第8話 もう一人の……
普段通りなら、恐らく二時間程度で目を覚ました私は、テント内にヴァンがいない事に気がついた。
「まさか、見張りやってないよね……」
私はテントから這い出た。
「なんだ、起きたのか」
ヴァンがテントの外で、杖を片手に私をみた。
「ああ、魔性石を変えたから、魔力を通して確認していたのか。
「うむ、これに時間が掛かる事は、お前も知ってるだろう。特に、俺の杖はじゃじゃ馬だからな」
ヴァンが小さく笑みを浮かべた。
杖はその中に仕込まれた魔性石という、魔力を吸収して放出する特殊な石でその性能が決まる。
魔性石は一個ではなく、核となる一つを取り囲むようにサブの魔性石が装着されているのだが、その一個一個は人間用なら小指の先ほどしかない。
猫用のかなり小型なヴァンの杖は、魔性石のサイズも米粒よりやや小さいほどで、これを弄るとバランスが崩れやすく、確認作業に手間が掛かるのだった。
「どう、ダメなら直すけど……」
「うむ、今のところは問題ない。この杖を弄れるのは、あのマジックショップのオヤジかお前くらいのものだろうな。迷宮の中じゃお前しかいないぜ。そういうところが、なんか使い魔っぽくないか。俺の」
「逆だ!!」
私は苦笑した。
「テントにいないから、なにかあったのかと思ったよ。無事ならいいや」
「うむ、地下六層でなにかある方がおかしいぜ。まあ、油断はできねぇがな」
ヴァンは杖を構え、魔力を空放出させた。
「うん、悪くねぇな。おい、お前の杖の起動石を元に戻せ。抜いてあるのは知ってるんだ」
ヴァンが私を睨んだ。
「はぁ、怒らないでよ。分かった分かった」
私は苦笑して、テントの中から自分の杖を取った。
それを分解すると、工具箱を開いた。
起動石とは、文字通り杖を起動させるための要の石。これがないと、杖は杖としての機能をもたず、ただぶん殴るだけの棒きれと大差ない。
「起動石、何番だったかな……」
「いい加減引っ掻くぞ。二十三番だ。忘れるわけがない」
私は単眼鏡をつけ、杖から一個だけ抜いてある魔性石を元に戻した。
「ちゃんと動作確認しろ。起動石なんか抜いちまったら、点検も大変だっていうのによ」
「そうでもない。一発で終わる」
私は杖を構え、呪文を唱えた。
杖が発光して目の前通路で大爆発が起き、壁や床を派手に破壊した。
「はい、元通り。手慣れた魔法使いは、魔性石を戻した段階であらかた修正を終わらせちゃうんだよ。今一発撃って正しい位置に落ち着いたから、これで問題なし」
「危ねぇな、暴発でもしたらどうするんだよ。これだから、物臭は困るぜ」
ヴァンは苦笑して、バカ正直に杖のコンディションをチェックしはじめた。
「それが正解だよ。この方法はオススメしない」
「オススメされても遠慮するぜ。俺は死にたくねぇからな」
ヴァンが苦笑した。
「その杖、『ヴァン・ケット・シー』って銘なんだって。マジックショップのお兄さんがいってた」
「なんで俺の名前が入ってるんだよ。勝手に変な銘をつけるな。自意識過剰みてぇだろうが」
ヴァンが小さく笑みを浮かべ、鼻を鳴らした。
「さて、私は杖の準備が出来たよ。ヴァンはまだかかるかな、正攻法だから」
「そうだな、もうそろそろ終わる頃だ。あの野郎が石を間違えなければ、こんな手間は掛からなかったんだ。あとでクレームだぜ」
ヴァンが苦笑した。
ヴァンの杖の調整が終わり、私たちはテントに戻った。
「やっと寝られるぜ、お前ももう一回くらい寝ておけ」
「これ以上寝るとサイクルがおかしくなるよ。今度は、私が外で作業してる」
私はヴァンが寝た事を確認し、テントの外に出た。
テントに戻ったついでに持ち出した武器を床に並べ、私はアサルトライフルから分解整備に入った。
元々構造が単純なこの銃は、強力な7.62ミリライフル弾を使い、整備もそれほど手間が掛からないので、迷宮で銃を使う人には大人気のモデルだった。
あっという間に整備を終え、私は拳銃の整備を始めた。
9×19ミリ拳銃弾という標準的な弾丸を使うこれは、これまた使い勝手がいいので迷宮では人気のモデルだった。
マガジンがダブルカラムといって内部で二列になっていて、多数の弾丸を収める事が出来るので魔物どもの群れでも安心といったところである。
より破壊力のある弾丸を使う拳銃もあるが、装弾数が少ないなどの欠点が多く、バランスを取った結果がこの辺りだったということだろう。
もっとも、ダブルカラムはフル装弾すると重いと、あえて装弾数が少ない事を承知でシングルカラムの銃を使う人や、これは探索にロマンを求める冒険者に多いが、あえてオートより強力な弾丸が使えるリボルバーを選ぶ猛者もいた。
「よし、おしまい。あとは、一応杖もやっておくか……」
私は杖を分解し、魔性石の傷や破損を確認した。
「起動石を元に戻させたか。ヴァンはなにか感じ取ったかな。ヴァンには使えず、どうしてもサマナーズ・ロッドが必要になるのは、あの系統の魔法しかないからね」
私は小さく笑い、杖を元に戻した。
ヴァンが起きると、私はテントを撤収して出発準備をはじめた。
「よし、このまま階段までいくぞ。魔物を倒したら、そこを起点にして一気に大掃除だ」
「分かってるよ。よし、いこうか」
ヴァンが私の肩に飛び乗り、私は慣れ親しんだ迷宮の中を歩き始めた。
相変わらず入り組んだ通路と隠し通路で出来た、このフロア自体が敵という構造は続いたが、この地下六層の構造は頭に入っていた。
「おっと、弔う時間だ。
「ここに入り込んじゃったか……」
地下六層でも取り分け複雑なエリアで、私たちは次々に行き倒れた死体を見つけた。
回避可能なルートがあるのだが、ついでだからとあえて入ってみたら、この有様だった。
「ここは最大の敵だからな。知らないで入ると、こうやって一生出られなくなる。やれやれ……」
ヴァンが呪文を唱え、完全に干からびてしまった三体の死体を燃やした。
これは、気分だけの意味ではない。
こうやって死体を処理しておかないと、迷宮内を彷徨う低級霊などが憑依して、そのまま魔物になってしまうのだ。
「この地下六層だけは、なぜか低級霊がいないんだよね。他はわんさといて、こんな行き倒れの死体なんてあったら、速攻でやられるのに……」
「さぁな、ここが嫌いなんだろ。低級霊に聞いてみろ。そんな事より、そろそろ階段だぞ」
ヴァンが杖を構えた。
「分かってるよ、今度は何が出るか……」
私はアサルトライフルを手にした。
そのまま通路を進み、階段が見える位置までくると、ヴァンの耳が動いた。
「なにもいないね……」
「いや、いるぜ。幻影の魔法で隠れているだけだな。姿を拝んでやろう」
ヴァンが呪文を唱えると、肩にヴァンを乗せた「私」が姿を現した。
「な、なんじゃ、こりゃ!?」
「間違いねぇ、ドッペルゲンガーだ。ただ俺たちを真似ているだけだが、姿だけじゃなくて能力もコピーしている。これは、ヤバいぞ!!」
ヴァンが警告した時、「私」と「ヴァン」が同時に動いた。
肩から飛び下りたヴァンが「私」に向かって攻撃魔法を使うと、「ヴァン」がすかさず防御魔法で防いだ。
そして、「私」が呪文を唱え、反射的に私はその魔法を無効化して強制キャンセルした。
「い、今の魔法はヤバかったよ!?」
「だろ、遠慮しねぇからヤバいんだ。俺はガチのお前となんかと戦いたくねぇよ。負けるからな」
ヴァンが立て続けに攻撃魔法を唱え、魔法使い同士なので当然といえば当然だが、一気に魔法戦の状況となった。
ヴァンの魔法を『ヴァン』が防御魔法で防ぎ、「私」が放った攻撃魔法がヴァンを狙って放たれた。
「ったく!!」
私は即座に防御魔法を使い、ギリギリのところで防いだ。
「頭にきた、食らわしてやる!!」
私は使える中で最強の攻撃魔法を選択し、素早く放った。
「テトラ・バースト!!」
『テトラ・バースト!!』
私と「私」が放った最強の攻撃魔法が中間地点でぶち当たり、術同士が相互干渉を起こしておかしくなり、しまいにはお互い自らにそのまま返ってきた。
「……くると思ったよ」
私は笑みを浮かべ、次の呪文を唱えた。
その間に、ヴァンが防御結界を展開したが、それに当たって爆発した攻撃魔法の破壊力の前には完全には打ち勝てず、私とヴァンは爆風で思いきり吹き飛ばされた。
「いってぇな……おい、この腐れ魔法使い。なんて馬鹿力なんだよ!!」
ゆっくり立ち上がったヴァンが私に文句をいった。
「……血の契約に基づき、汝、今ここに顕現せよ。サラマンダー!!」
吹き飛ばされながらも呪文の詠唱を続けた私は、床に倒れたままサマナーズ・ロッドを天井に向かって掲げた。
すると、なにもない空間にサモン・サークルという魔法陣の一種が浮かび、そこから前進火炎に包まれた、巨大なトカゲのようなものが出現した。
「イテテ……。これは真似できないよ、サマナーズ・ロッドがないと出来ないし、世界に一本しかないからね」
私は立ち上がって笑みを浮かべた。
「召喚魔法か、やっと使ったな」
ヴァンが小さく笑った。
この事態に、初めて「私」が困惑の表情を浮かべた。
隙を作らないためか、「ヴァン」が私が呼び出した炎の精霊サラマンダーに攻撃魔法を撃ったが、全く効いた様子はなかった。
「馬鹿たれ、精霊に精霊力を使った魔法が効くか。お前を倒すから力を貸せっていって、貸すほど変態じゃないよ!!」
私は左手でサマナーズ・ロッドを構え、右手でこっそり拳銃を抜いた。
「やっちまえ!!」
私の声に反応して、サラマンダーが火炎を吐き散らした。
咄嗟に二人で防御結界を展開してなんとかしのいだようだが、火炎が収まって防御結界が切れた瞬間、私は「私」を撃った。
眉間をぶち抜かれた「私」は、驚きの表情のまま床に倒れ、まるで黒いシミのようになって床に消えた。
「ここまでコピーしちゃったかな。ヴァンは使い魔だから、主と一蓮托生なんだよ。つまり、君は終わりだよ!!」
半分消えかけていた『ヴァン』に、私は容赦なく拳銃を撃った。
頭が半分消し飛んだ『ヴァン』は、やはりシミになって消えてしまった。
「おいおい、撃つことねぇだろ。消えかかってるのによ」
ヴァンが笑った。
「いいじゃん、日頃の恨みを晴らした!!」
私は呪文を唱え、サラマンダーを元の場所に帰した。
「全く、嫌な敵だったよ」
「俺も思うぜ。大体、俺はあんな不細工じゃねぇよ」
ヴァンが鼻を鳴らした。
「さて、片付けたよ。ここにテント張って、活動できるだけしたら戻るようにしよう」
「それでいいと思うぜ」
ヴァンが頷いた。
「よし、テント張ってっと……」
私は結界を使わずに、そのままテントを設置した。
「とりあえず、休憩しよう。出るのはそれからで遅くない」
「そうだな、魔力使ったから休んだ方がいいぜ。お前なんか、久々だからな」
私たちはテントに潜った。
「イテテ……やっぱり魔力痛がきたよ」
「……だっせぇ魔法使いだな」
ヴァンが小さく笑みを浮かべた。
魔力痛とは、筋肉痛の魔力版のようなもので、派手に魔力を使うと体がついていかず、一時的に痛む事だ。
「数時間で消えるから、私は寝る!!」
「しょうがねぇな。俺は見張りでもしてるぜ。やっぱりお前、魔法使った方が元気じゃねぇか。魔法使いと魔法ってのは、そういうもんだぜ」
ヴァンが小さく笑みを浮かべたのだった。
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