第4話「電車の中のうたたねは素晴らしいという哲学」

はっ、と目を覚ます。

目の前には、通常の電車の光景、ぎゅうぎゅうとなった人団子で満たされていた。


『次はぁ……ピッ、ガーーーー』

 ふと、電車のアナウンスが変なとこで止まる。


『ザネクストステーションイーズ、アカバネ 』


 だけど英語のアナウンスは通常通りだ。「なんだ何かがあったのか」とほかの乗客もざわつきだした。ただかまわず、電車はそのまま進み続けている。


 次の瞬間わけのわからないことが起こり始めた、目の前にいる乗客たちが一人ずつ一人ずつかがみだしたのである。かがむことができない人たちはガクッとうなだれたままで立っている、そのまま下でうずくまってる人たちに覆いかぶさりそうになる。


 さらに、もっとおかしいことがある、とっくにもう駅は近づいている。窓から見える様子では電車はもう赤羽の敷地内に入ってるはず。それなのになぜこの電車は減速しない?

 きっと運転手か何かにトラブルがあったのだ。このままでは事故る……。いやATSが働くから大丈夫だと思うが。


 ——止まらない。

 列車は止まるどころか加速を続け、あっという間に赤羽駅を通過していく。


 このスピードで電車が進んでいったらそのうち前の列車に衝突するのではないか。ましてやこの列車は快速だ、そう遠くない瞬間にそれはやってくる。目の前の光景といい、電車といい何もかもがおかしい。


 落ち着いて考えようと、一度目を閉じた。


 目を開けると周囲の人影が消えていた。

 そして今度はあのサキュコス女が隣にいた。

「ね? 狂い始めたでしょ? それにしてもよりによってベルがこの列車に現れたのね」

 またこの女か。……じゃあ、なんだ、さっきの光景も夢だったのか。所詮は夢の話、ならばさっさと目覚めよう、夢でも事故は目覚めが悪い。


「ベルフェゴール、怠惰の悪魔。人が本来すべきことをさせなくする力がある。よりによって強いのが出てきちゃったなあ、勝てるかしら」

「……何を言ってるのかわからないけれど、目が覚めればそれで終わりだ」

 あっ、つい返事を口に出してしまった、どうせ夢に過ぎないのに。


「夢だと思ってるならちょうどいいわ、これは私とあなたの責任。ついてきて、ベルフェゴールに会いに行きましょう。夢ならば怖くないでしょう?」

 そういって女は俺の手首をつかんで引っ張って歩いていく。

 昨日の夜のように俺はそのまま黙ってついていった。女は電車の運転席の方へと進み、電車を連絡している扉を無造作に開けていく。不思議なことに俺たち以外の乗客は一切見当たらない。まあ言って、夢だからな、当たり前なのだが。


 やがて、女は歩みを止めた。

 そして目の前を見ると、運転席の扉の前に、身長2mをはるかに超えるような大男が全裸で仁王立ちしていた、全身の筋肉が隆々としていて、なぜか頭からは立派な二本の角が生えていた。一言で言えば鬼、サキュコス女のコスプレ仲間なんだろうか。


「そうか、お前らがひずみから俺を生み出した原因というわけか」

 その変態筋肉男は俺たちに不敵に笑いながら話しかけてきた。

「帰ってくれないかしら、ベルフェゴール。一般の人たちにまで危害を及ぼす必要はないでしょう」

 女は手を振りかざしながら、必死の表情でそう伝えた。


「分かってるだろうができん相談だ。因果を壊した以上お前らには消えてもらわねばならぬし、人間どもにおこっている現象は自動的でしかない。私がここにいるということはそういうことだ」


「力づくで何とかしろということかしら」


「——なんだいやに人間の肩をもつな、そんなにその男のモノがよかったか。そんな華奢な男がサキュバスをもってして、精力を搾り取ることができなかったとは到底思えんが」

「……事実だから仕方ないでしょう。どのみち消されるのであれば、私はこの男と組んでお前と戦うほかないのよ」

「ほほういい度胸だ、サキュバスごときが私に勝てると思ったか」


「幸い昨日のおかげでかつてないほどの魔力が私に満ちてるのよ。くらえっ。輝き出す二つの愛ツイントゥインレーザー

 女は突然謎の魔法のようなものを唱えだした、そして女の胸のあたりから、二本のレーザーがベルフェゴールという名の男に向かって飛び出していく。俺の目にははっきりと乳首から出ていったように見える。

 つまりはチクビーム!

 チクビームは、ベルフェゴールに直撃した。


 しかし大して痛がる様子も見せていない。男の筋肉で覆われた体の表面が少し黒くなっただけである。

「そ、そんな、やはり私ではベルには……」

「ふふっ、なんだなんだ、魔力に満ちていてこんな攻撃なのか? まあ所詮サキュバスではな。遊んでやるのもかわいそうだし一思いに消してやろう」

 そういうと、男は右手を上にかかげて、光のようなものを集めていく。そしてソフトボール大ほどの光の球体が出来上がった。

必要のない存在意義ペアドレゾンテートル

 そう言って、男は球体を女の方に向かって投げつける。

「まずいっ!」

 瞬間、俺の体は勝手に動いた。夢に過ぎないのに、いや夢だからなのか。あの玉はやばいとそう思った瞬間、隣にいる女を守らなければいけないとそう思い、とっさに、女をかばうように前に飛び出した。

 もちろんその玉は俺に向かって直撃する。爆音、そしてまばゆい閃光が広がる!


「いってぇーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」

 人生で一番じゃないかという位の痛みだった。思い切り叫んだ。


「はぁはぁはぁ、ふぇぇ」 

 息遣いす、らおか、しくなる、こん、な痛、み。

 こ、れは夢じ、ゃない、のか?

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