第2話 迷宮前の準備
私が宿で借りている部屋は、ベッドが一つだけのシングルルームだった。
しかし、広すぎず狭すぎずちょうどいい感じの広さで、ここを常宿にする理由の一つがこれだった。
「さて、『鑑定』でもしますか」
私は部屋の隅に山積みになっている、迷宮から持ち帰ったガラクタの山をみた。
宝箱の位置は同じくせに、中に入っているものは毎回違うという点がこれまた謎の一つで、この迷宮の管理人は私たちを遊ばせるために、この迷宮を作ったとしか思えなかった。
私に抱かれたまま寝てしまったヴァンをベッドに置き、私は腰のポーチから特殊なチョークを取り出して、床に複雑な魔法陣を描いた。
「これでよし。またガラクタだろうけどね」
私は苦笑した。
これは、今までの散歩で見つけたブツで、その素性を知るための「鑑定」が追いつかないため、こうして山積みになってしまったのだ。
私は描いた魔法陣の真ん中に、作られた目的すらよく分からないブツを置き、小声で呪文を唱えた。
魔法陣が光り、私の頭の中に様々な情報が入り込んできて、程なく結果が出た。
「香炉の一種。大昔の儀式用だね。アンティーク屋で引き取ってもらえるか」
この調子で次々に鑑定していき、完全に無価値なガラクタ、少しは価値があるもの、結構いい感じ、これは素晴らしいという感じで、適当に分類していき、私は一息吐いた。
「武器が難しいんだよね。特に魔法剣。これって、色々な魔法がごっちゃになって込められているから……。おっ、これって確か」
見た目になんとなく見覚えがあり、私はその重い剣を魔法陣の中心に置いた。
「えっと、タグには十階層五番街で発見か。なんだったっけ……」
呪文を唱えると、すぐに鑑定結果が出た。
「ブレード・オブ・ドラゴンスレイヤー。略してドラスレ。竜殺しの剣だね、やっぱり」
私は少し考え、それを無価値の山に突っ込んだ。
超有名な名剣ではあるが、この手の剣は高価過ぎて買い手が付かない場合が多く、実質的に価値はゼロともいわれている。
私は剣は使わないし、まして、こんな重い剣など構えることすら出来ないだろう。
つまり、私にとっては、全くの無価値なのだ。
「これ、トレジャーハンターがみたらぶっ殺されるけどね」
私は小さく笑い、次々に「鑑定」を済ませていった。
私が「鑑定」を終えた頃になって、ヴァンが目を覚ました。
「なんだ、いつものガラクタ弄りか。飽きないな」
「しょうがないでしょ。これやって金目の物を売らないと、この安宿にも泊まれなくなっちゃうもん」
私は価値ありと鑑定した物をマジックポケットに放り込んだ。
「ちょっと売り払ってくる。ヴァンもご一緒する?」
「まあ、暇だしな。十分寝たし、付き合ってやろう」
ヴァンが私の肩に乗った。
「それじゃいくよ」
「ああ、俺の方は問題ない」
私は笑みを浮かべ、部屋を出て宿から出た。
売り払いに行く前に、さっきマジックショップで作った七万ピエシタの借りを返し、私は村の中に出た。
どこからでも沸いてきそうな人の群れをかき分け、私は行きつけの各方面の物を取り扱っている店をハシゴした。
「その香炉二つで十二万でどうだ?」
「えー、二つでしょ。せめて、二十はもらわないと割に合わないよ。これ、地下十五階だよ」
海千山千の商人と渡り歩くには、ちょっとしたコツがあった。
「おいおい、二十は取り過ぎだよ。じゃあ、十七でどうだ?」
「うーん、しょうがないな。十七ならいいよ」
どう考えても一個五万くらいしにしか見えない香炉だったが、向こうの目利きはそういう結果だったので、別に文句をいう必要はない。
買い取り値に少し色をつけさせるための、簡単なやりとりだった。
こんな調子で、持っている迷宮で見つけたブツの処理が終わると、私はちょっとした小金持ちになっていた。
「全く、向こうの言い値で売り払え。いちいち面倒だ」
「その手間を惜しむと、大損こいたりするんだよ。これは、大事な事だよ」
私は笑い、ごった返す通りを宿に向かって歩いた。
途中、この狭いのに人垣が出来て邪魔な場所が見えてきた。
「またか、狭い縄張りに人が多すぎるのだ」
ヴァンが鼻を鳴らした。
「縄張りっていわないの。やれやれ……」
私は人垣を押しのけるようにして進んだ。
どうやら、露天商といわゆる冒険者たちのいざこざのようで、この村では特に珍しい事ではなかった。
「野次馬が邪魔するよ。邪魔だからとっとと話つけて。何がもめ事の原因なの?」
私はいかにも剣士風の、リーダー格と思しき男性に声を掛けた。
「ああ、この商人が値札の倍額以上で、薬草を売りつけようとしたんだ。それで、頭にきてな」
「そこに書いてあるのは過去の値段。うちは時価だからね」
露天商のオッサンは、恥ずかしげもなくいい放った。
「ああ、新入りを見つけては吹っかけるバカだね。こういうのがいるから……。どこの店が、傷用の薬草を時価で売るのよ。いいから、値札通りに売りなさいよ」
「なんだ、こいつらの仲間か。だから、うちは時価なんだよ」
「ふーん……ヴァンの出番かな」
私は笑みを浮かべた。
「なんだ、面倒だな。こんなのこれで十分だ」
ヴァンが私の肩から飛び下り、オッサンの顔面をバリバリ引っ掻いた。
「うわ、なんだこの猫。どこから来やがった。痛ぇ!!」
いきなりの攻撃にオッサンはヴァンをはねのけ、どこかに逃げてしまった。
「フン、他愛もない」
ヴァンは再び私の肩に戻った。
「迷惑オヤジがいなくなったから、今なら取り放題だよ。好きなだけ持っていって」
「いや、そういうわけにはいくまい。値札通りの代金は置いておこう。もっとも、その代金が無事かまでは、俺の知った事ではないがな」
剣士は小さく笑って薬草の束を取り、代金の紙幣を置いた。
その途端、野次馬が集まって代金を奪っていったが、剣士は仲間と共に全く気にする事なく立ち去っていった。
「もったいないな。どうせ盗まれるなら、私がもらっておけばよかったよ」
私は笑って、散っていった人垣の流れに乗って通りを歩いていった。
宿の部屋に入ると、私は使い込んだ鞄からマップを取り出し、ベッドに座って眺めた。
これは、今まで歩いた迷宮の記録で、私のようなダンジョン・ハンターにとっては、これこそがお宝だった。
ヴァンが私の肩からベッドに飛び下り、猫箱でゴロゴロいいながら寝ている背中を撫でながら、私はマップをパラパラと捲った。
「これだけ丁寧に維持管理されていても、内部構造そのものの変化はないんだよね。本当に、何が目的なんだか……」
私が到達した最大階層は地下二十階だが、魔物は強力になり罠が増えるという点はあったが、極悪というほど酷い迷路ではなかった。
迷宮という物は、通常は何かを隠したり守ったりするために作られるものなので、階層が深くなるにつれて難解になるのが常だった。
そういった意味でも、この迷宮は面白かった。
「ヴァン、次は地下二十階から先を目指そう。ガチ勢は地下六十階までいったとかいかないとかいってるから、その半分の地下三十階かな」
「うむ、たまには先に進むのもいいだろう。同じところばかりでは、飽きてしまうからな」
ヴァンが半分目を開けて返してきた。
「よし、そうと決まれば準備だね。少し休んだら、冒険セットの買い出しに行かないと」
「うむ、今回は猫缶を忘れるなよ。干し肉は塩辛くてかなわん」
ヴァンがベッドから飛び下りて場所を空けたので、私は横になって考えた。
「地下三十階か……ここをクリアすれば、一人前扱いされるんだよね。よそのパーティから誘われたりするらしいよ」
「フン、群れるのは好まん。例えそうなっても、面倒だから断れ」
ヴァンが横になっている私の体の上に乗って、猫箱で座った。
「私もマイペースが好きだから、仮に誘われても断るけどね。さて、軽く寝るかな」
「俺は寝た。話しかけるな」
私はヴァンに苦笑し、そっと目を閉じた。
昼寝から目覚めると、時刻はちょうど夕方という頃で、夕日が窓から差していた。
「なんだ、やっとお目覚めか。買い出しにいくのだろう?」
ヴァンが私の顔をのぞき込みながらいった。
「あれ、寝過ぎたか。まあ、迷宮関連のお店はいつでも無休で開いてるから、別に何時でもいいんだけどね」
私はあくびをして身を起こし、ベッドに座った。
すぐに、ヴァンが指定席の左肩に乗り、爪なし猫パンチを私の顔面に入れた。
「肌荒れが酷いな。肌年齢がヤバいぞ。ちゃんと野菜を食わないからだ。あと、保湿クリームくらい、ケチらないでちゃんと使え」
「あーもう、いちいちうるさいな!!」
私は苦笑した。
「まあいい、買い出しにいこう。夜は治安が悪くていかん」
「はいはい、いきましょうか」
私は財布を片手にベッドから立ち上がった。
通称「冒険者街」と呼ばれるエリアは、迷宮関連の店が集中してある場所だった。
ここにくれば、迷宮行きに必要な装備は全部手に入るので、楽といえば楽だった。
もっとも、足下をみてぼったくる店もあるので、要注意ではあった。
「いらっしゃい、今回は何階層を目指すんだい?」
いつも使う食料屋のオバチャンが、カウンター越しに声を掛けてきた。
「今回はちょっと遠出。そろそろ地下三十を目指そうかと思ってね」
私が笑みを浮かべると、大量の携帯食料セットを出してきた。
「地下三十ならこのくらいが標準だよ。さらに、予備が必要かもね」
「じゃあ、地下四十の装備で」
「はいよ、これだけあれば、トラブルさえ起きなきゃ大丈夫だよ」
私はマジックポケットを開き、オバチャンが出してきた食料セットを入れた。
「一万二千ピエシタだけど、いつもきてくれるから一万ピエシタでいいよ」
「そんなに安くしてくれるの。ありがとう」
こんな調子で食料や水を買い込み、カンテラ等に必要な点り油などの消耗品や念のため追加したロープや工具類などを全てマジックポケットに放り込み、最後に残ったのは拳銃以外の武器だった。
ここでもお馴染みの店という物があり、私がその店の扉を開けると、奥のカウンターにいた白髪のおじいさんが柔和な笑みを浮かべた。
「おや、アデーレじゃないか。ここにきたという事は、さらなる深い階層を目指すという事だね」
「ご名答。地下三十階を狙っているんだけど、無反動砲ばかりに頼るわけにはいかないし、拳銃だけじゃ火力不足っぽいからね。拳銃弾が効かないヤツが出ちゃってさ」
おじいさんの言葉に、私は笑みを返した。
「そうかい。まあ、ライフル弾でも効くか分からないが、一人で持ち歩くならアサルトライフル辺りでいいと思うがな。地下二十五階層辺りでは、集団で押し寄せてくる魔物も確認されているし、連射が出来る武器は欲しいところだろう」
おじいさんが店の奥から持ってきたのは、もう開発からベテランの域に達している古いモデルだが、いまだに愛用者が多く頑丈な事で定評があるシンプルなアサルトライフルだった。
「AK-740か。悪い選択じゃないね。いちいちクリーニングなんかしなくていいし、踏んづけても蹴飛ばしても安定動作が売りだから、迷宮で暴れるには最高だね」
私は笑った。
「うむ、お前にはそういう銃がいい。手荒に扱うからな」
ヴァンが笑みを浮かべた。
「はいはい、どうせがさつだよっと。それ買っていくよ。弾も適当な数ちょうだい」
「毎度どうも。弾丸込みで七万ピエシタでいいよ。安いのも売りの一つだからね」
私はおじいさんにお金を渡し、新たにアサルトライフルを装備に加えた。
こうして準備を整えた私たちは、冒険者街から宿に戻った。
特に意味はないが、迷宮に出発するのは明け方と決めていた。
まだご飯を食べて一眠りする時間は十分にあったので、私は宿の食堂で肉づくしディナーを堪能していた。
「だから、野菜を食えといっている。なぜ食わんのだ」
景気づけの猫缶Platinumを三個も食べたヴァンがため息を吐いた。
「ヴァンだって食べないでしょ」
「馬鹿者、猫と人間は違うのだ。肉食動物として生まれた猫は、野菜など食べなくていいのだ。人間は野菜を食わないと、必要な栄養素を摂取できん。体の構造が根本的に違うのだ」
ヴァンは私の肩に上り、大きくため息を吐いた。
「それにしても、なんだ。特大厚切りサーロインステーキに煮込みハンバーグ、ジンジャーポークに焼き鳥十二本。そして、大好物の粗挽きソーセージ十人前……バカか?」
「ひ、酷い!!」
ヴァンがウェイトレスのお姉さんをみた。
「おい、特製コブサラダ三人前くらい追加だ。それでも、バランスが悪いな」
「マジで口うるさい使い魔だなぁ……」
私はため息をついた。
「フン、ため息を吐きたいのはこっちだ。お前に使い魔にされたせいで、寿命までいっしょになってしまったのだぞ。それが、この超絶偏食家ときた。長生きはできん」
「うぐっ……ごめん」
私は大きく息を吐いた。
「だって、使い魔召喚の時に、魔法が使える猫って指定したら、ヴァンが出てきちゃったんだよ。いないと思っていたのに!!」
「フン、いたら悪いか。大体、望まない条件を設定するな。このボンクラ」
ヴァンが笑みを浮かべた。
「なに、これで楽しいの?」
「ああ、楽しい。好きなだけ悪口がいえるからな。ストレス発散には最高だ」
ヴァンは私の肩の上で、器用に箱座りをした。
「見張ってってやる。ちゃんと野菜を食ってるかな。アボカドも食えよ。苦手だからって弾いたら猫パンチだからな」
「野菜食ったって、死ぬときは死ぬよ。なんで、こんな……」
テーブルにコブサラダがドカドカ運ばれてくると、私はため息を吐いてから野菜を食べ始めた。
「うむ、それでいい。焼き鳥を十二本も食うならこれを食え。全く……」
「マジでうるさいな、もう!!」
私は大量の野菜を食べた。
「もういい?」
「なにがだ。まさかとは思うが、まだ食うつもりか?」
ヴァンがジト目で私をみた。
「……いや、ここのスペアリブ美味しいの。ダメ?」
「ダメだ、いい加減にしろ。底なしか」
ヴァンがウェイトレスお姉さんをみた。
「チェックだ。これ以上食わせるな!!」
「……気合いが凄い。ケチ」
結局、ヴァンの妨害により、私の晩ご飯は強制終了となった。
部屋に帰ると、私は迷宮前のチェックをはじめた。
荷物関係はもちろんのこと、武器である銃に至っては分解清掃して組み立てをやり、完全に自分の物とする作業だった。
「よし、馴染んだかな。なにせ、新しい銃を二丁だからね」
「うむ、おれは問題ない。杖に魔力を通してみたが、特に不具合はないようだ」
こうして準備を整え、私はベッドに横になった。
「……さっきの一件で思い出しちゃった。いればいいなで設定した使い魔の条件に、まさかヒットする対象がいると思わなかったんだよ。これ、魔法使いとしては失格だからね。反省してるよ、ごめん」
「フン、いきなり殊勝な事をいうな。今にも死にそうだぞ」
ヴァンが笑みを浮かべた。
「俺はこんなだ。魔法を使える猫なんて、仲間に入れてもらえるはずがねぇだろ。だから、ちょうどよかったのさ。乗る肩が出来たしな」
ヴァンが小さく笑った。
「怒ってない?」
「怒るもなにもねぇよ。いいから、主らしくしろ。いい加減、キモい」
ヴァンが私の横に猫箱で座った。
「ゴロゴロいえる相手がいるっていうのは、いいもんだぜ。それだけだ」
ヴァンがゴロゴロいいながら、目を閉じた。
「……ありがとう。さて、起きたら迷宮だよ!!」
「……うるさい、寝かせろ」
ヴァンが小さな笑みを浮かべたのだった。
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