2019年

誕生

人形の歴史とは驚くほど長い。

人が人として活動し始めたその時から、人形は人とともにあり続けてきた。

時に友として、時には犠牲として。

人形は自らの声を閉じ、人からの感情をただ一身に受ける存在だった。

それが自らの声を持ち、人への感情を自由に持てるなら、それは人形といえるのかしら。

それとも・・・。


「ご主人さま。準備万端整いましてございます」

「ん~」

数人のメイド服に身を包んだ女性たちが、一人の少女に恭しく仕えている。

少女はぴょこんっと狐耳を立て、なんとも気の抜けた返事をした。


メイドたちが控える大きなソファにはまた別の少女が一人座っている。

その目はどこに向けられるでもなく、虚ろというか生気を感じさせない。

身体全体も、ソファに身を預けるというより硬直したまま置かれているかのようだ。

まさに置物といった方がしっくりくるだろう。


「まさかこんな形で妹ができるなんてね~」

「あまりにも突然だから驚くっていうか、びびったよな」

狐耳の少女のそばの2人がソファにいる少女をみながら軽口を叩いていた。

若者らしいTシャツにパーカーと実にラフな格好だった。


対して、狐耳の少女は巫女服。

はた目から見れば、いったい何の集団だろうと思ったに違いない。

「いいじゃん、家族が多いのはいいことだぞ~」

狐耳の少女はうきうきとしながらソファの少女の髪を撫でていた。


ソファに座っている少女は人形だった。

赤と青のオッドアイに、左ほおに月と星のペイント。緑がかった美しくのびた髪には小さな三つ編み。

両眼の色が溶け合うように、服は紫色を基調としたシンプルなものだ。

肌もきめ細かく、一見すると人間の少女そのものだった。

だが、服に隠されていない手や首元をみれば、球体関節人形の丸みを帯びた関節部位が見えていて、少女がまぎれもなく人形であることを示している。


「それにしてオッドアイに三つ編みなんてずいぶんフェチだね~趣味全開じゃん」

「俺はめっちゃ好きだけどな~」

2人は人形をあちこちと眺めたり、握手をしてみたりと興味津々なようだった。

とはいえ、当然だが人形が彼らに反応を返すことはなかった。


「ほら、もうはじめるからそろそろ離れて!」

狐耳の少女がそういうと、2人は詮索をやめてやや距離をとる。

そばに仕えるメイドや執事たちも、少し緊張した面持ちで狐耳の少女の動向を見守っている。


「じゃあいくよ~」

狐耳の少女は人形の手をとるとボソボソと耳元に話しかけた。

ほんのしばらくの間、静寂が訪れた。

が、変化はすぐにやってきた。


―――ピクッ

まつげが風にふかれたように動いた。

瞳には生気がみるみると宿り、うるうると水が満ちていく。

陶器のように白い肌もどこか赤みがかってきたように見える。

狐耳の少女が手を軽く握った。

人形が・・いや人形だった少女がそれに答えるようにゆっくりと握り返す。


「ん・・・」

ソファに座った少女は眠りからさめた子供のように、かすかに声を発すると2度3度瞬きをして、自分を見つめる存在を見つめ返した。

窓から差し込む太陽の光が、その美しいオッドアイをキラキラと照らしている。


「「おはようゆなちゃん」」

少女の人形はこの時から、人形の少女へと変わった。

9月22日。

まだ昼食には早い時間の出来事だった。

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