第3話 迷宮はじめました
早めに眠り、私は夜明け前には起きだした。
私の体の上で偉そうに寝ていたヴァンも目を覚まし、いつも通りの迷宮行きの朝を迎えた。
「おい、通行パスを持ったか。段々厳しくなりやがるからな」
「首から提げてるよ。しょうないがないよ、迷宮目当ての人が多いんだから」
私がここにきた頃はまだ特に規制されていなかったのだが、半年ほど前から迷宮の入り口に柵が立てられ、迷宮に入れる人に制限が掛けられはじめた。
理由は色々あるが、一番は犯罪者の温床になることを防止するついでに、幾ばくかの税金も取ろうという魂胆が見え隠れしていた。
寝る前に準備を終えていたため、私たちはそのまま武器だけ持って部屋を出て、食堂にいった。
「おっ、出撃か。まだ食堂はやってねぇよ。知ってるだろうがな」
食堂の掃き掃除をしていたオヤッサンが、笑みを浮かべた。
「分かってるよ、私が迷宮に入る前はなにも食べないって知ってるでしょ。でも、お茶くらいサービスないの?」
私は笑った。
「俺が飲んでる、出がらしでよければいくらでもな。まあ、験担ぎだろ。必ずここに帰ってきて、たらふく食うっていうお前なりのな。知らねぇで宿屋のオヤジはやってられねよ」
オヤッサンは笑った。
「そういう事。それじゃ今度は深度三十を目指すから、帰りが遅くなるよ。グッドラック!!」
私は拳を握り、オヤッサンと打ち合わせた。
「よし、いけ!!」
オッサンの声に、私は笑って宿を出た。
「フン、いつもの挨拶だな。なんの意味があるか知らないが、無事に帰ってきているのも事実だ。全く、人間は不思議な事をやる」
私の肩に乗ったヴァンが小さく笑みを浮かべた。
「こういう趣味持ってると、色々縁起を担ぎたがるの。さて、迷宮だぞ」
私は笑った、
「全く、お前の迷宮好きにも呆れるばかりだな。まあ、俺も好きに魔法が使えるからな。悪くはない」
私たちは宿から歩き、まだ人も少ない通りを歩いた。
宿から迷宮入り口までは、それほどの距離はない。
程なく高い柵が暗がりに見えてくると、私は首から提げている通行パスを引っ張り出した。
迷宮への門は閉ざされていたが、私たちが近づいていくと大きく開けられた。
「はい、ご苦労さん!!」
私は国軍の鎧を着たオッチャンに通行パスを見せた。
「確かに、通行税二ピエシタだ」
私は苦笑してお金を払い、門を抜けて迷宮の入り口に立った。
何かの拍子で、そこだけ地面から露出して壁に穴が開いてしまったという感じで、私がきたときからそれほど姿は変わっていなかった。
「さて、いくよ」
私は肩に提げていたアサルトライフルを片手に、迷宮内に入った。
一階に入ってすぐは、ちょうど広場のようになっている事もあり、冒険者たちのたまり場という雰囲気だった。
ここなら安心して寝られると、テントも張らずに寝袋で寝ている者や小さなたき火を囲んでいるパーティなど、まさに休憩場だった。
「毎度思うが、こいつらすぐそこに町があるのに、なぜここで休むのだ?」
「まあ、理由は様々だろうけど、中には町よりここの方が落ち着くっていう、ヘビーユーザーもいるんだよね。町に出るのは食料なんかの調達だけどか。まあ、迷宮の楽しみ方は人それぞれだよ」
肩にヴァンを乗せた私は、みんなの邪魔をしないように広場を通り抜け、地下一階通路に入った。
一直線に続く通路の先は、深い闇に覆われていた。
魔法で明かりを作る事も可能だが、今後の魔力消費を考えて、私はカンテラに火をつけた。
「よし、いこう」
私はカンテラの明かりを頼りに、何度となく通った一階通路を歩き出した。
「うむ、魔物どもの気配に変動があるな。今までここはお散歩コースだったが、これは少しは楽しめるかもしれんぞ」
ヴァンが杖を構えた。
「へぇ、今回はもう魔物か。まだ地上階だよ」
私はアサルトライフルにマガジンをセットした。
「まあ、大した事はないがな。用心はしておけ」
「分かってるよ。さて、楽しくなってきた」
私は笑みを浮かべた。
「よし、乗ってきたな。安心したぜ……待て、前方からなにかくる。魔物ではないな。撃つなよ」
「なに、手負いの冒険者かな」
程なくして、荒い息と共に二人ほど人を背負った五人パーティが現れた。
「三階層で食らった、毒消しを持ってるか?」
そのパーティーのリーダー格と思しき若い兄ちゃんが問いかけてきた。
「三階層のどの辺りかによるけど、遅効性の毒だね。即効性だったら、もう手遅れだから」
背負っていた二人を床に寝かせたので、私は二人の様子をみて回った。
「悠長に毒消しなんか使ってる余裕はないよ。効く前に体力が切れちゃう。ヴァン、よろしく」
「全く、お前がやれ。得意だろうに」
ヴァンは呪文を唱えた。
青白い光が倒れている二人を包み、そのまま消えた。
「うん、呼吸も安定したね。あとは休ませれば大丈夫だよ」
私が笑みを浮かべると、リーダー格のお兄さんが一礼した。
「助かったよ。これは礼金だ。生憎手持ちが少なくてな」
お兄さんが財布から取り出した紙幣を、私は迷うことなく受け取った。
持ちつ持たれつとはいうが、ここに挑む者は慈善事業できているわけではない。
これからの探索に必要なものを分けたということで、暗黙の了解で可能な限りの礼金を支払う事になっていた。
「それじゃ、気をつけてね。まだ動かしちゃダメだよ」
「ああ、健闘を祈る」
私はそのパーティーと別れ、さらに迷宮の奥へと進んだ。
一階層の通路を歩いていくと、私は気配を感じて足を止めた。
「フン、いい勘をしてるな。お客さんだ」
ヴァンが肩から飛び下りて通路の床に立った。
カンテラの光に垂らし出されて出現したのは、この迷宮ではポピュラーなオオカミ型の魔物だった。
それが三体、私たちを威嚇するようにうなり声を上げていた。
「フン、こんなの杖の錆にもならん。俺は何もしないぞ。勝手に倒せ」
「なによ、手伝いなさいよ!!」
私はアサルトライフルを構え、セレクターをセーフティからセミに変えた。
連射も可能な銃だが、私はあえて単射を選んだ。
たった三体相手に、無駄弾をばら撒いている余裕はないのだ。
「全く、仕事しなさいよ……」
私は真ん中の一体に照準を合わせ、なにも考えず引き金を引いた。
額のど真ん中に弾丸が命中し、そのオオカミは悲鳴を上げて吹き飛んだ。
それで火が付いたか、残る二体が一斉に襲いかかってきた。
「ったく!!」
私は冷静に一体を撃ち倒したが、残る一体のツメが肩の部分に突き立った。
「痛いってば!!」
私はその一体を思い切り蹴り飛ばし、再び間合いを開けてにらみ合った。
「ほら、ダメージ食らったよ。ヴァンが本当になにもしないから!!」
「フン、そんなの舐めておけば治る程度だ。大袈裟に騒いでる暇があったら、さっさと片付けろ」
ヴァンは杖をシュルシュル回して遊びながら、笑みを浮かべた。
「ったく、この使い魔は……」
私はアサルトライフルを肩に提げ、拳銃を抜いた。
この距離では、長物よりもコンパクトな拳銃の方が有利だった。
オオカミのような魔物は、数歩下がっていきなり遠吠えをした。
「ヤバい、仲間を呼んだ」
私はその一体を拳銃で撃ち倒したが、遅かった。
通路を埋め尽くす勢いで、オオカミ型の魔物が集まって閉まった。
「こら、ヴァン。遊んでると死ぬよ!!」
「フン、ただ数が増えただけだ。俺がやったら、通路ごと破壊するからな。なるべく手は出さないようにしている。ついでに、主なら働け」
ヴァンは杖を構え、小さく笑みを浮かべた。
「逆だ、このポンコツ使い魔!!」
私は再びアサルトライフルに切り替え、セレクターをオートに切り替えた。
「頭にきた。これでも食らえ!!」
私は銃を構え、引き金を引いた。
吐き出される銃弾が魔物を倒していったが、それにも負けない数十体が一斉に私に襲いかかってきた時、さすがに終わったと思った。
「フン!!
当然、ヴァンの方にも魔物は向かったが、杖でからかって遊んでいるだけだった。
「こら、いい加減にしないと怒るよ!!」
私が怒鳴った時、雪崩のように押し寄せてきた魔物のツメが全身に食い込んだ。
「うがっ……」
さすがに命の危機を感じ、私は持つだけは持っていた杖を手にした。
「やっとヤル気か。全く手間が掛かるな」
私は杖を構え、辺り一帯にいる魔物を渾身の力でぶん殴った。
「おい、それはそういうものじゃないだろ」
「うるさい、魔法はダメだ!!」
私はひたすら杖でぶん殴りまくり、魔物たちが少し間合いを開けたところで、私は拳銃を抜いた。
「ほら、死にたいヤツからかかってこい!!」
私は距離を計っている様子の魔物たちを睨み付けた。
数は二十ほど。
使い魔のヴァンはついに完璧に無視され、魔物たちは一斉に私を取り囲んで、ひたすら威嚇音を鳴らしていた。
「……甘い!!」
私は肩越しに銃口を背後に向け、接近を試みた魔物を撃ち倒した。
「次はどいつだ?」
私は服のポケットに手を突っ込み、犬用のおやつの袋を取り出した。
「ああ、違う。これじゃない!!」
私は慌てておやつをしまい、手榴弾を取り出して安全ピンを抜いた。
「なんでも持っておくもんだってね!!」
私はレバーを握ってから、正面の魔物の群れに手榴弾を投げ込んだ。
きっかり五秒後。私が投げた破砕手榴弾が爆発し、オオカミの群れがかなりの数吹き飛んだ。
「いい加減退いてよ。私がなんかした?」
しかし、それにも動じない魔物の群れが、威嚇の音を止めて一斉にお座りした。
「……ま、まさか、さっきのおやつ欲しいの?」
私に一番近いヤツが、小さく頷いた。
「こ、これは傑作だ。なに餌付けしてるんだよ」
ヴァンが大笑いした。
「……は、はい、いい子だね」
私は一頭ずつおやつをあげ、頭を撫でてやった。
それで満足したか、魔物の群れは迷宮の闇に消えていった。
「な、なによ、私が痛いだけで、シメはおやつって!?」
「なに、いいネタが出来たではないか。これは、滅多にないぞ」
ヴァンが私の肩に戻った。
「ま、まあ、ネタはできたね。さっそくメモっておこう」
私はペンとインクを取り出し、事の一部始終をノートに書き込んだ。
「ま、まあ、何でも倒せばいいってもんじゃない?」
「俺に聞くなよ。あれだけやられて、おやつで引き下がったぜ。変な魔物の群れだったな」
私は息を吐き、カンテラをてに持った。
「ヴァン、回復魔法。痛い」
「フン、甘えるな。気合いでなんとかしろ」
私はため息を吐き、迷宮の奥に進んでいった。
「なんなのよ、もう!!」
「まあ、いいじゃないか。比較的平和的に解決出来たんだ。ったくよ!!」
ヴァンがご機嫌で、私の肩の上で笑った。
「ま、まあいいけどね。欲しかったら、最初からお座りして待ってろっての
私は苦笑した。
特に枝道もなく、隠し部屋や宝箱もない地上一階層は、本来は通過するだけの場所だった。
いきなり変な魔物の群れに遭遇した私たちも、順調に歩き進めて地下一階への階段に辿り着いた。
「さて、階段といえば罠だよね。何回ぶっ壊しても、必ず復元されてるんだから、迷惑な話だよ」
私はマジックポケットから、罠探しと解除用の道具を取り出した。
「俺は遊んでるぜ。罠解除はどのみち手が出せん」
「……ずっと遊んでるくせに」
私は全神経を張り巡らせ、慎重に階段を下りていった。
途中で立ち止まり、私は肩に乗ったヴァンをひっつかんで前の床に置いた。
瞬間、風切り音が聞こえ、ヴァンの頭上を矢が通り過ぎていった。
「な、何しやがる!!」
「重しにちょうどよかったんだよ。猫だから、人間の高さに合わせた矢なんて当たらないし、問題なし」
私は笑みを浮かべ、目の前の罠を解除すべく、ナイフに似た工具を石で出来た床の継ぎ目に当てた。
握りの端を金槌で叩いて工具を深く食い込ませ、そこの石だけ取り外すと、その下には機械的な単純な仕掛けがあった。
「これで踏めば矢が発射か。これも勉強だね」
私は仕掛けのスケッチをして、ノートを閉じた。
「トラップにまで興味かよ。凝りねぇな」
「なんでも年勉強だよ。そのために、ここにきているんだからね」
私は笑みを浮かべた。
「ったく、この迷宮好きが。一回死ねば治るかねぇ」
私の肩に乗ったヴァンが笑った。
「生憎、私はここで三回お亡くなりになってるけど、ご覧の通りだよ。蘇生の術なんて、この迷宮じゃないと効かないよ。つくづく変な場所!!」
そう、この迷宮では、なんと蘇生法……すなわち、死んだものを生き返らせられるという、とんでもない魔法が使えるのだ。
私も最初は眉唾ものだったのだが、いざ自分が経験して信じざるを得なくなった。
こんな術があるのは、この迷宮だけだ。
「フン、蘇生法に余り頼るなよ。あれこそ、堕落の固まりだ。緊張感がなくなっていかん」
ヴァンが面白くもなさそうにいった。
「分かってるよ、なんか気持ち悪いしね」
罠のスケッチを終えた私は、工具を使ってそれを壊した。
「さて、次いこうか」
「うむ、いつまでも階段で遊んでいる場合ではない」
私たちはいつも通り仕掛けあった階段の罠を解除しつつ、地下一階に下りた。
事実上、ここからが迷宮の入り口になる地階一階層。
だからといって、まだだほどの警戒をするほどでもないのが常だった。
「私はいつも通りだと思うけど、ヴァンはなにか感じる?」
階段をおりたところで。私はヴァンに聞いた。
「そうだな……特になにも感じないが、いつもは魔物なんかいない地上一層にいたくらいだ。用心に越した事はないだろう」
私は頷き、カンテラの明かりを正面に向けた。
「特に異常はないか。いくよ」
私は肩にヴァンを乗せ、迷宮の奥に進んで行った。
しばらくすすんだ通路の先で、私は足を止めた。
「ここか……」
私は向かって左側の壁の石を、一定の順序で押した。
すると、石壁だった通路の壁が開き、中には古びたチェストが置いてあった。
「よし、お宝ゲット」
私はチェストが置いてある小部屋に入り、箱周りのトラップチェックをはじめた。
「おい、俺の危機探知魔法じゃその宝箱はヤバいぜ。無視してとっとといった方がいい」
「危機探知魔法ね……」
ミミックというが、こういった宝箱に魔物が住み着いている場合がある。
ヴァンの危機探知魔法に引っかかったということは、ほぼ確実にそれだった。
「地下一のこんな場所でね……」
私は小部屋から出て、マジックポケットから無反動砲を取り出した。
「おいおい、相手してやる気かよ。お前も暇人だな」
「こんな場所にいたら邪魔でしょ。えっと。多目的榴弾でいいか」
私は無反動砲に砲弾を装填し、宝箱に照準を合わせた。
「さらば」
私は宝箱に向かって引き金を引いた。
炸裂した砲弾の爆発によって宝箱は粉々になり、中に住んでいた魔物の悲鳴が聞こえた。
「おい、仕留め損ねたぞ」
ヴァンの声と共に、崩壊した宝箱から鞭のようにしなる腕が飛んできた。
「あれ、効果不足だったか」
床を転がるようにして、私はその腕を避け、素早く無反動砲に次の砲弾を装填した。
「これで!!」
私はさらに無反動砲を打ち込んだ。
爆音と共に再び魔物の悲鳴が聞こえ、それきり静かになった。
「仕留めたかな」
「ああ、生命反応は感じない。荒っぽいことしやがって」
ヴァンが笑みを浮かべた。
「だって、ミミックってやたらと頑丈だよ。このくらいで十分だって」
私は無反動砲をマジックポケットにしまい、アサルトライフルを片手に破壊した宝箱に近寄った。
木片や飛び散った魔物の死体には興味がなく、宝箱がなくなった事で見えるようになった奥の壁を調べた。
石造りの壁には、ひっそりと鍵穴のようなものがあった。
「ヴァン、あったよ」
「フン、手間が掛かることしやがって」
私は笑みを浮かべ、腰の袋から道具を取り出した。
何本かの複雑な形をした棒を鍵穴に挿し入れ。手先の感覚だけでジリジリと鍵と対話した。
やがて、カチッと音がして、地面に響くような音がして小部屋の壁全体がスライドして開いた。
「ほら、いったでしょ。お宝ゲットだって」
壁の向こうには、金貨が山になって保管されていた。
「この国で貨幣がメインだった時期は二百年くらい前の話だよ。お金としての価値はともかく、金は金だからね。どうせ補充されるし、根こそぎ持って行くか」
「おいおい、いつからトレジャーハンターになったんだよ。まあ、生活費としてもらっていくのは、やぶさかじゃないがな」
ヴァンが笑った。
「でしょ、迷宮に潜るにはお金が掛かるんだって」
私はマジック・ポケットから特大の麻袋を何枚も取り出し、中の金貨を片っ端から回収していった。
その全てをマジックポケットに収め、私は一息吐いた。
「よし、いこうか。迷宮の恵みに感謝しますってか!!」
私が通路に戻ると、ヴァンが肩に乗った。
「さて、進むぞ」
「地下一でいきなりミミックか。今までなかったパターンだな。まあ、用心するこった」
私の肩の上で、ヴァンが笑った。
迷宮の地下一階。通称、地下一層は新人の肩慣らしの場であり、それほど苦労するような場所ではないはずだった。
しかし、構造こそ変わらないが、魔物の質が変化していた。
巨大なムカデのような魔物相手に、今まさに目の前で六人パーティーが死闘を繰り広げていた。
この迷宮の暗黙の了解で、誰かが戦っている場には、勝手に介入しないというものがある。
私たちは通路の物陰で、戦いの行く末を見守っていた。
「あの固いヤツだ。三階層は上に上がってきちゃったね」
「フン、俺以上に気まぐれな迷宮だ。このくらいはあるだろ」
ヴァンが杖を構えている事からして、この戦いは魔物が有利と踏んでいる証拠だった。
「あの動き、まだ新人だね。一人食われた」
私も無反動砲を手に、壁の向こうをずっと気にしていた。
この迷宮に入る理由で、最も多いとされるのが、いわゆる腕試しだ。
この六人パーティーもそんな感じであったが、間の悪い時にここに来てしまったものだ。
「また一人、これで残りは三人だよ」
「フン、こんなところにくる物好きだ。全滅するまでは手出し無用だぞ」
ヴァンが私に釘を刺した。
「分かってるよ。みていてイライラするけどね」
残ったのはいかにも魔法使い然とした格好の人が二名と、大体どのパーティでも連れて行る回復役のヒーラーだった。
魔法使いが二名で、派手な魔力光を放つ攻撃魔法を連射した。
「……甘いな。数撃てばいいってもんじゃない。勝敗は決した」
巨大ムカデ三匹は、まず魔法使い二名に襲いかかった。
決死の表情で攻撃魔法を放ちまくったが、その硬い表皮に弾かれて全く効果がなく、二人同時に巨大ムカデの餌食になった。
残るヒーラーは攻撃能力をほとんど持たないのが常だった。
案の定、あっさりと食われ、六人パーティーは全滅した。
「よし、出番だ」
「やっとかよ」
私たちは壁の陰から飛び出て、まずはヴァンの魔法が巨大なムカデに襲いかかった。
固い表皮が粉々に砕け、巨大なムカデ一体が床に倒れた。
「魔法ってのはこうやる。狙う、ぶちのめす、決めポーズだ」
「バカ、まだ終わってない!!」
私はムカデその二に無反動砲の砲弾を撃ち込んだ。
生き物なので、破片をばら撒く榴弾を使うのがセオリーだが、この固い表皮では効き目がないと判断し、私は固い物を貫くための徹甲弾を装填していた。
私が放った砲弾は頭部に命中し、粉々に砕け散った。
私は急いで次の砲弾を装填し、ヴァンがショボい魔法で気を引いている間に構えた。
「ヴァン、いくよ!!」
「フン、遅い」
ヴァンが間を開け、私は引き金を引いた。
バックブラストというが、発射に伴う強烈な反動を打ち消すために、砲弾から発生された高温高圧の燃焼ガスが砲尾から派手に吹き出た。
私が放った砲弾は、最後に残った巨大ムカデの頭部と胴体を泣き別れにした。
床に倒れた巨大なムカデが動かない事を確認し、私は酷い有様で床に倒れていた六人を見遣り、私はヴァンに目配せをした。
「何だよ、面倒だな」
文句をいいながら、ヴァンは呪文を唱えた。
一度に一人しか出来ないため、ヴァンはまずリーダー格と思しき、軽装鎧の剣士を蘇生した。
「な、なんだ……!?」
生き返った実感などあるわけがなく、キョロキョロと不思議そうな様子で辺りを見回したお兄さんに、私は笑みを浮かべた。
「初全滅かな。あなたたちは、アレに食われて死んだ」
私は巨大ムカデの死体を指さした。
「そ、そういえば……この迷宮に初めて潜った途端にこれです」
お兄さんはため息をついた。
「うん、本当はこの階層にあんなのは出ないはずなんだけどね。まあ、いいや。他の人も蘇生する? この迷宮のルールで蘇生代はもらわないといけないけど。今の持ち金半分でいいよ」
「ぜひお願いします。これがお金です」
お兄さんは財布を取り出し、結構な金額を手渡してきた。
「一つ忠告しておくよ。迷宮に店なんてないんだし、余分なお金は持ち歩かない事。変に狙われちゃうから」
私はもらったお金を財布にしまい、ヴァンをみた。
「特盛りだって」
「全く、俺にこんなキモい魔法を使わせやがって。なんだよ、生き返るってよ」
ブチブチいいながら、ヴァンは残り五名を立て続けに蘇生した。
「さて、これでいいね。まだ探索を続けるなり、町に戻ってパーティの再編成をするなり、あとはご自由に。じゃあ、また会おう。なんちゃって!!」
私たちは、そのまま迷宮の奥に向かっていった。
他人には、下手に関わるな。
これは、この迷宮の基本だった。
通路を進み、時折出てくる小物の魔物を片付けながら、私たちは地下二階。通称、第二層への階段近くにやってきた。
「……待て、何かいる」
間もなく階段というところで、肩の上のヴァンが警告を発した。
「……こんなところにもいるのね。明らかに魔物配置がおかしい。まあ、いるなら倒す敷かないでしょ」
私はアサルトライフルを構え、ゆっくりと匍匐で通路を進んだ。
程なく見えてきた階段の出入り口に、赤黒の縞々も派手な、巨大なハチが一匹飛んでいた。
「……一匹だけ?」
「ああ、そうだな……。他に目立った反応はない。アイツだけだ」
私は頷き、アサルトライフルのセレクターをセミに切り替え、そっと照準器を覗いた。「おい、遠すぎるぞ。そいつの射程は八百メートル近くあるが、安定して命中が狙えるのはせいぜい四百メートルだろ」
「分かってるよ。ここからさらに匍匐だよ」
私は照準器を覗きながら、ゆっくり前進していった。
敵が近くなると、ヴァンも身を低くして進み始めた。
「おい、これ以上は気付かれるだろう。ここで仕留めろ」
「はいはい……さて」
このアサルトライフルは専門に作られた狙撃銃ではないので、やろうとすればこういった苦労が必要になる。
私はアイアンサイトという標準装備の照準器を覗き、巨大ハチの頭部を狙った。
呼吸を落ち着け、銃と一体になったかのようにごく自然な動作で、私は引き金を引いた。 私が放った弾丸は巨大針の左目に命中し、そのまま貫通した。
「よし、命中」
その一撃で、ハチは床におちた。
「まだ喜ぶのは早い。この手のハチは針から分泌液を出して仲間を呼ぶ。もう少し待て」
ヴァンが警告した通り、通路の向こうからハチの群れがやってきた。
「ほらな、脳天気に飛び出していたら、やられていたところだったぞ」
ヴァンが笑みを浮かべた。
「こりゃ参ったね。フルオートで斉射しちゃう?」
「ダメだ、一撃で倒さないと、攻撃を許してしまう。しょうがない、ここは俺の出番だな」
ヴァンが呪文を唱え。通路の壁にヒビが入る程の破壊的な火球を撃ち出した。
集まってきたハチは丸焦げになり、ボトボトと床に落ちた。
「お見事」
「フン、大した事じゃない。お前に比べたらな。全く、封印なんて嫌みでしかないぞ」
「まあ、心境の問題ってやつ」
私は苦笑した。
「まあ、いい。先に進もうか」
「この迷宮って変だよね。倒した魔物は、一定時間で死体が消えちゃうから……」
私たちがみている前で、今まさに倒したハチが消えていくところだった。
「まあ、掃除してくれるなありがたいだろ。手間が省けるからな」
ヴァンは笑みを浮かべた。
「まあ、そうなんだけどね。この謎は解明したいな。さて、先に進もうか」
私たちは地下二層へ続く階段を下りた。
「罠の数は変わらずか、ただし場所が変わってる。芸が細かいわねぇ」
私は道具で罠を破壊しながら、階段を下りていった。
肩の上のヴァンが細かく周囲を警戒し、私は罠の発見と破壊に集中した。
単純な機械式の罠しかないが、こういう時こそ魔法を使った厄介物が混ざっていたりするので、全く油断ならなかった。
たっぷり時間を掛けて地下二層のフロアに下りると、ヴァンが大きなあくびをした。
「俺の体内時計は正確だ。そろそろ、昼メシの時間だぞ」
「あれ、もうそんな時間か。ここで休憩にしよう」
私は床に座り、マジックポケットから小型のガス式コンロと、コンパクトに纏められた鍋などの調理器具を取り出した。
買い込んだ食材から、お湯を注ぐだけの即席ヌードルと水を取りだした。
コンロに掛けた水を張ったヤカンで湯を沸かし、即席ヌードルのカップに注いだ。
「フン、またそんなもん食いやがって。まあ、場所柄選択の余地はないがな」
私が開けた猫缶の中身を食べながら、ヴァンが小さくため息を吐いた。
「細かい事は気にしない。さて、三分で出来上がりっと」
待っている間暇なので、私は携帯食セットの乾燥肉を囓りながら待った。
多分これくらいだという時間が来ると、私は蓋を取ってかき混ぜズルズルとヌードルを啜った。
「ちょっと固かったか……まあ、いいや」
「まあ、俺からいうことはないな。それ自体が体によくない」
ヴァンがあくびをした。
「なに、眠いの?」
「食ったら眠くなる。それは、自然の摂理というものだ。ついでに、俺は猫だからな。寝たくなったら、どこでも寝るぞ。小休止だ。抱け」
「……だから、なんで偉そうなの」
私は苦笑してヴァンを抱いた、
目を閉じてゴロゴロいいだしたご機嫌なヴァンに身を浮かべ、私は一応周辺警戒した。「これ、使い魔と主が逆だよね。今さらだけどさ」
私は笑った。
しばらく経って、私は微かな気配を感じて目を細めた。
「誰かいるな。いいから出てきなさい」
私が声を上げると、闇の向こうからゴブリンたちがやってきて私たちを囲んだ。
ゴブリンとは小鬼ともいい、イタズラばかりする小人サイズの魔物だった。
私たちを囲んだ数は、軽く二十を越えていた。
「あんたらは、話が分かりそうだ。俺の言葉は通じるか?」
「うん、なぜかエルフ語が混ざった東方語だね。大丈夫だよ」
私は頷いた。
「まず、あんたらに一つ忠告しておきたい。この先はオークの縄張りだ。抜けるのは厄介だぞ」
「オークの住処がここまで移動したんだ。地下十層にあったのに」
私が呟くと、ゴブリンは小首を傾げた。
「移動ってなんだ。前からこれだぞ」
「……そうだった、迷宮の中にいたら、変化があっても記憶が塗り替えられるんだった。それで、オークの情報をありがとう。でも、それだけじゃないでしょ?」
そのゴブリンは頷いた。
「そのオークどもを駆逐して欲しいんだ。貴重な食料や水なんかが全部奪われて、俺たちはその配給を受けているまるで家畜だ。こんな生活、もう限界だ。無論、タダとはいわない。引き受けてくれないだろうか?」
「……いいんじゃねぇか。魔物退治ってのも、熱くなれるぜ」
目を少し開けたヴァンが笑みを浮かべた。
「まあ、私もいいけど……オークか。厄介なんだよね」
オークというのは、こういう迷宮や遺跡に好んで住み着く種族で、国によっては鬼と呼ばれている。
頑丈な体を持ち、武器も人並み以上に使いこなすので、まともにやり合ったら私が不利かもしれない。
しかし、ゴブリンから仕事を依頼されるというのも珍しいので、私は二つ返事で了承した。
「いいよ、この先だね」
「はい、お願いします」
安堵のため息を吐いたゴブリンに、私は笑みを浮かべたのだった。
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