第3話 これが魔女……?

「これが魔女……? 至って普通の娘のようだが」

「そうですね。しかし、転移術に耐えられた存在は、ごくごく稀です。相当な負荷がかかるはずですが、こうして意識を失う程度で済んでいる所を見ると、それなりに見どころはございましょう」


(意識を失う程度って……それ以上もあり得るってコト?)

ずいぶん物騒な評価に、聞き捨てならぬと食いつく。


「ふむ、そうか。珍しい黒髪に、瞳の色も黒であったと聞いておるが、肌の色合いも薄くクリーム色というか、不思議な色味だな。それにずい分、小柄であるな! まだ子供ではないのか?」


(え。ちょっと、今、どこ見て言ったの……。)


自分がかなりボリューム不足の体つきなのを、気にしているだけに、見えなくとも視線は感知できてしまうものらしい。

言いたい放題の内容に、美鶴の意識は忙しい。


「いえ、成人してかなり経っておりますよ。見た目によらず、とうがたっているかと」

(おぉい! 確かに成人してから、8年が経過しておりますが何か!?)


思わず、ままならない意識下でツッコんでいた。

それに、何故わかるんだろうかとも思った。

日本人は、海外の方にしてみたら幼く見えるらしいではないか。

現にまだ子供ではないか、と疑われたばかりなのだ。

もちろん、叫びは届かない。悔しさで拳を振り上げられそうだが、いかんせん、全く身体は動いてはくれない。


「そうか。やはり魔女というのは、不老不死なのかもしれんな」

「さあ……? どうでしょう」


声音はごくごく低く、小さくひそめているようだが、ひどく煩い。

悪口はよく聞こえる、というものだろうか。


しかし、当の本人を目の前にして、言いたい放題言ってくれるじゃないか。

美鶴は心の中で悪態をつきながら、話の内容に耳を傾け続ける。

意識は戻りつつあるのに、身体は動かせないのがもどかしい。

こうやって脳内では会話に参加しているつもりなだけに、虚しさも半端ない。

察するに男性二人の会話のようだ。

一人は若者でもう一人は年配者かと思う。声は年齢が出るものだ。

若者はきっと、フードを被っていた彼に違いあるまい。

黒づくめの彼の姿を思い起こした。

ほりの深い、西洋人特有の顔立ち。切れ長の瞳が印象的だった。

それと同時に、夢で聞いたワンフレーズも思い浮かんだ。


『鬼神は、あの黒づくめよの』


ぴくりと自分の指先が動かせたのが分かった。

それを合図に、まぶたを持ち上げることが出来た。

眩しい光が降り注ぎ、眩しさのあまり目を瞬かせる。

気怠い身体を無理やり起こし、声のする方へと向き合った。

思いがけず、人影は見えなかった。

てっきり寝顔をのぞき込まれながら、あれこれ言われているのだろうと思っていたが、違ったようだ。

煌びやかな刺繍を施されたついたてが、戸口らしき所にある。

その向こう側に人の気配があるようだ。


(戸口で立ち話していた内容が、ここまで聞こえていた……?)


美鶴はうまく働かない頭で、考えるでもなく、衝立の向こうの様子を眺めていた。

バタンと扉が閉まった音がすると、ひょっこりと黒髪が覗く。

「ああ! 良かった、お目覚めになったのですね」


思いのほか嬉しそうな声の主は、やはり黒づくめの彼だった。

明るい日の光の元、余計にその黒さが際立って見える。

優雅に両手を広げた彼は、これまた思いもよらないほど、満面の笑みを湛えていた。

いそいそと駆け寄ると、うやうやしく頭を垂れ、笑顔のまま言った。


「ごきげんよう、異世界の魔女殿。ずいぶんとお寝坊でしたので、流石に心配になりましたよ」

「…………。」


対する美鶴の表情は冴えない。

夢は――まだ続いているらしい。

未だに夢オチを期待していただけに、脱力も半端なかった。


無意識下であっても、あれこれツッコめていたのに、その気力さえ失せていた。

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