ダンジョン・ハンター
NEO
第1話 始まりの始まり
アルファド王国中西部にある、コーライ山地。
その一角にある何もないひなびた山里は、三年ほど前から世界中のトレジャーハンターや学術研究者などが集まる、ホットなスポットになっていた。
「リロード!!」
私は叫びながら、手に持っていた拳銃のマガジンリリースボタンを押した。
「分かった」
低めの渋い声で、私と横並びの隊列を組んでいたヴァンが持っていた杖を、目の前に迫っていた魔物に向けた。
「フン。この程度、これで十分だ」
ヴァンの杖が光り、派手な爆発と共に魔物の一体が粉砕された。
「バカ、どうせやるなら三体同時にやってよ!!」
弾切れだった拳銃のマガジン交換を終えた私は、残る二体の頭部に向かって引き金を引いた。
しかし、放たれた弾丸は魔物の固い皮膚に弾かれて効果がなかった。
「お前こそ真面目にやれ。そんなお子様向けの豆鉄砲で、どうにかなる相手ではなかろう」
「一応、九ミリなんだけど。大抵はこれで……まあ、いいや。サポートよろしく」
ヴァンが杖を構え呪文を唱えると同時に、私は邪魔なので床に置いていた無反動砲を取った。
やたら重いこれは、まさに一人で扱えるように工夫された大砲だった。
「迷うところだけど、固いから徹甲弾にしておこう」
私が鞄の中から八十二ミリ徹甲弾を取りだし、無反動砲の砲尾を開けて装填した。
再び砲尾を閉じてロックすると、適当な攻撃魔法でヴァンが牽制していた魔物に向かって、肩に担いだ無反動砲を向けた。
「いくよ!!」
私はピストル型のグリップを握り、照準器をのぞき込んで引き金を引いた。
派手な発射音と砲尾から炎が吹き出て、放たれた砲弾は狙った魔物の頭部をメチャメチャに破壊して貫通した。
「これで二体。最後はヴァンがやれ」
「フン、断る。使い魔ばかり働かせるな」
ヴァンは再び魔法で牽制をはじめた。
「あのさ、使い魔って働いてもらうためにいるんだけどな。まあ、いいや……」
いっても無駄なので、私は無反動砲を一度下ろし、再び砲尾を開けて徹甲弾を装填した。
「なぜ魔法を使わぬのだ。凄腕の魔法使いなのだろう。魔法が嫌いなのか?」
ヴァンが牽制の合間に聞いてきた。
「魔法が嫌いな魔法使いがいるか。今はそれどころじゃないでしょ!!」
私は無反動砲を担ぎ、最後の魔物の頭部目がけて砲弾を発射した。
またも見事に砲弾が貫通し、頭部がグチャグチャになった魔物が床に倒れた。
「全く、ケチ臭い仕事しかしないわね」
「フン、それが俺だ。今にはじまった事ではあるまい」
ヴァンが私の肩に飛び乗り、毛繕いをはじめた。
ああ、そうそう。私はアデーレ・ミントス。まあ、暇な魔法使いとしておこう。
そして、肩に乗っているクソ生意気な私の使い魔は、ヴァンケット・シー。
略してヴァンと呼んでいるが、これが三毛猫のオスという超レアな猫様だった。
「しっかし、この迷宮ってなんだろうね。誰がなんのために作ったか知らないけど、倒しても倒しても魔物が出るし、宝箱なんかも何回取っても同じ場所に配置されている。明らかに、管理人みたいなのがいるんだよねぇ」
私は散らかった荷物を片付け、通路の壁に寄りかかって座った。
「さぁな、俺に分かるわけがない。『ゴルゴダの大迷宮』か。よく出来ているという点は、素直に認めよう」
毛繕いを続けながら、ヴァンが笑みを浮かべた。
そう、何もない山里が急に活性化したのは、この迷宮への入り口が見つかったからだった。
発見されてから約三年の月日が経つが、未だに最下層にすら到達した者がいないという、難攻不落の要塞みたいな迷宮だった。
私はここにきて一年以上ずっとこの迷宮に向き合っているが、まだまだ分からない事だらけだった。
「さて、一息吐いたら地上を目指すよ。あと三階層上れば出入り口だから」
「こういう時に、運べる荷物に制限があるソロは辛いな。まあ、お前はマジックポケットでどうとでもしてしまうが」
ヴァンが小さく笑った。
この迷宮に挑む者は、大抵は複数人でパーティを組んでいる。
しかし、中にはもの好きがいて、単身で望む者も一定数いて、こういった連中の事をソロと通称していた。
「まあ、マジックポケットがなければ、無反動砲なんて持ち歩かないよ。重くてね」
私が呪文を唱えると、空間が小さく裂けた。
その中に無反動砲などの重たい武器を放り込み、手元の武器は九ミリの拳銃だけにした。
「その拳銃も、いい加減ガタがきてるぞ。小まめにメンテしているのは知っているが、そろそろ替え時だな」
「そっか、この子も寿命か。酷使してるからなぁ。村に戻ったら、買い換えするか」
私は笑みを浮かべた。
「よし、いこうか」
「うむ、俺は早く外のメシが食いたい。携帯食は塩分が強すぎる」
ヴァンがざっと杖をみて確認し、私の肩にしっかり乗った。
「よし、いくぞ!!」
私は気合いを入れ、地上に戻るべく迷宮を歩き始めた。
今回の目標深度は地下十階層。多少余裕をみて用意したが、食料や水などもその分しか用意していない。
私はガチで最下層を目指すような、ある意味正統派に熱い事はしない。
思うまま気の向くまま、勝手に目標深度を決めては出かけ、観察と研究を重ねていく事を好んでいた。
こういう連中をダンジョンそのものがターゲットであるということで、『ダンジョン・ハンター』と呼び、変わり者扱いされるのが常だった。
山間部にあるひなびた村の名前は、ヒールという名だ。
迷宮が見つかる前は、家が十軒くらい建ち並ぶのどかな田舎だったらしいが、今は迷宮に挑む者を目当てにした商人のたまり場になっていた。
宿の数も多くよりどりみどりだったが、私が最初にきたときに割引クーポンをもらって使った「火吹きドラゴン亭」という宿屋が気に入ったので、そのまま連泊を重ねていた。
「よう、帰ってきたな。まあ、休め」
宿の入り口にあるカウンターにいたオヤッサンに声を掛けられ、私は手を挙げて答えた。
「今回の成果はあったか?」
「特に変わらないよ。相変わらず、あの迷宮は謎が多い。絶対、誰かが管理しているんだけど、その目的も分からないんだよね」
私は宿にある小さな食道スペースの椅子に座った。
すぐに待機していたバイトのウェイトレスがすっ飛んできたので、私はいつものといってオーダーした。
「まあ、分からないから迷宮っていうんだ。俺もいきたいが、うっかりこの宿を開業しちまったからな。留守にはできん」
オヤッサンは笑った。
「まあ、この宿がないと困るからね。ああ、忘れてた。ヴァンには猫缶金印を」
「はい、かしこまりました」
ウエイレスのお姉さんが奥に引っ込んで、すぐに猫缶の中を皿に空けて持ってきた。
「うむ、忘れたままだったら、容赦なく猫パンチツメ入りをサービスしたのにな。残念だ」
ヴァンが肩から降りて、テーブルの上に乗って食事をはじめた。
しばらくすると、ウェイトレスのお姉さんはパンと目玉焼きハンバーグソーセージトッピングを持ってきた。
「はい、いつものです」
「ありがとう。これが好きなんだよね」
私はナイフとフォークを手にして食事をはじめた。
「なんでもいいが、玉子以外は肉だな。野菜はどうした。栄養バランスの偏りはいかんぞ」
「……あ、相変わらず、猫のくせに」
私は苦笑して、掻き込むように食事を終えた。
「しかも、早食いときた。太るぞ」
「う、うるさいな。太ってないからいいの!!」
ヴァンが笑みを浮かべた。
「気付いた時は、手遅れだぞ?」
「わ、分かったよ。特製サラダ追加!!」
私は苦笑した。
迷宮から宿に帰ってきた時の定番である食事を終えた私は、限界を迎えつつある拳銃の買い換えに向かった。
「うむ、相変わらず混んでいるな」
「まぁね。慌てて山を切り拓いて、村を一気に拡張したほどらしいから。いまだに工事をやってるし」
村の通りを歩きながら、私は行きつけの武器屋に入った。
剣などの昔からある武器と違い、銃は扱っている店が少なく、信用出来る商人となるとさらに限られていた。
「いらっしゃい。メンテナンスかな?」
柔和な感じのおじさんがカウンターで笑みを浮かべた。
「これなんだけど、もう微妙にフレームが歪んでるし、さすがに限界でしょ」
私はカウンタに拳銃を載せた。
「ああ、これはもうメンテナンスのしようがないね。買い換えになるけど、いいかな?」
「うん、そのつもりできたよ。今までシーメンス17Lを使っていたから、あまり使用感に変化がないモデルがいいな」
私は笑みを浮かべた。
「それなら同じシーメンス17なんだけど、急に輸出禁止措置がとられてね。恐らく、隣国との関係悪化が原因だろうが、似たようなスペックならワルシャーP99があるよ。これなら、在庫も十分だ」
「入ってこないならしょうがないね。ちょっと持たせてみて」
「はいよ」
おじさんがカウンターの上に、黒光りする拳銃を載せた。
「うん、見た感じは悪くないね。どれ……」
私はその拳銃を手に取った。
「うん、これでいいよ。この程度の差なら問題ないから」
「それじゃ、これでいいね。他にもなにか入り用かい?」
おじさんが笑みを浮かべた。
「そうだねぇ……あとは弾丸くらいかな。とりあえず、百発もあれば」
「あいよ」
おじさんがカウンターの上に弾薬の箱を載せた。
「それじゃ、お会計を」
「うん、常連様サービスで五万ピエシタでいいよ」
思ったより安かったので、私は財布から紙幣を出して代金を支払った。
「それじゃ、またくるから」
「うん、待ってるよ」
おじさんに手を振って送られ、私は店を出た。
「おい、俺はマジックショップに行きたい。この杖も限界だ、いつ暴発するか分からん」
ヴァンが杖をかざしていった。
「ああ、もう魔性石が欠けてるじゃん。早くいってよ」
私は苦笑して、猫用サイズの杖などという、他にはなさそうな奇特なものを扱っている、いつもの魔法屋にいった。
魔法薬特有の薬品臭が漂うマジックショップに入ると、奥にいたお兄さんが笑みを浮かべた。
「また、ニャンコ先生の杖がぶっ壊れたか?」
「今度その名で呼んだら、ぶっ殺すからな。この杖はもうダメだ」
ヴァンが杖をお兄さんに渡した。
「ああ。こりゃ使い込んだな。杖は使い込むほど味が出るが、これはやり過ぎだぜ。さて、この壊れかたからすると、魔力係数が……」
お兄さんがブツブツいいながら、電卓を叩きはじめた。
「お前はいいのか。一応、魔法使いだろう?」
「私はいいの。目下封印中だから。理由は聞くな」
私は笑った。
「フン、ちょっと気になっただけだ。魔法使いが魔法を捨てるなど、よほどの事だからな」
ヴァンは小さく笑みを浮かべた。
「いいじゃん、銃火器しか使わない魔法使いって」
「それ、魔法の意味があるのかよ。まあ、好きにしろ」
ヴァンが小さく息を吐いた時、お兄さんが杖の設計図を持ってきた。
「オタク好みの過激なセッティングだぜ。無論、耐久性は考慮してある。これでよければ、すぐに出来るが」
「それでいい。じゃじゃ馬の方が、味が出るってもんだ」
ヴァンが小さく笑みを浮かべた。
「それじゃ待っててくれ。さてと……」
お兄さんが機械を使って杖を作り始めた。
「なんなら、魔法書でも立ち読みしたらどうだ?」
ヴァンが笑った。
「あのね、知ってていうかな。ここのマジックショップ。なにが気に入ったのか、私が書いた魔法書しか置いてないの。自分の本読んでどうするの」
「それはそれで、間抜けで絵になるぜ。さて、俺は昼寝でもして待つ。お前の肩じゃ不安定だ。抱っこしろ」
「え、偉そうに……ったく」
私はヴァンを抱きかかえ、苦笑した。
ヴァンが昼寝をはじめ、私まで眠くなってしまった。
「い、いかん、猫サイクルに陥ったら、ほぼ寝て過ごす事になる」
私は頭を振って目を覚まし、杖が出来るのを待った。
しばらく待つと、お兄さんが杖を持ってきた。
「なんだよ、旦那はお昼寝か。いいご身分だぜ。これが杖だ」
「ありがとう、コイツに持たせてやって」
お兄さんがヴァンに杖を持たせると、ゴロゴロいいながら寝ているにも関わらず、杖だけはしっかり持った」
「ったく、寝てるんだか起きてるんだかな。料金は七万ピエシタだが、それじゃ財布が出せないだろ。あとででいいぜ」
「ありがとう、コイツを宿のベッドに置いてきたら、支払いにくるよ」
ここは常連の強みだった。
「さて、宿に帰りますか。ったく、コイツって結構重いんだよね。お前がダイエットしろよ」
私は笑い、宿に向かって歩いていったのだった。
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