第4話 至って普通の娘にございます


「お言葉ですが……。」

「はい」

少々もったいぶってから、にっこり笑って切り返す。

「私は、にございますわ。魔女殿などとは、おそれ多い呼び名です」

「これはまた、ご謙遜を」


黒づくめの若者は、目を見開いた。明らかに眠っていたはずの娘が、自分のウワサ話をなぜ知っているのだろうか、といった所だろう。

視線を遠慮なくぶつけてきて、しげしげと美鶴を眺めてから、大いに結構ですと言って笑った。屈託なく、嬉しそうに笑う。

「何よ」

「いや……。さすが異界からの魔女殿は、このような状況におかれましても、実に冷静な対処を成されますのに、いたく感心しております。それに、思っていたよりもずっと、ごきげん麗しいご様子で安心しました」


美鶴も負けじと若者を見た。ほりが深いという特徴を差し置いても、目鼻立ちの整った、かなりイケメンの部類であるのは認める。

美しいものは手放しで好きな美鶴だったが、うさん臭い相手であるのは間違いない。

それこそ若者の方こそ冷静に、褒め称えながらも美鶴という存在を見極めようと、探っている様子だった。

頼り無さそうなこの存在に、どこか見どころは有るか。

そう値踏みされていると感じた。

互いを観察しながら、牽制けんせいし合う武士のごとく。

美鶴はこれまた負けじと、切っ先を向ける。

とっておきの、営業スマイルを付けるのも忘れない。


「これがゴキゲンに見えるのなら、君の方がずい分とゴキゲンなおつむかと思うよ?」

「っぷは!! ははは、っ失礼……っくくく」


――こちとら、不機嫌マックスなんだよ、嫌味のひとつやふたつ、簡単に出るわ。

そんな怨念のこもった一言に、間髪入れずに噴き出された。

どうにか笑いを引っ込めようにも、収まりきれないらしく、笑い声を漏らしている。

そんな彼はとうてい鬼神などという存在とは、結びつかなかった。

(うーん? 夢にしては、リアルだったし……鬼神ねぇ?)

鬼神が何を指すかと言えば、筋肉ムッキムキの軍人で、戦で手柄を上げた武将であるとか。

言葉から導き出されるイメージは、そうだった。

だが彼はどうみても細すぎて、剣を振るうようにも見えなかった。

チラとみる限り、腰に剣も帯びていない。

しっかりとふちに刺繍の入ったローブは重厚で、手触りが良さそうだが、かなり重そうに見える。

天蓋付きのベッドに身を起こし、大きな石造りの窓辺から美鶴が覗く風景は、どう見ても映画で見た中世の城である。

美鶴は覚悟した。

(うん……。どんなにセレブが、手の込んだコスプレしたとしても、さすがに城までは用意できないよね。ここ、本当に、異世界ってトコロなの?)


どういう事か説明してもらわないと。

そう思っても、唯一の登場人物はまだ笑い転げている。


「あの……。ちょっと、笑い過ぎじゃない? もー大丈夫?」

「はい。失礼いたしました、大丈夫です」

「まあ、いいけどね。ところで、あなたはどなた? ここはどこ、だったかしら?」


ご説明願えませんかと促せば、若者は姿勢を正した。


「申し遅れました。わたしはあるじの命により、魔女殿をお迎えに上がりました、宮廷魔術師にございます。ここはルデ・ナルダ公国の、ハーリナム・ルデ・ナルダ閣下の居城。こちらは客室になります」

「そう」

それしか言いようがない美鶴に、魔術師とやらは不意打ちで切り出してきた。

「魔女殿。どうかそのお名前を、わたしにお教え願えませんか?」


あれだけ笑っていたとは思えないほど、真剣なまなざしで懇願される。


ご大層な肩書の彼は、己の名前は言わなかった。

そのくせ、人には名乗れと言ってきた。

美鶴は思わず、身を引いていた。


「どうかわたしに、一番最初にあなた様のお名前を聞く栄誉を、お授けください」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

エステティシャンは、マジシャンではありません 佐野しゃるる @nagagutu-neko

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ