第3話「最強の高校生という哲学」

 翌朝、俺は渋谷のとある雑居ビルとビルの隙間で目覚めた。

 壁に背をつけたまま、ぐだっともたれかかっていた。ポケットのスマホをまさぐって手に取り画面を見る。12件近くのラインの未読がある。

 1件は親父からだった。

『ゴムはちゃんとしろよ、まだおじいちゃんになりたくねぇ』

 テキトーな親父で助かった。

 昨日一応親父にだけは連絡をしておいたのだ、親父が心配しないのはわかっていたがお袋には心配かけたくない。

 

 それにしても……あれは夢だったのだろうか。

 確かに初体験を済ませたはずだ。初体験どころではない、何発も何発も決めたと思う。やればやるほど調子に乗った俺は、男としての自信を持ち始め、腰を振りまくった、最高の至福に包まれていたような気がする。

 サキュコス女を支配した気でいたんだが、あの高揚感は夢であったのか?

 だが現実に雑居ビルの下で野宿したということは、夢だったとことの何よりの証左なのだろう。あのサキュコス女は幻覚で、疲れ切っていた俺はここで眠ってしまったに違いない。快楽だけが妙に脳と一物に刻み込まれているが。


 最後に時計を見たのが午前1時だから、時計を見るに時間的には6時間以上寝ていたはずだ。だが、今もなおとても眠いし、そしてとても身体がだるい。まるで体中からエネルギーというエネルギーがなくなってしまったかのようである。


 ここでたたずんでも仕方ない。学校はともかく早く家には戻りたいので、重い体を動かして、駅へ向かうことにした。


 なんとか山手線に乗り、上野駅に着き、小山駅へ向かうために宇都宮線の電車に乗った。幸いにもイスが空いていたので、若いけれども申し訳ない気持ちになりながら俺はそこに座った。

 やがて、電車は動き出す。

 と同時に俺はうとうととしだした。疲れているのだろう、お休み世界。




 ガタンガタンと列車が枕木を越えていく音が聞こえる。


「まさかね、あなたみたいな若い子に私が負けるとは思わなかったわ」

 声が聞こえた、昨日聞いたはずの声。

 目を開けると、目の前には昨日のサキュコス女がいた。あの時脱がしたはずのドエロイ衣装を身につけている。

 女はおれの向かいの席に座っている、ほとんど満員のはずの宇都宮線ではあるが周囲に人影はない。彼女と俺の二人きりの世界。


「き、君は昨日の……やっぱ夢じゃなかったのか」

「——いえ、これは夢よ。あなたの夢の中に私はいるわ。でもさっきまでのことは現実、おかげであなたからあふれるほどのエネルギーを手に入れることができたわ」

「……何を言ってるんだ? でも確かに俺は君のことを覚えてる、あんな鮮烈な体験を忘れたりはしない、君は一体なんなんだ? 昨日のあれは一体何だ?」

「……あなたが知ってる通り私はサキュバスと呼ばれてるわ、男の精気を吸い取って命を奪うもの。そう、昨日は、たまたまあなたが私を見つけてくれた、だから私は最大限のお礼をあなたにした、気持ちよかったでしょ?」

 あぁまちがいない、それは気持ちよかったさ。

「……うん、でも今と同じように、あれはやっぱ夢だったのか」

「夢じゃない……夢じゃないわ。すべて現実よ。だけれどね、そんなことよりなぜあなたは生きているの、なぜ死ななかったの?」

 女は困惑した表情を浮かべ、そしてきっとした表情でこちらをにらんだ。


「死ぬ? なんのことだ?」

「サキュバスは男に最大の快楽を与える、対価は男の命。あなたの命がなくなるまで私はあなたの精を搾り取らねばならなかった」

 話が分からない、どうやら夢の中の彼女は俺の話に耳を傾ける気はないらしい。


 俺の記憶では昨晩、目の前の最高の女と俺は何度も何度も交わった。何時間に及んだかわからない。それは一瞬のようでもあったし、永遠のようであったようにも思う。時がたつのも忘れて、俺はセックスを楽しんだ。

 でも気が付けばそれは夢だった、目の前に昨日愛した女はいなかった。その事実に先ほどまで絶望していたのだ。しかしその女は今また目の前にいる。


「……あなたは死ななかった。いくらやってもやってもあなたの精は尽きなかったの……。どうなってるのよあなた!? 一体、どれだけの精力を持ってるのよ、サキュバスのこのあたしが負けるなんて……おかげで私は帰れなくなってしまった」

「帰れなくなった……俺には一体、君が何を言ってるのかさっぱり」

「……帰れなくなったのよ、私のいるべき世界に。あなたとやって、あなたが死んでしまえば、ひずみは起きなかったのに。でも、あなたは生き残ってしまった、あなたが因果を崩壊させたのよ。そのせいでこの世界にひずみが起こるわ」

「本当に君は一体何を言ってるんだ?」

「あなたと私のせいで世界が滅ぶわ、そういってるのよ。ほらもうすぐ、ひずみから悪魔が現れる」

 『世界が終わるのよ』と彼女は続けた。


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