第9話 作業完了
地下七層への階段前にやはりいた魔物を撃破し、これでようやく地下六層の大規模捜索活動が出来るようになった。
しっかり休んで魔力痛も収まった私は、魔法で地下六層の立体地図を虚空に浮かべ、白地に赤の腕章に仕込んである微弱魔力を放つ仕組み……通称魔力ビーコンの分布を探っていた。
「うーん、一カ所に固まり過ぎだね。みんな同じ方向に動いてるし、これじゃダメだ。誘導しないと」
私はサマナーズ・ロッドを構え、呪文を唱えた。
杖先に魔力光がほとばしり、地下六層中に私が召喚したシルフという、羽が生えた小人のような精霊が姿を見せたはずだ。
すると、一点に固まっていた集団がばらけはじめ、バランス良く地下六層に人が散りはじめた。
「フン、いつもの誘導か。召喚魔法をこういう使い方するヤツなんざ、お前くらいのもんだ」
テントに入ってきたヴァンが、小さく笑った。
「よし、私たちもサボってないでやろう。地図は浮かべたままで、手薄なところを狙うよ」
テントはそのままに、私はヴァンを肩に乗せて歩き始めた。
「この辺りはお手の物だけど、油断しないようにしないとね。変な罠はないはずだけど……」
「この迷宮でその思い込みはヤバいぞ。なにせ、気まぐれだからな。もっとも、ここはフロア全体が罠みたいなもんだ。この上さらに罠など必要あるまい」
ヴァンが耳を動かした。
「魔物もなにもいない。いつも通りだな。さっさと終わらせて地上に戻るぞ」
「はいはい、分かってるよ。さてと……」
私は手近な隠し通路を開けた。
この通路は、ひたすら長い上に行き止まりという、最悪の道だった。
装備がギリギリでこういった道に入ると、もう戻る事などできなかった。
「ああ、やっぱり……」
向いている方向からすると、行き止まりまでいって戻ろうとしたのだろう。
あと僅かで隠し通路から出られるというところで、行き倒れになった五人組を発見した。
「入り口で必要な通行証を持っているはずだから、それを回収しないとね」
この迷宮に入場制限が掛けられたお陰で、最低限身元を示すものが残るようになったのは、こういう時はありがたい。
私は死体の脇に転がっていた鞄を開け、中から人数分の通行証を取り出すと、ヴァンが魔法で火葬した。
「これでいい。この通路は長いからな、とっとと次だ」
「よし、いこう」
私たちは、カンテラの明かりを頼りに、通路の奥に進んでいった。
迷宮に入ると基本的に景色が変わらないため、人間はどうしても飽きてきてしまう。
魔物がいないこの階層はなおさらで、それを防ぐためにも適度な休憩は必要である。
私とヴァンは、通路の途中で休憩を取っていた。
「これをみる限りでは、みんな順調だね」
虚空に浮かべたままにしてある、地下六層の地図を見て、各人を示す点の動きを見ながら、私は呟いた。
「そりゃ手練ればかりだ。いつの間にか、お前が実行委員長みたいになっちまったが、明日は我が身だって理解しているヤツほど協力的になるもんだ。自然とここでの経験を積んだ連中ばかりになるのは、ある意味当然の事だな」
ヴァンが私が差し出したおやつのチュ○ルを食べながら、当たり前だといわんばかりに息を吐いた。
「それもそうか。まあ、下手に慣れてない人がこれをやると、お仲間になっちゃうからね。この階層に馴染むには、少し時間が掛かるかな」
私は笑った。
「うむ、無理はしないことだな。よし、もう休んだ。いこうか」
ヴァンが毛繕いして、大きく伸びをした。
「そうだね。さて、続きいこうか」
私は立ち上がり、ヴァンが肩に飛び乗った。
虚空に浮かべたままの立体地図では、刻一刻と変化する各人の動きが示されていた。
「この人数ならあと少しだね。こっちも急ごう」
「ちんたらやっていると笑われるぞ。実行委員長がこれじゃな」
ヴァンが小さく笑った。
長い通路を歩き、時折見かけた行き倒れの面々を葬り、私たちは通路の最奥部に到着した。
「よし、行き止まりだね。急いで戻ろう」
「考えてみれば、行き止まりと知っててわざわざ入ったんだよな。もの好きもいいところだぜ」
ヴァンが肩の上で笑みを浮かべた。
「もの好きじゃないと、この作業は出来ないよ。まあ、最近じゃなぜかガチガチな人たちがやってくれるようになったけど……」
「うむ、ほんの休憩程度なのだろう。迷宮の最奥部を目指す連中は、装備からして違うからな。この程度は朝飯前だ」
ヴァンが笑みを浮かべた。
私たちはきた道を引き返し、この道のスタート地点に向かった。
帰りはただ急ぎ足で歩くだけなので、さほど時間は掛からなかった。
「よし、一カ所制覇したぞ。あとはどこがあるかな……」
私は立体地図を見ながら考えた。
「もう、めぼしいところはほとんど誰かがやってるな。俺たちは適当に回って探そう」
ヴァンが杖をシュルシュル回しながらいった。
「そうだね、そうしないと取りこぼしがでちゃうからね。隅々までって、なかなか難しいもんだ」
「それは、この階層だからな。どこに誰が入り込んでいるか分かったもんじゃない。全部は限りなく不可能だ」
ヴァンが小さく息を吐いた。
「まぁね。まあ、今回は地下三十層を目指すつもりだったから、水も食料も大量にある事だし、じっくりいこう。武器で油断したな……」
「素直に魔法を使えば目指せるぞ。すでに一回やっておいて、また逆戻りか。そう意固地になるな。魔法使いは魔法と歩むものだぞ」
ヴァンが苦笑した。
「うん、分かってるよ。さっきいたドッペルゲンガーみたいなのは、魔法を使うしかないからね。でも、必要最低限だよ。使わないからしたら、少し進歩したでしょ」
私は笑った。
「半端なヤツだな……。まあ、いい。俺がいっても、聞かないからな」
ヴァンが苦笑した。
「いいじゃん、半端で結構。それじゃ、残りいくよ。二日は掛かると思ったけど、次の大休止までには終わりそうだね」
「フン、終わってくれなきゃ困る。ほら、さっさと進め」
ヴァンが私の頭を杖で叩いた。
「こら、杖は大事にしろ!!」
「お前の真似だ。さすが、サマナーズ・ロッドだな。あれだけぶん殴ってもぶっ壊れないもんな。俺の杖じゃああはいかん」
ヴァンが杖を確認した。
「……すまん、ぶっ壊れた。直してくれ」
「なに、あれくらいで壊れたの。しょうがないな、脆すぎるよ!!」
私は通路の床に座り、ヴァンから杖を受け取ると単眼鏡をつけ、工具を使って杖を分解した。
「あーあ、これ直せるかな。メインの魔性石までヒビが入っちゃってるよ。私は専門家ではないから、全く違う特性の杖になっちゃうよ。それでもいいなら、ここでやってみるけど……」
「杖なしで歩くより、万倍マシだろうな。魔法がなければ、俺には猫パンチしかない。まあ、自信はあるが、それで乗り越えられるほど甘くない場所だ。悪いが頼む」
ヴァンが肩の上で鼻を鳴らした。
「分かった。一応ゼロから作るだけの知識はあるから、やれるにはやれるからね。どれ、まずはサブの魔性石を退けないと作業が出来ないな。その前に残留魔力を抜かないと、魔性石を抜いた途端、爆発しかねないから」
「それは、俺でなければ出来ないはずだ。今、陰の状態にするから待て」
ヴァンは目を閉じ、呼吸をゆっくりした。
よく「陽の状態」「陰の状態」というのだが、前者は体から魔力が自然放出されている通常状態の事を示し、後者はその逆で魔力放出を無理矢理止める技の事だ。
こうしないと、杖に蓄えられた持ち主の魔力が外に放出されずに残留してしまい、魔力の固まりである杖を大きく弄ると、一気に解放されて暴発しかねないのだ。
「よし、いいぞ。もう杖から抜けたはずだ」
先ほどまで光り輝いていたヴァンの杖の中の明かりが消え、残留魔力が抜けた事を示した。
「うん、これなら大丈夫。さて、オペしますか」
私は工具箱から、先が変わった形をしたピンセットを取り出した。
「サブは三十二個か。パワー型のセッティングだね」
「うむ、俺の適正値は攻撃魔法だからな。回復に強い耐久型のセッティングでは合わないのだ。知っているだろう」
ヴァンが小さく笑みを浮かべた。
「分かってるけど、パワー型って難しいんだよね。まあ、やるしかないからやるけど」
私がヴァンの杖から慎重にサブの魔性石を取り外していると、白地に赤の十字マークを腕につけた一行が通りかかった。
「なんだ、故障か?」
「うん、ヴァンの杖が壊れちゃってね。悪いけど、作業を続行しておいて。直ったら復帰するから」
私はその人をみて、苦笑した。
「おう、任せておけ。もう、ほぼ終わったと思うぜ。じゃあ、気をつけろよ!!」
一行は私たちがきた方へと向かっていった。
「今のガチ勢でもトップクラスのパーティじゃん。参加してくれるって、嬉しいもんだよ」
「うむ、ああいう手合いが大勢参加している。杖が直る頃には、終わっているかもしれんな」
ヴァンが笑みを浮かべた。
「よし、直すよ。これが要のメイン魔性石っと」
私は杖が杖たる所以の、要にあった魔性石を外した。
「まずは、メインは要の交換だね。適当なのあるかな……」
私は工具箱をあさり、ヴァンの杖用に特別サイズに加工された魔性石を探した。
「SRじゃダメなんだよね。ヴァンの魔力に耐えられないから。SSR以上じゃないといけないから……あった」
私はピンセットで、工具箱に入っていたピンク色掛かった魔性石を掴んだ。
「おい、そいつはとっておきだろう。いいのか?」
「いいも悪いも、手持ちだとこれしかないんだよ。まあ、頑丈な杖にはなるね」
私は笑った。
工具箱の中を探り、破損したサブの魔性石三十二個の装着になると、私はピンセット片手に考えた。
SRとかSSRというのは魔性石のグレードで、高くなるほど耐久性も上がるし杖の性能も上がるが、シビアなコントロールが必要な玄人向けのものになる。
要がSSRなので同じグレードで揃える必要があったが、今回はその半数近くを交換する事になる。
これでは、杖の特性が全く違うものになってしまうので、もはや別の杖だった。
「なにを悩む、杖の特性なら問題ないぞ。俺はこう見えて、意外と器用だからな。杖に合わせるだけだ」
「分かった、私なりにやってみるよ。これは、かなり極端な性能になるかもね」
私は苦笑して、サブの魔性石を装着していった。
「よし、出来たよ。確かめて」
「うむ、やってみよう」
私から杖を受け取ったヴァンが、さっそく魔力を通した。
杖が眩しく光り、すぐに光りが消えた。
「なるほどな。大体、特性は分かった。それほどじゃじゃ馬というわけではない。むしろ、このくらい癖がないとつまらん。片付けて先に進もうか。他の検証は歩きながらやろう」
「はいはい、このフロアは調整に最適だからね。よし、いこうか」
こうして、私たちは再び地下六層を歩き始めた。
もう作業済みである事を確認しながら進み、気になる通路や隠し部屋まで片っ端から開けて、取りこぼしがない事を確かめながら、私たちは地下五層へ上る階段までたどり着いた。
そこにはもう、参加した面々が集合していて、お互いに雑談していた。
「あれ、早いね。さすがだよ」
私は笑みを浮かべた。
「おっ、やっとお出ましだぜ。これで全員か?」
私は虚空の立体地図で、誰もはぐれていない事を確認した。
「うん、全員揃ったね。みんなお疲れ!!」
私は叫び、腕章を外した。
全員が腕章を外し、それぞれのパーティが目的地へと移動しはじめた。
「よし、これで終わりだな。俺たちはテントに戻ろうか。もう、大休止の最適時間は過ぎているぞ」
ヴァンが笑みを浮かべた。
「あれ、そうなの。それじゃ、テントまで急ごう」
私は笑みを浮かべ、ヴァンを肩に乗せて地下六層を歩いたのだった。
ダンジョン・ハンター NEO @NEO
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。ダンジョン・ハンターの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます