第10話 轆轤の井戸 終章

 *


 清美の実家に着いたときには夕方になっていた。みんな疲れはてていたこともあり、その夜はそこで一泊することになった。


 だが、夜になって、とつぜんの来訪者があった。


 最初、トントンと戸を叩く者があるので、玄関口まで出てみたが誰もいなかった。気のせいかと思っていると、すぐにまたトントンと音がする。


「なんだろうな? この家、まだ何か憑いてるのかな?」

「龍郎さん。失礼なこと言わないでくださいよ。うちはお化け屋敷じゃありません」と、清美。


 いや、わりとお化け屋敷なんだけど……と思うが、反論はしない。


 再度、引き戸をあけると、今度は人が立っていた。この山奥の廃墟まがいの古民家で見るにはふさわしくない姿。プラチナブロンドの巻き毛に、ブルーグリーンの瞳。

 白薔薇のような美貌は、リエルだ。

 リエルは龍郎を見ると、嬉しげに笑う。


「おひさしぶりですね。お元気そうで何よりです。龍郎さん」

「ああ。どうも」


 やけに熱心に握手をせがまれる。

 それを見て、青蘭が囲炉裏のある居間から、すごい勢いで土間へ駆けおりてきた。


「龍郎さんは僕のものだ。僕の許可なくさわるな」

「おやおや。最低の束縛妻だな。男に鬱陶しがられるぞ」

「はあ? 人の男にちょっかい出す泥棒猫が」


 フランス人形みたいな美青年二人に挟まれて、罵倒の応酬が始まった。

 龍郎は困りはてて、オロオロする。

 なんでここ最近、男にばっかりモテるのだろう?


「あの……すいません。何かご用ですか? ソフィエレンヌさん」

「もちろんですよ」と、龍郎に答えるときは、やっぱり極上の笑みを見せる。


 くすくす笑いながら、自分たちの組織のリーダーをとりなしたのは、フレデリック神父だ。


「ともかく、座って話そうではありませんか?」

「そうだな」


 囲炉裏をかこんで、あらためて話を切りだす。


「それで、ご用件は?」

「ああ。じつはだな。こいつの祖父が生きているという噂がある」と、リエルは青蘭を指さしながら言った。


「誰がこいつだって?」

「まあまあ、青蘭。話が進まないから」

「龍郎さんは、こいつの味方なの?」

「ま、まさか。青蘭のことが一番好きだよ」

「うん。わかった」


 青蘭が納得したところで話を続ける。


「その噂はおれたちも以前、聞いたことがあります。でも、それは青蘭のなかにいるアンドロマリウスのせいだと考えていたんですが?」


 まったく穢らわしい悪魔憑きめ、と言わんばかりの目で青蘭を流し見て、また二人はバチバチと火花を散らしている。いったい、いつから、こんなに、そりがあわなくなったのだろう。最初はこんなじゃなかったはずなのに。


 リエルはこんなことを告げた。

「姿を見たという者がいる。毎年、夏になるとベルサイユ宮殿でひらかれる舞踏会にやってくるという」


「ベルサイユ?」

「舞踏会?」

「わあっ、貴族BLいいですねぇ」


 龍郎、青蘭、清美の声がそろった。

 やや一名、趣味が丸出しだったが。


「今どき、舞踏会ですか?」

「ああ、ただのイベントですよ。ほんとの貴族が集まるわけじゃありません。そこに青蘭の祖父が来るというのなら、それはアンドロマリウス自身ということじゃありませんか? 龍郎さん。あなたがたでさぐってみませんか?」


「そうですね。アンドロマリウスは自分の肉体を失ったようだから、本人である確率は低いと思うが、もしも影武者だとしても、何か聞きだせるかもしれない」


 アンドロマリウスの計画について、だ。


「わかりました。行きましょう」


 次は、フランス。

 ベルサイユ宮殿——

 そこで謎の一端が明らかになるかもしれない。





 第六部 完

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