SPを務める執事の話。


男は闇の中に生きていた。

薄暗い部屋、人通りのない路地裏、ナイフ、銃、

眠れない日々、味気ない食事

そしてこときれた・・ヒト。

これこそが彼にとってのいつもの風景だった。

それは彼にとって何も珍しいことではなく、むしろ自分以外の者の日常こそ自分にとっては異質に思えた。

彼はその日々に、特に大きな不満はなかった。

一応は死なず、大きな痛みも苦しみもない穏やかな精神でいられた。

ただ弱肉強食の世界で当たり前のことをし、当たり前に生きている。

何に不満を感じるだろうか。

だから、彼は今日もいつものように、

自分が生きる糧を得るために標的を狙った。


「あんたが・・ヴィアレットの総帥だな?」

男は多くのSP達に守られた一人の人物に狙いを定めた。

そう。いつものように。



気が付けば彼は地面に膝をつき、虚ろな目で一点を見つめている。

弾の尽きた銃、折れた刃、服に染みわたっていく血、

痛みが彼の身体を駆け抜けていく。

とはいっても彼はそこまで痛みに恐怖するわけでもない。

ただ限界を超えた痛みに彼の身体はうまく反応しない。

負荷のかかり過ぎた機械がうまく動かなくなるように。

男は特に不満はなかった。

あぁ・・ついに自分は終わるのだと・・

そう冷静に自分を見つめていた。


狙いを定めていた標的の人物が、彼に話しかけた。

「今度、私には娘が一人できるんだ・・君、護れるか?」

その人物は男の目をまっすぐに見つめて言った。

「・・・」

男は何も答えず、ただその場にうずくまるだけだった。

意識が遠のいていく。

まるで蜃気楼の靄の中にいるように。



・・・・・・なさい!

遠くから声が聞こえる。

・・・・きなさい!

誰だろう?


男ははっと目を覚ました。

赤と青の宝石のような瞳が自分をにらみつけていた。


「またずっと起きてたの!?ちゃんと食べてちゃんとねなさいって何度言えばわかるの!?」

ソファに腰かけた自分と同じ背丈しかない少女が腰に手を当てがみがみと怒っていた。

その口調はまるで口うるさい母親のようだが、いまいち迫力がない。

男はぐるっと辺りを見回した。いつもの見慣れた風景がそこにはあった。


「?どうしたの?」

少女は男の様子をいぶかしげに見つめた。

やや俯きながら。

この顔はわかる・・自分が言い過ぎたのではないかと不安になってる顔だ・・。

男はニヤッと不敵に笑った。

そして

「ヤダ!」

と一言だけ言ってソファからさっさと離れてしまった。

「んもーーーーー!!」

少女は男の背中に憤慨しながら一人地団駄を踏んでいた。


「~~♪♫」

男は悠々と廊下を歩いた。

明るく清潔な部屋、多くの同僚の通る廊下、ナイフ、銃、

まどろむ日々、味の良い料理、

そして人形の身体を持つ少女。

これこそが彼にとっていつもの風景だった。

「・・うっしゃ!」


男は闇の中で生きていた。

輝く光の裏にできる影の中に。

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