なんで?
秋村ふみ
なんで?
「ねぇママぁ、なんでこの電車、みんな横並びで座るようになってるの?なんか落ち着かないよ」
「そのほうが、多くのお客さんが乗れるからよ。我慢しなさいね」
「はぁい…」
夜の電車のロングシートに座る母と子。そのまわりにはいろんな乗客が乗っている。スマートフォンに夢中な女子高生、雑誌に夢中な男子高生、これから夜のデートに向かうOL、イヤホンを聴きながら音楽を聴いている青年、小説を読んでいる少女。母の横に座る子供は乗客たちを、好奇の目で見ている。
「ねぇママぁ、あのお姉ちゃんはなんで、嬉しそうに小さな機械ばっかり見てるの?あの小さな機械の中には何があるの?なんであんなに目が赤いの?」
「あの小さな機械の中で、あのお姉ちゃんの友達がいっぱい待ってるのよ。あの機械にとり憑かれると、あんな風に目が赤くなるのよ。気をつけなさいね」
「はぁい…」
「ねぇママぁ、あの眼鏡のお兄ちゃん、さっきまで広げて読んでた雑誌をなんで急に隠すように読んでるの?なんであんなに幸せそうな顔をしてるの?なにをそんなに興奮しているの?」
「邪魔しちゃ駄目よ?あのお兄ちゃん、いま大人への階段を昇り始めてる最中なんだから。いい?ああいうお兄さんのことを、ムッツリスケベっていうのよ。あんな風になっちゃだめよ?」
「はぁい…」
「ねぇママぁ、あのおばちゃん、なんであんなに化粧が濃いの?あのおばちゃん、さっきから手鏡ばっかり見てるよ?あ、おばちゃんこっち見てにらんでる…」
「おばちゃんおばちゃん言わないの!気をつけなさい!今は綺麗な顔をしてるけど、化粧の下には恐ろしい素顔が隠されてるのよ!いい?人間には隠さなければならないことだってあるのよ?そのことを覚えておきなさいね」
「はぁい…」
「ねぇママぁ、あのお兄ちゃん、なんでずっとイヤホンして目を瞑ってるの?その隣のお姉さんも、どうしてずっと本を読んでるの?」
「つらい現実から逃げ出したいからよ。邪魔しちゃだめよ?あのお兄ちゃんとお姉ちゃん、意識はいまこの電車の中にはいないんだから。幻想の世界に入り浸っているのよ」
「はぁい…」
「ねぇママぁ、あのおじちゃん、なんでさっきから新聞広げてるの?新聞ってそんなに面白いことが書いてあるの?」
「あのおじちゃんは新聞なんて読んではいないのよ。自分の目の前に若い女の子が座ってるもんだから、照れ隠しで新聞で顔を覆ってるだけなのよ。あんな内気な大人になっちゃだめよ?」
「はぁい…」
「ねぇママぁ、なんで僕達、この電車に乗ってるんだっけ?これからどこに向かってるの?お父さんはなんで一緒に来ちゃいけないの?」
「そんなこと、あなたはなにも知らなくてもいいのよ。お父さんのことはもう、忘れなさい…」
「はぁい…」
電車は走る。どこに降りるかも知らされない子供の不安など関係無しに、無情にも…。
なんで? 秋村ふみ @shimotsuki-shusuke
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます