼女は人間だ」


 どうやら拓人の心が読めていたらしい。


「それとも君は女性が着替えている室内に侵入しようといういうのかね」

「……わかった」


 社長室に行けば、かなり有力な情報が手に入るんじゃないか、と思った拓人は優先順位を変えた。

 社長室に向かう途中、施設の周りを脳内マッピングした。晩餐会の時に施設の経路は何かと必要なためだ。

 豪華なドアを開け、二人は中に入る。

 二十畳ちかいとても大きな室内で、奥にはでっかい大理石のデスクにあり、革製のチェアに伯爵は腰を下ろし始める。


「まさか、君が彼女を連れて訪れるなんて意外だったよ」

「あいつは彼女じゃない。!!」


 伯爵は表情をにごし、軽蔑けいべつするような眼差しを拓人に送る。


「君は、妹に恋愛感情を抱いているのか! ……なんていう可哀想な奴なんだ」

「違う逆だ! 妹が俺に恋愛感情を抱いているんだ!」

「それじゃあ、今日、ここには妹に無理矢理連れてこられた、ということか?」

「ああ。その通りだ」


 ほんとはこの施設の偵察をしたく、妹を誘った。なんて口を酸っぱくしても言えない。


「まあ、他人の恋愛事情に口を挟まんつもりだ。それと、話は変わるが人間から吸血鬼になった感想を君に聞きたくてな……どうだ、景色が違く見えるだろ」

「正直に言って、最悪な景色だ。できるなら人間に戻りたいのだが」

「それはできない。それに今は、同胞の人数を増やしたいのでね」

「それはどういうことだ?」

「君に話す権利はないよ」


 急に全身寒気がした。拓人に向けて、伯爵は殺気を放ったのだ。

 おぞましい殺気に、声を出すことができない。この吸血鬼から女神の涙を盗むことできるのか、不安に駆られる拓人であった。


「……一つ聞いてもいいか?」

「要件にもよるがいいだろう」

 

 拓人は重たい口を開け、震えながら話し始める。

 

諸説しょせつでは吸血鬼は日光に弱く、ニンニクや十字架や銀が苦手だと記されているが、これは本当なのか?」


「君は、おとぎ話を信じる者か?」

「……小さい頃は信じていたけど、今はない」

 

 伯爵は、チェアから立ち上がり窓際に向いて話しを続けた。


「信じない君はどうして、私が吸血鬼だと思っている」

「それは、お前自ら吸血鬼だと名乗ったからだ。それに人を襲って生き血も吸っているじゃないか」


 鼻で笑う伯爵に、怒りを覚える拓人は必死に堪える。


「君はまだ、おとぎ話を信じているのだよ。この私のように」

「訳がわかんねぇよ。実際に吸血鬼になっているのだから、おとぎ話の問題じゃないだろ」

「これは吸血鬼という者に変化したのではなく、

「ウィルス!?」


 まさか吸血鬼じゃなく、未知のウィルスに感染するものだと思いも寄らなかったが、架空の妖怪に例えるよりは実感がわく。

 それと、本当にウィルスだったとしたら、薬でウィルスを死滅しめつさせたら元の人間に戻れるという確信もあるはずだ。


「このウィルスはまだ、ほんとの名前は決められていないが、私たちの間では『バンパイア』と言われている」


「そのウィルスを死滅するワクチンもあるんだろ」


「ああ。あるとも」


 拓人の頭に思い浮かべた言葉が現れた。

 

「そのワクチンはというものだよな」


 その言葉を口ずさむと、ジュラキ伯爵は驚き目を見開くが、すぐに平常心が戻る。


「ほお、詳しいな」

「お願いだ。そのワクチンで俺を人間に戻してくれ!」

 

 ジュラキ伯爵は首を横に振る。


「これは使用者が決まっている」

「一体誰に使うんだ!?」

「――社長準備ができました」


突然、真紀奈の担当をしたスタッフが現れた。


「さあ、早く行きたまえ」

「まだ、話しが終わってない!」

「紳士が、お姫様を待たすもんじゃない」

「あいつは妹だ! 姫じゃない!」

 

 まだ聞きたいことがあるが、強引に肩を押されて真紀奈が待っている室内へスタッフに強引に向かわされた。

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