歯車にならない者

玄の執事の話。


「君は歯車にはならない」

「は・・」

その人物から語られた言葉は何とも衝撃的なものだった。


人に仕える者に必要な素質とは何だろうか。

多くの知識、何者をも撃退する力、主を喜ばせる芸事・・。

全てなくてはならず、あればあるほどより良い。

それらは全て一つの機械を動かす様々な部品だ。


幼少期から、私は歯車のようになることを求められてきた。

私もそれを望んできた。

多種多様な部品のなか、自分の役目を全うし一つの機械を正確に動かすその仕組みはなんともエレガントで、遅滞なく進む自然そのままの姿のようだ。

聞こえはなんとも悪いかもしれない。

社会や組織の歯車とはまるで奴隷制度の代名詞のような言葉だ。

だが、それが素晴らしく、大きくて自らに誇れるものだとしたら、その一つの機構になることに何の嫌気があるだろう。

私はそれを自覚した時から、ある一つの部品になることを目指した。

主を守るために必要な格闘術から、屋敷を管理するために必要な家事でも知識でも貪欲に吸収してきた。

私は主を守る歯車になろうと思った。


・・・チッチッチッ

ジレのポケットに入れた時計の規則正しい音が聴こえる。

私はポケット越しに時計を触ると、これを主から贈られた時のことを思い出していた。


美しく装飾された箱に収められた時計が時を刻む。

・・・チッチッチッ

内部機構の歯車が、まるで星の運行のように規則正しくかみ合っている。

執事として一生を主に捧げる―いわば契約の証ともいえる懐中時計。

「ありがとうございます」

私は箱から時計を取り出すとそれを手にじっと見つめる。

今までの努力が結実した喜びや、責任感からくる不安が心を支配する。

しばらく放心状態で時計を見つめていた自分に気が付くと、すばやく姿勢を正す。

見れば、主は優しい眼差しで自分を見つめている。

子どものような反応をしてしまった自分になんだか恥ずかしくなってしまった私は素早く時計のチェーンをボタンホールに通し、ポケットに滑り込ませた。

「玄武」

主が椅子に身を預けたままに話しかけた。

「なぜ君たちが必ずその時計を持つか分かるか」


「屋敷に仕える者は大きな機構を動かす一つの歯車になることを望まれる」

当然だ・・大きな組織では自らの職務に忠実であらねばならない。

一つ一つの小さな部品がキチンとかみ合い、形をなす時計は象徴するものだろう。

「だが君は歯車になる必要はない」

意外な言葉に、ヒュッと気が縮む気持ちがした。

なぜ・・私は歯車になることを決意してきたのに。

「君は・・」


「私は歯車ではない」

私はある部屋を前に一人つぶやく。


扉の向こうからけらけらと笑う声が聞こえる。

私は話の邪魔にならないようそっと扉を開けてなかに入った。

「失礼いたします」

少女が友人と楽し気に笑う。

「ありがとう!お茶がきたから飲もーぜ!」

可憐な見た目に似合わず男勝りな言葉で友人に話しかける少女。


「お嬢様。その言葉遣いはなんですか。みっともないですよ」

私はお茶を入れながら、少女の言葉遣いをたしなめた。

「はーい」

少女はニコニコと笑いながら無邪気に返事をした。

これが私の役目。

歯車がかみ合うのは綺麗に整える者がいるから。

「どうぞ」

お茶や菓子をテーブルに並べていく。


私は歯車ではない。


・・・チッチッチッ

時を刻む音が聴こえる。


正確に、規則正しく、よどみなく。


私は整える者。

全てが上手くいくように。全てがきちんとかみ合うように。

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