はじめての夏
青く澄んだ夏空。
ゆっくりと流れる大きな雲。
海岸線にまだらに続く白い砂浜。
活躍できる季節がきてご機嫌のよい太陽から降り注ぐ光が、水平線から美しくグラデーションを描く広い海にキラキラと反射している。
普段はうんざりとするであろうギラギラとした太陽光も、真っ青に広がる大海のもとにあれば不思議と夏らしい雰囲気が出て意外と良い。
ふとした思い付きで来てみたけど、思っていたよりも美しい風景に満足感を覚えた。
「お嬢様。初めての海―いかがですか?」
飲み物の乗ったトレーをそばに置きながら、メイドの一人が覗き込むようにして尋ねてきた。
緑色の髪が風にたなびいている。
「んー・・そうね。少しまぶしいけど、広くて涼しくて綺麗なのだわ」
私は少し考えてから、思ったままの感想を伝えてみた。
もっと良い表現があったかなとは思った。
だけど、目の前に広がる美しい青をうまく表現する言葉が見当たらない。
ちょっともどかしくも思ったけど、メイドは私の返答に安心したような顔をすると、いそいそと自分の作業に戻っていく。
隣についてくれているメイドもニコニコと満足そうだった。
基本的に私から自発的にあの屋敷を出ることは少ない。
ほとんどがお仕事や勉強といったモノで、メイドや執事たちの決めたスケジュール通りに生活をしている。
週に2~3回程度お友達をよんでお話したり遊んだりする時間があっても、一緒に暮らすメイドや執事たちにしてみれば、まだまだ私は外の世界を知らない赤ちゃんのようなもの。
本やネットだけでは知れないこの広い広い世界をもっと知ってもらいたいと思っているのだと思う。
とはいえ、毎回いざ外に出るときはまるで引っ越しでもするかのようで、私としては非常に気を使うというかなんというか。
昨日も、ほんの気まぐれに、
「明日は海に行ってみたいのだわ」
とちょっと言っただけで、車の手配や付き添う担当決め、水着の準備やビーチの場所の選別など大騒ぎになってしまった。
(特に付き添い役は誰が行くかでモメて、結局決まったのは朝だった)
今も、数人のメイドたちがそば近くに控え、私の世話をするためかいがいしく動き回っている。
まるで、私が普段わがままを言って困らせているように聞こえるけど、正直みんなが過保護なのだと思う。
・・絶対そうなのだわ。
だけど、メイドたちも海に来るのは久しぶりみたいで、働く手は忙しそうながらもキャイキャイとおしゃべりをしながら楽しそうにしている。
私も友だちと遊ぶときはあのような感じなのだと思う。
ふと先日友だちを家に招いた時のことを思い出し、口元に笑みがこぼれた。
突発的な旅行になってしまって少し遠慮した気持ちもあったけど、彼女たちにとっても楽しいものになっているようで安心した。
命あるドールとして生きる私にも、人間のようにできることとできないことがある。
別に海に入っても身体のなかの内部機構が壊れるとかそんなことはない。
私の身体はそこまでやわじゃない・・はず。
ふだんお風呂にも入るし、少しくらいなら雨に濡れても大したことはない。
でも、海に入ったあとの手入れの手順などをメイドたちから聞かされた時はさすがに億劫に思ってしまった。
自分の身体のことを詳しく語るのははばかれるけど、色んな部分を外して洗ったり、乾いた塩がふいてしまったら精密な手入れが必要になったりと、とにかく面倒。
というわけで、私は泳げばどこまでも続くような海を目の前にして、持ってきた本を読んだり、ぼんやりと景色を見て過ごしている。
一応来てすぐに、青い髪のメイドが
「お嬢様の身体は私が責任を持ってお手入れします!」
「どうぞ存分に泳いでください!」
と言ってくれたが(凄く良い笑顔で)、ケアが面倒だからと断るとなぜか落ち込んでしまって、今はのろのろと荷物の整理なんかをしている。
いつもパタパタと動いている羽もしょんぼりと元気なくしおれていたが、その様子がちょっと可愛かった。
正直、なんだかもったいないことをしている気もしなくもないけど、静かにより返す波の音や少しべたつく涼やかな潮風が心地よく、これはこれで贅沢な時間を過ごしていると思う。
本から意識を話すと、ちらっと自分の身体を見下ろしてみる。
正直、私の身体は色々となんというか・・・スマートだ。
今着ている水着はメイドの一人が選んでくれた。
紫を基調に、コサージュのついたビキニに、紗のように薄い上着、大きなリボンのついた白い帽子、首元にはチョーカーと非常な気合の入れようだった。
いつもは流すかツインテールにしている髪型も大きく三つ編みにして肩から流している。
普段露出の少ない服を着ている分、肌をさらすことには抵抗があったけど、
こうしてみるとなかなかに似合っていると自画自賛してみる。
とても可愛らしくてセンスが良い。
衣装係を務める彼女の選ぶ服はどれもこれも可愛らしくて、とても気に入っている。
ちなみに着替える時にはメイドたちが手伝ってくれた。
ただ、何着か試すたびに
「とてもお似合いですわ!!」
「お嬢様最高!!!」
と興奮していてちょっと怖かった。
(私の見た目って魅力あるのかしら・・)
隣に付いてくれているメイドを見てみる。
均整のとれたスレンダーな体型に、ゆるくウェーブのかかったハニーゴールドの髪。ウェディという海の民特有の青い肌が白い砂浜に美しく彩られている。
遠くを見つめる横顔がとても愛らしい。
性格は明るく快活で、見た目も相まってギャルっぽい雰囲気もある。けど、その仕事ぶりはとてもきめ細かくかいがいしい。
容姿も性格もとても魅力的でメイドや執事たちからの人気も高い。
正直、少し羨ましい。
(ウェディは恋多き民らしいけど、彼女もそうなのかしら?)
視線に気が付いたのか、彼女もこちらを顔を向けた。
30cmもない距離で見つめあう形になってしまう。
少し不思議そうに微笑む。ちょっと傾げた首が愛らしい。
じっと見つめていたのが恥ずかしくなって、ごまかし半分に海に視線を戻した。
「お嬢様~!」
パラソルの向こうで作業をしていたメイドが呼んでいる。
私の水着を選んでくれた黒髪ショートのメイドだ。
「お嬢様~!こちらを向いてくださ~い」
カメラを片手にひらひらと手を振っていた。
「ほらほら、お嬢様。ピースですわ~」
さっきまで隣で並んで座っていたメイドも、いそいそと撮影の位置まで移動すると両手にピースを作って促していた。
私は読んでいた本を置くと、小さくピースを作ってみた。
風が小さくひゅうとふいた。
とっさに帽子が飛ばないよう手で押さえる。
ーーーーカシャッ!
日々積み重なる日常に、
大切な思い出が1つ増えた。
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