メンテナンス

朝7時 執事、ゆなの部屋へ


「おはようございますお嬢様」

カーテンを開けると、陽がさんさんと入ってくる。


「ん〜」

眩しい…もぞもぞと太陽に背を向ける。


「また夜更かしですか?お友達と遊ばれるのも程々になさいませ」

むずがるのを横目にテキパキと朝の支度を済ませていく。


「昨日はそれ程でもないわよ」

「ほんとですか?外まで声が聴こえて随分楽しそうでしたが…」

「あら…騒がしかったならごめんなさいね」

いつもの小言を聴きながら、用意してくれた紅茶に手をつける。

「ん~、今日もお茶が美味しいわね」


「はぁ・・やれやれ…」

いつものやりとりに仕方ないとばかりに首をふる。


「今日はどこに行くのだったかしら?」

「お茶のお稽古がございますね。それから夕方にはお身体のメンテナンスがございますので」

「ああ、メンテナンスー。そっか今日だったのね。あまり好きじゃないのよねー」

「我慢なさいませ」

「暇だし」

「人の身体でも健康診断はございますよ」

「あら、人は月に2回も腕や脚を外したりするのかしら」

やれやれ。これもいつものやりとり。

「お風呂は入ってるし、そこまでしなくてもいいじゃない?」

「何かあった時が怖いのですよ」

「みんな心配し過ぎだとおもうわ」

「心配されないような生活を送って頂ければ私どもも・・」

「あ~、そうね!そうね!」

「やれやれ・・・」


稽古も終わり、屋敷へ。


「ではいつもの通り右脚から順々に左脚、左腕、右腕とメンテナンスさせて頂きます」

「分かったわ。ひとつ10分ね」

「はい、それでは失礼致します」

メイドが私の脚を抱くように抱えると、私は脚を根元から外してしまう。特に痛みや不快感もなく、すんなりと。


「いつも思うけど、これ・・なかなかにサイコな光景よね」

「まぁ…あまり一般的ではございませんね」

「映画だったら規制ものよ」

「お嬢様なら女優賞間違いなしですよ」

「悪い気はしないけど、どんな映画の役なの」

「お嬢様のお好みの通りに・・」

四肢のメンテナンス中、執事が髪を梳き、髪油をつけてなじませてくれる。ヘッドスパのようで気持ちがいい。

「良い香りね」

「恐れ入ります」

「こういうのも教えて貰うものなの?」

「と、おっしゃいますと?」

「こうやって主人の髪を梳いたり、マッサージすることは執事になる時、教えて貰うものなの?」

「…いえ、そのようなことは習いません」

「ふーん、いつから?」

「いつ…とは?」

「いつからできるようになったの?」

「……さぁ。いつの間にかでございます」

「…ふふ。そう」

しばらくの間沈黙が流れる。


「お嬢様。お脚の方が終わりましたのでお次を」

「分かったわ。先に戻すわね。…うん。大丈夫そうね。腕を抱えて」

「はい」

「…ん。外れたわ。お願いね」

「ありがとうございます」

再び工具や部品などを扱うカチャカチャという音がする。


「お嬢様」

「んー?」

「すでに何度もこうしてメンテナンスをさせて頂きましたけれども、痛みやご不快なところはございませんか」

「痛くは…ないわね。あるものがないからこう…心許ない感じはするけど、特に不快には感じないわ」

「左様でございますか」

「あなたもとってみる?」

「それこそ規制対象になってしまいますね」

「案外すっきりするかもよ」

「ではアンドロイドになった際試してみます」

「言ったわね!約束よ!」

「分かりました」

「こういうのって意外と骨なのよ。女性のお化粧にさく時間と大変さを男の人が分からないのと同じ」

「…なるほど」

「寝てる間に全部済んでれは楽だけど、そうもいかないしね。そもそも外すのも入れるのも私次第だし」

執事は私の取り止めもない話をふむふむと聞いている。

そうこうするうち、全てのメンテナンスが終了する。

「お疲れ様でございましたお嬢様。」

「ありがとう!あなたたちもお疲れ様だったわね。特に問題はなかった?」

「はい。今日も問題はございませんでした、ただ…」

「ただ?」

「いえ、お嬢様のお身体でしたらむしろもっと負担があってもいいくらいです。スポーツはされませんよね?」

「しないわねぇ」

「お部屋にいる時間も多いですし、これを機に何かされてもいいかもしれません」

「うーん…スポーツねぇ」

スポーツといえるものはした経験がない。

「何か手軽にはじめられるものってないかしら?」

執事に尋ねる。

「手軽に申されますと、やはりマラソンやサッカーなどでは?」

「マラソンって不思議よね。走るだけで楽しいのかしら」

「あとは力がいらない卓球や、マイペースにできるゴルフなどもございますね」

「あ、ゴルフいいわね。かっこいいわ」

「それでは明日にでもご準備しましょうか」

「いいわねぇ」

すでに7時を過ぎている。

「そろそろお腹空いたわ…」

「かしこまりました。それでは夕食のご準備をいたします」

メイドにあとを任せて一足先に準備に向かおうとする。

「あぁ、待って」

執事を呼び止める。

「連れていって」

「…おや、珍しいですね」

「たまにはね」

執事は少女を抱える。

「あなたと初めて会った時もこうしてもらったわね」

「お懐かしいことにございます」

2人は笑いあい、部屋をゆっくりと出ていった。

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