第5話 新たな吸血鬼

 人が混み合う東京の大都会で、拓人たくと愛萌めめは吸血鬼と出くわした人気ひとけが少ない路地裏に着く。  

今まで平然として通ってきた路地裏だったが、吸血鬼との一件で今はゾッと立ちすくむような恐怖感に狩られてしまう。


「ここで吸血鬼に出くわしたのか?」

「ああ。ここで俺は横たわっている血まみれの女性と、吸血鬼の王と名乗ったジュラキ伯爵に出会ったんだ」

「そうか……よし。まずは現場を調べてみるか」


 不気味な闇が巣くうこの通路を愛萌は平然と歩き出した後を、拓人は足をガクブルになりながら続いていく。

 

「おい!」

「……なんだ、先生?」

「暑苦しい! 離れろ! 一応、私は女なんだぞ」


 拓人はいつの間にかひっつき虫みたいに愛萌の腰に恐怖でしがみついていた。

 無理矢理、愛萌に引き剥がされ、仕方なく距離を近く保ちながら捜索そうさくすることにした。

 それなりに細い通路を愛萌は入念に調べる。と急に拓人を呼びはじめた。


「どうしたの?」

「これを見ろ」

 

 そこにはおびただしい大量の血痕けっこんが残っていた。


「俺が目撃した女性は一体どこに……」

「多分、何者かの達によって遺体は処分されたと推測すいそくするが」


 ――突如、周りから気味の悪い、けたたましい笑い声が建物の隙間に響き渡る。


「なんだ!?」

「どうやら、私も生の吸血鬼がおがめるということか」

「!?」


 拓人は愛萌の腰に素早く抱きつこうとしたが、それをひらりとかわされた。


 まさか、この場でまた吸血鬼が現れるとは思わなかった。だが、この声の主は拓人と出会ったジュラキ伯爵の声ではない。


「出てこい!」


 愛萌は声を張らせて一言放つと、瞬時に何者かが二人の目の前に姿を見せる。


 モヒカン頭に鼻ピアスをした黒のタンクトップを着こなす、体格のいい男性が鋭い犬歯を見せつけニヤニヤ笑っている。


「生きのいい生き血を発見」


 ジュラキ伯爵と同じく、彼の目も闇夜やみよの中で赤い禍々まがまがしい色を放っている。


「拓人。おまえが見た吸血鬼とはまるで違う容姿だが、あいつがそうなのか?」

「いいや、別人だ。ただ奴も吸血鬼なら伯爵の事も知っているはず」


 目の前の吸血鬼に、愛萌は恐怖心もなく堂々とした面持ちで口を開いた。


「おい! おまえに聞きたいことが――っ!」


 突然、吸血鬼が愛萌の腕に噛みついてきた。あまりにも一瞬の出来事で油断をしてしまったらしい。


〈愛萌先生!!〉

「……ぐうぅぅっ、離せ!」


 力一杯振りほどこうとする愛萌の右腕から、大量の血液が流れ落ちてくる。

 この状況を、ただ黙ってみているわけにはいかない、と近くにあった空のビール瓶の先端を手に持ち、拓人は吸血鬼の頭上に勢いよくビール瓶を振りかざした。

 バリーン、と突き刺さる響いた音が狭い路地裏中に広がる。だが、吸血鬼はビクともしないで、こちらに目を向けた。

 

「痛てぇな!」

 

 拓人は恐怖のあまり身をすくみそうになると、吸血鬼が血の吸っていた愛萌の腕を離して、こちらに飛びかかってきた。

 逃げようとするが、相手の吸血鬼はハヤブサのような素早さで拓人の首筋にかぶりつく。

 貧血の拓人にとって、これ以上血を吸われたら命の保証がない。

 だが突然、思いも寄らないことが起きた。なんと吸血鬼は勢いよく血を吸うと拓人から急に離れてしまった。

 

「なんだ……息が……ゲホッ……ゲホッ」

「一体どうしたってんだ!?」


 首に手を押さえて、藻掻もがき苦しむ吸血鬼を見ながら、何が起きたかという表情で浩太はこの場に立ち尽くす。


「それって、どういうことだ先生!?」


 吸血鬼にとって自分に流れる体内の血液は毒であり、万が一自分や他の吸血鬼の毒を摂取せっしゅすると命を落とすのではないかと愛萌は解説した。


「まあ、私の推測だけどな。現に拓人の血を吸った吸血鬼が、ああやって藻掻き苦しんでいるのだから間違いはないだろう」

「確かに。先生の言うとおりでもあるな……」


 愛萌は流血している腕を押さえながら、苦しみで倒れ込んでいる吸血鬼の所へ近づく。


「くそ! まさか……人間と一緒に同胞がいるなんて……考えていなかった」

「なあ、聞きそびれていたが、ジュラキ伯爵という人物は知っているよな?」

「どうしてその名前を!?」

 

 急に顔が豹変ひょうへんした吸血鬼の胸倉むねぐらを掴み、愛萌は脅しをかける。


「もし情報を提供してくれたら、お前を治してやろう」

「ちょっ! 何言っているんだよ先生!」

 

 あろうことか、自分を殺そうとした吸血鬼を助けよう何て、愛萌の発言に浩太は反発する。


「こいつを生かして置いた方が、何かと使える。それに、何かあったときは拓人、任せたぞ」

「俺がこいつを押さえつけることなんて出来るわけないでしょう! 現に俺だって殺されそうになったのに!」

「お前も吸血鬼なんだ。こいつみたいに強くなることだって出来る」

「そんな無茶な……」

「お前みたいな、下級吸血鬼に俺が負けるわけないだろ……」

 

 弱っている吸血鬼が、拓人に向けて小馬鹿にした態度を取っていると、愛萌は白衣のポケットからスタンガンを取リ出した。


「人間と同胞の区別も出来ないお前も同類だ。お前には、じっくり尋問させてもらう。私の尋問は優しくはないぞ」

「ぐぎゃあぁぁっ!」


 首筋に、スタンガンの強力な電流が全身に流れ込み、吸血鬼は失神してしまった。

 

 愛萌は反対の白衣のポケットから、スマホを取り出し、誰かに連絡をしようとしている。


「今教授に連絡して、この吸血鬼の保護をしてもらう」

「教授って、まさか……」

「そうだ。拓人が最近まで入院していた病院だ」

「病院に連れて行くの!?」

「ああ、地下一階に隔離かくりする」


 さらに血迷ったことを言う愛萌に、拓人は気が動転しそうになる。

 

「俺は反対だ! 万が一逃亡したら、病院で入院している患者がいい餌食えじきになる」

「大丈夫だ。それに輸血した血液もあるし、それを与えていれば問題ない」

「朝の朝刊や、ニュースが楽しみだ。『院内の入院患者が大量殺害』という見出しの記事にね」

「どこに行くんだ」

「帰るに決まっているだろ」

 

 愛萌の考えに賛同できない拓人は憤慨な気分で、そのまま自宅へと帰路した。


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