騒がしい夜
遊び役を務めるメイドたちの話。
私達の勤めるお屋敷にはいろいろな部屋がある。
屋敷の主であるお嬢様の生活するスペースを最上に、キッチンや客間などが主に占めている。
あとは住み込みで働くメイドや執事たちの暮らす部屋がいくつか。
さすがに一人一部屋とはいかず相部屋がほとんどだが、ある程度自分の趣味にあうよう部屋を模様替えもできて、メイドとしては好待遇だと思う。
何より、このお屋敷ではメイドと執事が自由に過ごせる談話室がある。
談話室と言っても小さな部屋ではなく、お屋敷の一階の半分を占めるほどの広さでホールに近い。
そこにはソファやテーブルからPCや本などの娯楽物、はてはショットバーまでも据えられていてほとんどバーのラウンジに近い。
ここを自由に使えるというのはさすがに仕える身としては遠慮してしまったが、
お嬢様の「夜は寂しいから賑やかな方がいいわ」との言葉で今ではすっかり憩いの場として使わせてもらっている。
今日は同僚の2人と共にバースペースにかけてくつろいでいた。
ちなみにお酒は3人とも飲めない。
「お嬢様は相変わらず優しいねー」
左隣のメイドが楽し気に話しかけてきた。
金色の輝く髪がライトに照らされ、きらきらと美しく輝いている。
大人びた見た目に反し、話し方や声はなんだか少女のようにあどけなく何とも魅力的だ。
さすがお嬢様のお付きを許されているだけある。
「お嬢様も優しいのはいいですが、もう少し屋敷の者には威厳をもって接してもらいたいものです」
右隣の執事がため息交じりにごちた。
スリーピースを着こなした一見すらりとした青年だが、その肉体は徹底的に絞られていて、まるでギリシャの彫刻だ。
性格は極めて堅物。
役職はお嬢様の教育係。お嬢様の言葉遣いや作法などいろいろと教えているが、いちいち細かい注意を受けてげんなりとされている姿はよく見る。
とはいえ、彼もなんだかんだとお嬢様には甘い。
小言は多いが、威圧的な態度に出ることはないし、何より忠実さはピカイチだ。
お嬢様にねだられて抱っこしている姿はまるで保父さんみたいだけど。
「俺は今の生活はいいと思うぜー。ゆなには感謝だなー」
後ろから間延びするような声が会話に入ってきた。
振り向くと一人の青年がへらへらとしながら立っている。
ネクタイもせず、靴も派手で、一見するとまるで遊び人だ。
「また君はお嬢様を呼び捨てにして・・」
彼も執事の一人だが、屋敷内でただ一人お嬢様を呼び捨てにしている。
軽口も多く、お嬢さまをからかってはよく怒られているのは屋敷ではおなじみだ。
しかし、態度とは裏腹に勤務態度は極めて良好・・らしい。
隣の彼と並んで、屋敷内では重用される人物の一人だ。
とはいっても、彼は家事や屋敷の管理には一切タッチしていない。
普段私たちが見かけるときはこんな風にくつろぐ時だけ。
なのになぜか。私も良くは知らない。
彼が普段何を掃除するのかは、だれも見たことがない。
一つ言えるのは、彼が旦那様―つまりお嬢様のお父様と何かあったということ。
そしてその時に隣の彼もいたということだ。
「ゆながいいって言ってんだから、甘えときゃいいだろ?」
「君も今はお嬢様に仕える身だ。役職に相応しくもっときっちりとしたまえ!」
「めんどくせぇ…」
何かあった…ねぇ。
こうして見ると、二人ともただのお調子者の優男と堅物にしか見えない。
顔を付き合う度にギャンギャンと言い合うのもそろそろいい加減にして欲しい。
私はこのお屋敷に来て、そろそろ半年近くになる。
一応メイドして雇われている身だが、仕事らしい仕事はほとんどないと言っていい。
役職としてはお嬢様のおもり役と遊び役。いわゆるアニーだ。
お嬢様が出かける時について行ったり、軽く身の回りの世話をしたりということばかり。
あとはまぁ、色々とお嬢様の身に危険が及ばないよう見張ったりとか…かしら。
先日のお嬢様は可愛かった…
露出の高さに恥ずかしがりながらも一生懸命なとことか萌えだし…
一人くつくつと笑っている姿にはっと気が付くと、いつも通りのクールな自分に戻す。
「おい!まだいけるだろ!?」
「ぐっ…当然ですよ」
ふと見てみると、2人はいつの間にかショットグラスを次々と飲み干しあっていた。
いわゆるテキーラの飲み比べだ。
既に何杯めだろう。空いた瓶が1本傍に転がっていた。
隣にいた金髪メイドもいつの間にか他の同僚と一緒にカクテルを楽しんでいるようで、
ケラケラ笑いながらソファの一角を占領している。
「あ〜〜〜!!!くそ!!こんなちんたらするのめんどくせぇ!こうなったら白黒ハッキリさせてやる!抜けや…これの方が手っ取り早ぇ!」
「君が言い出したことでしょう。いいでしょう…今日こそきちんと教育してあげますよ」
2人はふらふらと立ち上がると、部屋の中心まで足をもつれさせながら進んでいく。
対峙し合っても二人とも足元がおぼつかない。
周りのメイドや執事たちの反応は様々で、いそいそと出ていく者もあれば、酒の肴に観覧状態で激を飛ばす者もいた。
「今日こそてめぇをつぶす…」
「今日こそ君を公正させる…」
お互いに得意の得物を取り出すと、じりじりと間合いを詰めていく。
私はホールをそっと抜け出した。
…もう知らん。
パタンと部屋の扉を締めると、部屋からドガーーンッという音がした。
これ・・誰が片付けるの?
「で、この有様と」
翌朝、扉の前で二人の大人が少女を前に正座していた。
どちらも身体中ボロボロで、顔は青あざと切り傷だらけになっていた。
扉の先は談話室のホールがあるが、入ることはない。
というか、入れない。
「あ〜あ、にゃん太郎が見たら卒倒するわよこれ」
少女はなかを見て苦い顔をした。眉を顰めた姿が愛らしい。
綺麗に並べられていたソファやテーブルはあちこちに散乱し、
本棚は倒れ、バースペースに並べられた酒瓶は半分近くが割れていた。
壁にはところどころ銃弾らしき穴があいており、窓のガラス片もあちこちに散らばっていた。
あとは何人かのメイドたちがソファで雑魚寝しているということくらい。
ちなみに昨日の金髪メイドもその中に混じっていた。
「もうこれで何回目?今日は特に酷いわね…」
少女はこめかみに指を当てると二人に呆れたと言わんばかりにため息をついた。
「くそっ…次は確実にやる」
「やってみなさい…できるものなら」
「んだと!」
この惨状になってもまだ二人はこりてないようだ。
「ケンカはやめなさい!とにかく、早いとこ部屋を戻して。でないとまた面倒なことになるわよ」
少女が他のメイドたちに指示を出すと、てきぱきと部屋の掃除が進んでいく。
2人もメイドたちと共にもたもたと片付けに勤しんでいた。
「あ~~、頭いてぇ」
「う・・」
二日酔いの朝にこの作業はつらいだろう。
「ほら!あなたたちもいつまでも寝てないで起きなさい」
少女はメイドに抱えられながら、メイドたちの寝る場所まで行くと、一人一人揺さぶりながらおこし始めた。
「ん・・あ、お嬢様~~~おはようございますわ」
金髪のメイドも揺さぶられてようやく起きた。
あれだけの騒ぎの中でも特に問題なく寝られたらしい。
「おはよう・・。あなたがこんなとこで酔いつぶれるなんて珍しいわね。早く顔洗ってきなさい」
「え~~~~、もう少し寝ていたいですわ・・」
「ダメよ!ほら引っ張てあげるからきなさい」
少女は別のメイドに抱えられながら、金髪のメイドの手を引いていくという妙な姿のまま洗面所の方まで誘っていった。
結局、作業が終わったのは昼をまわった頃だった。
あとで事情をきいたにゃん太郎が火が出るほど憤慨していたのは言うまでもない。
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