第7話 女神の涙

 吸血鬼から人間に戻れると聞いた拓人たくと愛萌めめに連れられてきた都内の私立病院に来た。

 ここは以前拓人が入院していた病院で、愛萌の知り合いの院長が経営しているという。

 早速院内に入る拓人だが、愛萌は院内の広いホームにあるエレベータには向かわず、そのまま院内から左側の細い通路に向かう。

 そこには関係者以外立ち入り禁止と書かれた両開きのドアがあり、拓人は愛萌の後に続いて歩いて行くと、職員用らしきのエレベーターを見つけた。

そのエレベータは院内フロアのエレベータにはない地下一階へと向かうボタンを目にする。

 

「今から向かう所は人には他言無用でお願いする」

「ええ。わかりました」


 一般には公開しないと言うことは一体どんな所なんだろう、と拓人は内心SF映画の中に飛び込んだ気持ちになりわくわくする。

 地下一階にエレベーターが降り、愛萌の後をついて行き、目の前に現れた施設の自動ドアがゆっくりと開く。

 そこは夢でも見ているような驚くような光景だった。

 白衣を着た研究者が何人もいて、顕微鏡けんびきょうを使用している人や、数人で議論している研究員の光景があった。。


「これは一体!?」

「ここは超常現象の研究施設なんだ」

!?」

「ああ。表向きは病気や怪我をした患者を治す都内の私立病院だが、裏では未確認の生物や幽霊や妖怪、悪魔それと新種の生物の研究や実験などもしているのだ。そしてこの私も元ここの研究員」

「まさか! そんな研究をしている施設があるなんて! 夢を見ているようだよ!」

「ほほう、愛萌君が珍しくお客さんを連れてくるとはね」


 急に拓人と愛萌の会話の間に入ってきた謎のご老人が現れた。

 七十はいってる年配で、白髪交じりの堅実そうな人物だ。


「自己紹介がまだだったな。初めまして、私は神ゼウスから生まれた子供で、名は世宇主旦次朗ぜうすたんじろうという。よろしくな」

 

 まさか愛萌が言っていた中二病の人物が、こんなだったとは目を疑ってしまう。

 

「こちらこそ初めまして矢神拓人やがみたくとと申します」


 目を見開いて旦次朗は拓人の肩を力一杯掴む。


「君が吸血鬼にされた子だね。愛萌君から聞いたよ。それに名字がなんて、君はどんな神から生まれたんだ?」

「いえ、私は人間から生まれた者です」


 この旦次朗という人は末期の中二病らしい。


「旦次朗さんに一つお聞きしたいことがあるんですが?」

「世宇主と呼んでくれ。下の名前にはコンプレックスをもっておってな。それで聞きたいこととは?」

(普通名字にコンプレックス持つだろう!)

「ん? なにか言ったのか?」

「いいえ! それで聞きたいことなんですけど、実は吸血鬼が人間に戻れる方法があると先生に言われてきたんですが、ほんとですか?」


 その答えに世宇主は、顎を撫でながら難しい表情をする。


「確信とはいかないが、あると言っていた。まあ、本人に直接聞いた方がいいだろ。――ちょうどその本人が来たぞ」


 後ろを振り返ると、思いもしなかった光景が拓人の目の前に現れた。


「おまえ!」

「そう警戒するなよ、今の俺は戦う意思なんてない。むしろ、おまえら人間の味方だ。それと坊主には自己紹介はまだだったな。俺の名前は柳葉裕一郎やなぎばゆういちろうだ」


 モヒカン頭の上はタンクトップで下は両脇に二本の白いストライプの入ったジャージ姿の拓人と愛萌を襲った体格のいい吸血鬼である柳場が現れた。


「ふん。俺は、お前と仲良くなるつもりはないから自己紹介はしない。どうせ、隙を見計らって裏切るつもりだろ」

「まあ、別に誰に何と言われようと俺は痛くもかゆくもないが、せめてお互いの名前ぐらいは知っといた方がいいと思うんだが」


 柳場の前に拓人は睨みつけていると、愛萌が仲裁する。


「別に仲良くならなくてもいい。だが、人間に戻りたいなら柳場の言うことも聞いた方がいいぞ」

「……わかったよ。俺は矢神拓人だ。よろしくな」


 仕方なく、この柳場と一時、手を組むことにした。

 

「よし。お互い仲良くなったことだし、話してくれないか、人間に戻る方法を」

「わかったよ姐さん。人間に戻る方法は、あるアイテムを使うんだ」

「あるアイテム?」


 拓人は、息を呑み込んだ。

 

「そう、そのアイテムの名は。だが、俺もそのアイテムはどんな物かもわからないんだ。知っているのは伯爵だけだ」

「その伯爵の居場所は?」


 柳場は首を横に振る。

 

「俺みたいな下級吸血鬼が知るわけないだろ。知っているのは上層部の奴らか、気に入られている幹部の手下ぐらいだよ」


 ジュラキ伯爵の居場所がわからないと、人間に戻ることができないとわかり、拓人は肩をすくめた。


「そう落ち込むな。一生見つからないわけじゃあるまいし」

 

 落ち込む拓人の肩をポン、と優しく叩いた。

 

「でも……」

「姐さんの言うとおりだ。そう落ち込むな。それに良い情報もあるぞ」


 拓人は興味を向けて、柳場を見る。


「その情報は何だ! 教えてくれ!」


 拓人は必至に、柳場の肩を強く揺さぶった。


「ちょ……揺らすな! 吸血鬼だけが通うBARがあるんだよ!」

BARだと?」

「ああ。そこに行けば伯爵の情報が、わかるはずだ」

 

 膝に手をつき、柳場は呼吸を整える。

 一筋の希望が見えるた拓人は、やる気のある顔つきへと変わる。


「急いでそのBARに行こう」


 柳場の腕を引っ張り、施設から出ようとした。


「ちょっと待て、BARに入るには条件があるんだ」

「なんの条件だ?」

「それは鮮度の良い血液が必要だ」

「それならここは病院だ。いくらでも血液がある」

「それじゃダメなんだ。取れたばかりで、健康な血液じゃないと、入ることができない」


 輸血に使う血液はダメで、尚且なおかつ健康で鮮度が良い血液なんて、病院でも手に入れることは難しい。

 

献血けんけつしている所へ行くのも手だぞ」

愛萌が言うと、世宇主は首を横に振る。

 

「それはできない。まずは献血した血液は、検査や調整作業をしてからじゃないと手に入らないんだ」

「それじゃ……一体どうしたら」


 民間人を襲って血を入手するしか方法がないのか、と思っていると突然愛萌がこの場から離れて、研究用のデスクをキョロキョロ見渡す。

 デスクに置いてある実験用のメスを手に取り、こちらに近づいてくる。


「博士、ふたが着いて100CC入る容器はありませんか?」

「ああ。あるが――もしかして愛萌君!」


 拓人も今、愛萌がしようとすることが、わかった。


「ダメだ先生! 別な方法を探そ!」

「私の事は気にするな。早く容器を持ってきてくれ」


 二人は反対をしたが、愛萌は頑として気持ちを変えない。

 ため息交じりで世宇主は戸棚から、小さい透明のキャップの着いた瓶と漏斗ろうとを取り出し、愛萌に渡す。

 キャップを開けた愛萌はその口に漏斗を入れ、その上から勢いよく自分の左腕をメスで切った。

 傷口から大量に流れる血液が漏斗を辿たどって瓶へと流れ落ちる。

 柳場と拓人は、愛萌の流れる血液を見て興奮し出す。

 拓人も吸血鬼だから血を見て興奮するのは当たり前、少しでも気を緩めてしまうと、愛萌を襲いそうになってしまう。

 何とか血液でいっぱいになった瓶に蓋を閉めて拓人に渡す。

 世宇主は急いで救急箱を取り出し、愛萌の腕の傷口に治療を開始した。


「全く君は無茶し追って……、傷跡が残ったらどうするんだ」

「生徒のためですから、これぐらい容易よういです」


 拓人は目から涙をこぼしそうになるが、グッと堪えた。


「……ありがとう先生」

「いいから、早く行ってこい。おい柳場。私の生徒を頼んだぞ」

「はい! 姐さんの生徒は俺が命を賭けて守ります!」

「柳場も気をつけて行くんだぞ」

「はい! 姐さん!」


 柳場は涙を流しながら敬礼する。


 こうして拓人と柳場は吸血鬼が集まるBARへと足を運ぶのだった。

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