はじめてのハロウィン

10月31日。

世間ではハロウィンの日だ。


ジャックオーランタンをかたどったケーキやお菓子などがお店に並び、たまに魔女やゴーストのコスプレをした女の子を見かけたりして華やかに街が彩られていて、少し歩くだけでも楽しげな雰囲気に満ちている。

「そういえばお嬢様ご存知ですか?ハロウィンとは・・」

それに引き換え私は、メイドのこの一言で大恥をかくところにあった。


私の自室は、屋敷の3階にある。

高級ホテルのように綺麗に整理された部屋に、大きな天蓋付きのベットが一つ。

大きな姿見のついた化粧台には、ケアに必要な道具が所狭しと並べられている。いつも友人と会うときにはここでチェックを欠かさない。

あとはpcとモニターを置いた机に、本棚、そしてクローゼット。

窓を開ければお茶を楽しめる程度の小洒落たバルコニーもある。といっても、最近は少し肌寒いのでめったにここでは飲まない。


深夜も12時を過ぎようとしている。

私がこんな時間になってもベットに入らないのは珍しい。基本的に私は夜に弱い方だからだ。眠たくて仕方ない。

そんな私の部屋には客人が一人。


「ねぇ・・やっぱりこれちょっと短くない?」

メイドが用意してくれた衣装に着替えたはいいものの、あちこちと肌が見えていて落ち着かない。

「なにをおっしゃいますお嬢様。ハロウィンなんですからそれくらいの露出は児戯みたいなものです。あ、それともやっぱり自信がおありでな・・」

「そんなことないわ」

「ですよね~~~~」

即答する私に、メイドは腰に手を当てながらまるでチェシャ猫のようなにやにや顔をしてくる。

さっきからこの口車に私は乗りっぱなしだ。


10月30日。

私が生まれて、実に2回目のハロウィンが巡ってきていた。

まだ去年のこの時期は外界への知識がほとんどなく、もちろんハロウィンというイベントさえ知るよしもなかった。

だが、今はずいぶん知識も交流も増え、私の好奇心は多くのモノに向くようになっていた。

「ねぇ、ハロウィンとはどういうものなのかしら」

私は朝食の際、ふとそばに仕えていたメイドに尋ねてみた。

「ハロウィンですか?そうですね~、おばけや魔女の仮装をしたり、ケーキやお菓子を食べたり、とても楽しいイベントですよ。そういえば明日ですね~」

仮装してお菓子を食べる・・クリスマスみたいな感じかな?

メイドは給仕の手を休めずに自分がハロウィンで楽しんだ思い出を色々と話してくれた。


夜になり、私は寝巻に着がえてベッドでゴロゴロとのんびりしていた。

(明日はハロウィンだし、メイドたちとカフェでも行こうかしら)

メイドがいうには、ハロウィン当日にしか出ない特別メニューがあるらしい。

あまり街で外食をする機会がないぶん、私はわくわくとした気持ちでハロウィンを想像していた。

―――コンコン

ふいにドアがノックされる音が聞こえた。

こんな時間に誰かが訪ねてくるのは珍しかったが、私はノックに応えて入室を促した。

「失礼いたします」

まるでロックバンドにいそうな服を着たポニーテールの女性が一人入ってきた。

手元にはやや大きめのボストンバックを抱えている。

「あら、珍しいわね。どうしたの?」

はた目から見ると、まるでこれからバンドの演奏でもしそうなロックガールだが、彼女もれっきとした私のメイドの一人だ。


ほどけば踵まで届くほどの長い銀髪に、身長178㎝の長身。

切れ長の目にこざっぱりとした綺麗な顔立ちをしていて美人型だが、少し冷淡な雰囲気もあって近づきがたい感じもする。実際、一般のメイドたちは彼女とそこまで親しくはないらしい。というか、一般の業務に対しての関心が薄いというか情熱がない。私と話すとき以外は妙にけだるげな雰囲気を纏っている。

「はい、お嬢様。今朝お食事の際ハロウィンのお話をされていたのでぜひこれをと思いまして」

彼女は私と身長差を合わせるようにかがむと、バックの中から何着もの衣装を取り出した。

右耳のカプセル剤をかたどったピアスが、彼女のダウナーな雰囲気とあいまって怪しげに目立っていた。


「ご存知ですかお嬢様。ハロウィンというのは・・・」

たぶん、あの時の私は文字通り人形のように血の気が引いた表情をしていたと思う。

彼女が言うには、ハロウィンの夜には悪霊が街を徘徊し、自分たちと同じ格好をしていない者に憑りついてしまう。

だから、それを防ぐため悪霊と同じ格好をし、お供え物のお菓子を要求することで憑りつかれるのを防ぐことができるというのだ。(しかも、彼女のいやに迫真のかかった演技に何度もびっくりさせられた)

「ど、どうすればいいの?」

「もちろん仮装してお菓子を集めるのです!さぁお嬢様!着替えてください!」

すっかり彼女の話におびえてしまった私は、彼女の差し出す衣装をかたっぱしに着替えた。

なかには、いつものドレスみたいな服から、派手なロック調なものまであったが、全体的に露出が多いものばかりだった。

ちなみに今着ている服は、いわゆるナース服。

だけど全体的にボロボロで、おそらくゾンビナースなんだろう。ナースキャップには血のりが付いていて少しおしゃれだなとは思った。付属品でメスも用意されている。

「な、なんでこんなに露出がおおいの・・」

さすがにこんな格好で家を訪問するのは恥ずかしい。

「え?ふだんお嬢様はご自分をナイスバディ―と自負されているではないですか。それともあれは嘘・・」

「そんなことないわ!」

「ですよね~~」

いやでもだからって露出の多い服に着替える意味ってある?いや確かに私はだれもが認めるナイスバディーだし、どんな服でも似合うわ。身長は130㎝を少し超える程度だけど、くびれもあって滑らかな曲線は芸術にも等しいと思う・・。でもだからってこんな短いのって・・。こんなのし、下着見えちゃうじゃ・・・・。


「お嬢様!もう時間がありません!このままでは悪霊たちが徘徊し、私たちの屋敷までもやってきてしまいます」

「え・・で、でもせめてもうちょっと違う服を・・」

「それで大丈夫です!それとも、お嬢様は魂をとられることよりもご自分の羞恥心をとられるのですか」

「・・・・わ、分かったわ・・・」

いつものけだるげな雰囲気は一切感じさせない彼女の気迫に押され、結局ナースの格好のまま各家をまわることとなった。


私たちは玄関まで行くと、最後に段取りを確認しあった。

「それではお嬢様。さっき教えた通りに・・」

「わ、分かってるわ」

まず、ランタンなどの明りとお菓子を入れるためのバスケットを持って、各家をまわる。

各家では、住人がお菓子を持って待っているので、そこに訪問する。

そして、

「Trick or Treat!だったわね」

私はメイドを見上げてかごを差し出してみた。

「・・グフッ!!」

なぜかメイドが吐血してその場にひざまずいてしまった。

プルプルと身体も小刻みに震えている。

「だ、大丈夫?」

「・・問題ありません。少し持病のしゃくが・・」

大丈夫なのそれ?

本人はすくっと立ち上がると、いつも通りクールな表情に戻った。

とりあえず問題なさそうなので、私は覚悟を決めて外に出る決意をした。


「それじゃ、行きましょう」

「はい!お嬢様!」

メイドは意気揚々とガッツポーズを作ったあと、ドアノブに手をかけた。

「お嬢様!なんですかその恰好は!はしたないですぞ!」

後ろから屋敷中に響くほどの通る声がした。

振り向くと、案の定にゃん太郎が仁王立ちの状態でいた。

後ろで小さく

『・・・・あ、やべ』

とつぶやく声がした。

「だって今日はハロウィンでしょ?」

「え?ええ、そうですね。毎年この日はハロウィンとなっておりますね」

にゃん太郎は小さな頭の上に疑問符を浮かべながら、困惑した表情を浮かべていた。

「ハロウィンだから、仮装をしていないと悪霊がくるのでしょう?にゃん太郎も早く着替えたほうがいいわよ。私は今からお菓子を貰いに行ってくるわ」

「は、はぁ?」

にゃん太郎はますます分からないといった感じに手を口元に寄せ、顔をかしげてくる。

私はメイドから教えて貰ったハロウィンとはどういうものかを説明した。


にゃん太郎は、はぁとため息をつくと滔々と説明しだした。

「お嬢様。ハロウィンでは仮装は確かに行いますが、それはあくまでお祭りのようなものですし第一、お菓子を貰いに各家を回るのは子どもたちです」

「・・・・子ども?」

「ええ。幼稚園くらいの年端もいかないくらいの」

「え、じゃあ悪霊は・・」

「それも大昔の人の考えていたことです。人さらいや病気を避けるようにお祭りとして行うようになったのでしょう・・お嬢様?」

・・・・ゴゴゴゴゴゴ

にゃん太郎が言うには、まるで噴火する寸前のマグマが勢いよく上ってくるようだったらしい。

私はそろ~っとドアから逃げようとしていたメイドの裾をつかんだ。

「ちょっと待ちなさい・・」

彼女のクールな横顔は満月の夜でもわかるくらい真っ青になっていた。


10月31日。

私は数名のメイドたちと共に街のカフェに入ると、カボチャのケーキを食べながらそれぞれに仮装を楽しむ人々を眺めていた。

「見てるだけでも楽しいわねぇ。また来年も来たいのだわ」

私はいつものドレスとうってかわって、ドレス調のシャツに紫のスカート。足元はブーツといったロックガールのような衣装に身をつつんでいた。

最近ロック音楽が好きなので衣装係に作らせた服だった。

「は、はい。そうですねお嬢様・・」

そばにはビリビリに破れたナース服を着たメイドがどことなく所在無げに仕えていた。

街の煌々と輝く黄色い明りに銀色の髪が照らされている。

真っ赤になった右耳には、カプセル剤を模したピアスが小さく光っていた。

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