第7話 大掃除開始
ヴァンがテントに入り、結構な時間が経った。
助けたエルフが目を覚ます気配はなく、私たちはそのまま大休止となった。
進む先にドラゴンがいると聞いて、悲しむか喜ぶか。
人それぞれではあるが、私はまた面倒な事になったなの一言だった。
「……ん」
小さな声が聞こえ、ようやく救助したエルフが目を開けた。
「おはよう、よく寝ていたよ」
私は笑みを浮かべた。
「あの……私は?」
「うん、できる限りの処置をして、起きるのを待っていたんだよ。どこか違和感はない?」
私が問いかけると、エルフは身を起こして立ち上がり、少し体を動かして頷いた。
「大丈夫です。ありがとうございました」
「うん、困った時はお互い様ってね」
そのエルフは、腰に結びつけてあったベルトから革袋を取り、それを私に手渡した。
「命を助けて頂いた対価としては安いですが、謝礼です」
「うん、ありがたく頂戴しておくよ。それで、これからどうするの?」
私はそのエルフに問いかけた。
「はい、地上に戻ってメンバーを集めて出直します。お世話になりました」
「まあ、そんなに焦らないで。この迷宮でなにかが起きたみたいで、魔物の出現する場所がおかしくなっている。もっと深い階層で出現するはずなのに、浅い階層で出現するようになっているんだよね。まだ病み上がりだし、ここは地下五層だから簡単には戻れないと思うんだ。私としては、じゃあまたねっていえないんだよ」
私は笑みを浮かべた。
「お心遣い、ありがとうございます。しかし、これ以上ソロでここに挑んでいる方のお邪魔はできません。動けるようになった今、早々に退散するべきでしょう。もちろん進む事は叶いませんが、戻る事は可能だと考えています。地上でパーティーを再編成したら、また先に進みます。お名前は?」
エルフは笑みを浮かべた。
「アデーレ・ミントス。アデーレでいいよ。エルフが人間の名前を聞くなんてね」
私は小さく笑った。
「みんながみんな偉そうなわけではありません。私はエルダ・フォーリーンです」
そのエルフこと、フォーリーンは笑みを浮かべた。
「エルダって、長老の意味でしょ。エルフに名字はないから。この迷宮、とんでもない人もいるもんだね」
滅多に自分のテリトリーから出ないエルフだが、その中でも長老と呼ばれるほどの人物となると、滅多にお目にかかれない。
ただ年齢を重ねただけでは、そうとは呼ばれないのだ。
「よくご存じのようですね。私は変わった長老なのです。出歩くのが大好きで、ついここに入り浸ってしまっています。では、アデーレ。今度は元気よくお会いしましょう」
「うん、気をつけてね」
私はフォーリーンに手を振って送った。
「なんだ、いっちまったか」
テントの中で様子をみていたらしいヴァンが、呟くようにいいながら出てきた。
「これもまた迷宮だよ。一期一会ってね。名前の交換をする事自体、珍しいんだから」
私は笑った。
「まあ、いい。お前もいいから寝ろ。せっかくテント張ったんだからよ」
「うん、そうするつもり。さて、寝ようか」
私はテントに入り、寝袋の中に体を収めた。
「しっかし、エルフの長老級がここに潜っているとはね。基本的には、人間の社会に近づく事すらないのに」
「フン、もの好きはお前だけじゃねぇって事だ。誰だっているだろうさ。よし、俺も気合い入れて寝るぜ」
「また寝るんだね。いいけど」
私が笑うと、ヴァンは顔の隣で丸くなった。
「それじゃ、おやすみ」
私はそっと目を閉じた。
いつも通り仮眠から目を覚ますと、ヴァンが毛繕いをしていた。
「あれ、寝坊した?」
「いや、いつも通りだ。俺の方が早起きしたに過ぎん。さて、ドラゴンなんざとっとと片付けて、先に進むぞ」
ヴァンが大きく伸びをした。
「簡単にいうねぇ」
私は寝袋から出て体を伸ばした。
マジックポケットから無反動砲を取り出すと、お手製のDS弾を装填した。
「お前、まだそのオモチャを使う気かよ。魔法でやれっていったろ」
「これでダメならね。よし、撤収するよ」
私はテントから出て、テント一式を片付けた。
携帯コンロで鍋に湯を沸かし簡単なスープを作ると、私は寝起きの食事を済ませた。
「おい!!」
いきなりヴァンが怒鳴り、私の顔面に猫パンチを叩き込んだ。
「……あっ、君のもね。はいはい」
私は忘れていた猫缶を開けた。
「あっ、じゃねぇよ。お前がいなきゃ、メシも食えねぇんだ。しっかりしろ」
ヴァンが空になった猫缶を蹴飛ばした。
「そ、そんな怒らなくても……」
「ったく、どうもシャキッとしねぇな」
ヴァンが私の方に飛び乗った。
「よし、いこうぜ。地下六層への階段はすぐ近くだ」
「よし、いこう」
私は携帯コンロと鍋をマジック・ポケットに放り込み、結界を解除した。
ヴァンのいうとおり、地下六層への階段はすぐそこだった。
私は立ち上がり、その地下六層への階段を目指して移動を開始した。
「……うん、いやがるな。なんか、強烈なのが」
歩き始めてすぐに、ヴァンがヒゲを小刻みに動かした。
「間違いないね、ドラゴンだよ。この肌がヒリつくような感覚はね」
私は笑みを浮かべ、先を急いだ。
階段までの最後の角を曲がると、そこにはいきなりその巨体が床に伏せていた。
「ヴァン、防御魔法。いくよ!!」
「ったく、それに拘るのかよ」
私が無反動砲を構えると同時に、ヴァンが呪文を詠唱した。
その音で気が付いたか、ドラゴンが素早く起き上がった。
そして、その大きな口を開けて、強烈な火炎を吐き出してきた。
「危ねぇ、間に合ったぜ。いきなり、ブレスかよ」
ヴァンがぼやいた。
ドラゴンの吐き出した強烈な火炎は、ヴァンの防御魔法で弾かれたが、その熱気で気温が一気に上昇した。
炎が消えて防御魔法の壁が消えた瞬間、私は無反動砲を発射した。
「計算通りなら……」
砲尾から吹き出したド派手なバックブラストを残し、砲弾がドラゴンの眉間に命中して爆発した。
私はすぐさま次の砲弾を装填して構えた。
「ほらな、効かねぇよ。そんなインチキ商法」
ヴァンがぼやいた。
ドラゴンはゆっくり頭を持ち上げようとして、いきなり力尽きて倒れた。
「……おい、マジかよ」
ヴァンが呟いた。
「よし、物理攻撃でドラゴンを倒せる事が証明できたぞ。これは、売れる!!」
私は笑った。
「冗談にも程があるぜ、なんであんなショボい砲弾で死ぬんだよ……」
警戒心が強いはずのヴァンが、動かなくなったドラゴンの骸に向かってダッシュしていった。
「眉間に命中した砲弾から発生した超高温高圧の爆風が、鎧みたいな鱗の層を解かしてガス化して、一緒くたになって体内で暴れたんだよ。場所から考えて、脳みそ直撃だよ。それでも即死しなかったのは、さすがドラゴンだけどね!!」
私は笑ってヴァンの後を追った。
巨体故に傷口はほとんど見えなかったが、眉間に開いた穴から体液だかなんだかがダラダラ流れ落ちていた。
「おい、今すぐ町に帰って売るぞ。一発二十万ピエシタくらいでも、お釣りがくる破壊力だぜ」
あれほど否定していたヴァンが、手のひらを返したように、あっさり認めた。
「今すぐって……まあ、グリーン・ドラゴンには有効だったね。最強ランクのレッド・ドラゴンに効いたら、本物だよ」
私は鞄から取り出した探索ノートにメモを取った。
「酒場の話のネタくらいにはなったでしょ。やってみるもんだ」
私は笑った。
階段の罠には特に変異はなく、いつも通り解除して地下六層に下りた。
「ここも通過階なんだよね。地下十層を過ぎないと、なかなか面白いものはないよね」
「フン、さっさとこんなところ抜けようぜ」
ヴァンがつまらなそうに鼻を鳴らした。
「もちろん、階段への最短ルートでいくけど、それにしてもここは広いんだよね」
この地下六層は、一応の目安である地下十層までの中では一番広いフロアだ。
ただ抜けるだけでも、それなりに時間がかかってしまう。
知らないで踏み込んでしまうと、ここで食料や水を使い果たして命を落とす者さえいるのだ。
「さてと……、もうちょい先だね」
「うむ、魔物はいないぞ」
私たちは通路を歩き、一見するとなにもない場所で立ち止まった。
「よし、ここだ。よっと……」
私は壁の石を押した。
普通はなにも起きないが、そこの石だけは奥に押し込むことができて、目の前に暗い通路が出現した。
「これが、このフロアを面倒にしてるところなんだよね」
「うむ、隠し通路だな。このくらいはないと、面白くもない」
この地下六層は、普通に通路を歩いているだけでは、絶対に地下七層に下りられない。
そこら中にある隠し通路を抜けていかないと、階段までたどり着けないのだ。
「さて、いくよ」
私はカンテラを持って、隠し通路の奥に進んだ。
「この構造のせいかな。ここで魔物に遭った事ないんだよね」
「うむ、油断はするな。今のことろ、俺のヒゲはなにも感知していない」
複雑に絡み合った通路と隠し通路の迷路を抜け、私たちは休憩所とでもいわんばかりの、ちょっとした地下庭園に出た。
ここには私たちの他にも冒険者たちがいて、今までの道を紙に書いて整理したり、食事をしていたり、様々な過ごし方をしていた。
「ここで三分の一だよ。休憩していく?」
「俺は疲れていない。こんな人混みにいたら、よけいに疲れてしまうぞ」
ヴァンが小さく息を吐いた。
「いうだろうと思った。先に進もうか」
私はここから続く隠し通路を開け、さらに先に進んだ。
ここがどうなったかと思っていたが、どれだけ進んでも魔物の気配すらなかった。
「相変わらず、地下六層は魔物一匹いないね」
「うむ、それでいい。このゴチャゴチャで魔物なんかいたら、ひたすら邪魔だろう」
暗い通路をカンテラの明かりを頼りに進んでいくと、隠し通路を抜けた先にミイラ化した死体が六人分ほど床に転がっていた。
「これが、この階層の敵だよね。魔物じゃなくて、フロア自体が敵なんだよ」
それが行き倒れである事は、経験上すぐに分かった。
「そういう事だな。行きはまだ余裕があるからいいが、ギリギリまで深層を攻めた帰りにこの階層で迷うと、もうこうなるしかない。こうして、俺たちが偶然きて弔う事が出来ただけでも、まだ幸運な方だ」
ヴァンが呪文を唱え、六体の死体が燃え上がった。
「ここは、一般的にはあまり知られていない通路だからね。偶然見つけたから、近道に使ってるけど」
私は軽く黙祷を捧げ、小さく息を吐いた。
「よし、いくよ」
私はポケットから小さく切ったまたたびの木を取り出し、ヴァンにあげた。
「ば、馬鹿野郎、こんなところで!?」
なにか床でバタバタとまたたびダンスをするヴァンを見つめながら、私は息を吐いた。
「私がこれを出したらなにか、意味は分かってるよね?」
私はヴァンに問いかけたが、それどころではない様子だった。
「うん、平和だね。そう、今回はこのフロアでおしまいって事。帰りも考えたら、先に進むために必要な装備が不足してる。地下十層になにかがあるわけじゃないし、キリがいいからってだけで決めた目標だったから。その代わり、久々にこのフロアの大掃除をやるよ。こんな感じで置き去りになってる人、結構いると思うからさ。進むより、その方が意味があるよ」
私は笑みを浮かべた……が、またたび酔いをしてフラフラのヴァンは聞いていなかった。「こういうところは、ちゃんと猫だよね。まあ、君は偉そうにしとけ!!」
私は笑った。
ヴァンのまたたび遊びが終わるまで待ち、私は先ほどと同じ話をもう一度ヴァンにした。
「うむ、それでいいのではないか。俺は賛成だぜ」
「よし、決定。じゃあ、このフロアを片っ端から歩くよ。早くいっても三日は掛かるかな?」
私は笑みを浮かべた。
「お前の感覚で三日、俺の感覚では二日ってところだな。いいだろう」
私は小さく笑い、鞄の中から赤い十字マークがかかれた腕章を取り出し左腕につけた。
「これでよし。分かりやすいように、一端五層からの階段に戻るよ」
私はきた道を引き返した。
入り組んだ通路と隠し通路を抜け、先ほどパスした地下庭園に出ると、私はわざと庭園中を歩いて回った。
私の腕章をみた冒険者たちが、同じように腕章をつけ始め、結構な人数になった。
たまたまここにいた、ガチ勢では有名なパーティの面々も同じように腕章をつけ、移動をはじめた。
「いつからやってるんだろうね、この地下六層ルール」
私は笑った。
あくまでも協力を求めるという感じだが、この腕章をみたらそこで迷宮の探索を中断し、無理のない程度にこの階層で行方不明になった者の捜索や救助作業を行うという、同じ迷宮を探索する冒険者同士の互助活動だった。
「よし、今回は有力な冒険者たちが揃ったっぽいね。これなら早いかな」
「うむ、いいことだ。明日は我が身と、ここで経験を積むほど身に染みて分かるからな。階段に急ごう」
私たちは、地下五層に通じている階段を目指した。
階段にくると、かなりの人数の冒険者が集結していた。
「おっ、きたな。迷宮案内人、アデーレ!!」
我かが声を上げて笑った。
「どうせ、お前が最初に腕章をつけたんだろ。他にいねぇもんな」
別の一人が笑った。
「はい、皆さんご協力ありがとうございます。自分が戻れなくならないよう、気をつけて作業に当たって下さい。では、はじめましょう」
私の声で集結していた冒険者たちが、地下六層に散った。
「それじゃ、私たちもやろう。どこからいくかな」
私は指を鳴らした。
「おい、地下七層への階段付近からいくぞ。今までのパターンだと、階段付近には魔物がいた。ここだけ例外と考える方がおかしいな」
「それもそうだね。じゃあ、階段を狙って最短ルートは……途中までは引き返すよ」
行ったり来たりしているが、私たちは地下庭園を抜け、先ほどの死者を弔った場所まで急ぎ足で戻った。
元いた場所に戻ると、私たちはついでにあまり使われていない通路を覗きながら、八層への階段を目指して進んだ。
一言で階段を目指すといっても、この広大なフロアは容易に人を近づけない。
ちょうど半分くらいの距離になった時、ヴァンが私の顔を爪なし猫パンチした。
「興が乗っているところ悪いが、こちらも休養が必要だ。昼メシをかっ飛ばして、そろそろ晩メシの時間だぞ」
「もうそんな時間か。ヴァンがいてくれて助かるよ」
私は笑みを浮かべ、通路の床に魔法陣を描いた。
いつも通りテントを出して組み立て、携帯コンロを出して夕食の準備をはじめた。
「君はこれだ」
私は猫缶を開け、そのまま床に置いた。
「うむ、忘れなかったな。偉いぞ」
ヴァンが猫缶の中身を空けている間に、私は食料を取り出して簡単な料理をはじめた。
用意する分量を間違えたようでチーズが多いので、私はチーズを使ってリゾットを作り、一人で食べた。
「よし、食事は終わったね。後は寝るだけか……」
私は拳銃を取り出し、分解整備をはじめた。
ヴァンも杖を取り、傷などがないか確認をはじめた。
この辺りは、もう何百回とやっている日課だった。
「おい、工具箱もってるか。どうもバランスがおかしいと思ったら、あの野郎ミスって変な魔性石を混ぜやがった。直しておかないと、いざって時に暴発しかねないぜ」
「杖の修繕キットね。もちろん、持ってるよ。ヴァンの手じゃ工具が使えないでしょ。私がみるよ」
ヴァンから杖を受け取り、私はマジックポケットから杖のメンテナンスに必要な工具類を入れた箱を取り出した。
そのセットに入っていた単眼鏡をつけ、私は精密ドライバを手に取った。
「うん、確かに一個だけグレードが低い魔性石が入ってる。混ざっちゃったんだね。よし、入れ替えよう」
私はヴァンの杖を分解し、杖の中程にある要の部分を露出させた。
「えっと、グレードはSSRか。また、面倒な場所についてるヤツを間違えたね」
私はピンセットで問題がある部品を引き抜き、予備の部品から適切なものを選んでピンセットで掴んではめ込んだ。
猫用ではあったが、サイズだけで中身は人間のそれと変わりはない。
小さいので大変だが、この手の修理は基本なので慣れていた。
「よし、交換終わった。元に戻すよ」
「うむ、ご苦労」
私は杖を元通りにして、ヴァンに返した。
ちなみに、杖がなくても基本的な魔法は使えるが、あった方が効果が強くなる。
他にも、コントロールしやすくなったり、いいことずくめなのだが、自分の身の丈にあったものにしないと、扱いきれずにかえって危ないというものだった。
「さて、明日に備えてもう休む?」
「その方がいいだろう。このフロアは魔物がいない分、刺激がなくて集中力が切れやすいという欠点がある。迷宮の中を眠気を抱えて歩きたくはあるまい」
ヴァンが笑みを浮かべ、テントに入った。
「まあ、確かにね」
私はテントの中に入り、寝袋に収まった。
「それじゃ、おやすみ」
「うむ、なにかあったら起こす。まだ早いから、俺はしばらく起きているとしよう」
ヴァンがテントから出ていった。
「はぁ、この先なにがいるんだか。まあ、寝ようか」
一人呟いて、私はそっと目を閉じたのだった。
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