第7話 首狩り その三

 *


 蔵のなかに、青蘭はいない。

 龍郎は光司を問いつめた。


「ここの鍵、ほんとにずっと、かかってたんですか? 誰かが使ったとか」

「さあ、それはわからないよ。鍵の置き場なんて、家族はみんな知ってるし、うちに出入りする人も何人かは——」

「それって、鷲尾さんも使えるんですか?」

「あ? ああ」


 龍郎は確信した。

 首茶碗を作っているのは鷲尾だ。

 そういえば夜中に出歩いて土を採取するとか言っていたが、それなら明るい昼間のほうが便利なはずだ。闇にまぎれて出歩いていたのは、そのほうが人目につかないからだ。他人に見られては困るようなことをしに行くための用心なのだ。


(たぶん、死体を掘りおこすとか、そんなことのために……)


 その男が青蘭をつれ去った。

 目的は一つしかない。


「鷲尾さんの自宅はどこですか? アトリエじゃなく」

「えっ? それなら、裏庭の離れだけど」

「案内してください」


 光司をせきたてて、鷲尾の住居へ急ぐ。

 一見しただけではわからないはずだ。

 母屋から、かなりの距離を置いている上、まわりを松の木に囲まれて、裏庭のすみっこに、ぽつりと建っている。物置を改築したような小さな離れだ。

 窓から電球のような黄色い明かりが、かすかに洩れていた。

 鷲尾は、なかにいる。


 玄関は引き戸だ。ねじこみ式の鍵がかかっている。ひきあけようとするが動かない。


「鷲尾さん! いるんでしょ? あけてください。鷲尾さん!——青蘭! 青蘭、いるのかッ?」


 すると、なかから悲鳴が聞こえてきた。青蘭だ。


 龍郎は体あたりで引き戸をやぶった。

 危機一髪だ。

 薄暗い部屋の中央で、縛られた青蘭の上に牛刀が迫っている。


「やめろォーッ!」


 夢中でとびこむ。

 いつのまにか龍郎は右手に刀をにぎっていた。無意識にその太刀で切りこんだ。牛刀を持つ手にサクッと食いこむ。肉を切るような感触ではなかった。まるで寒天だ。切断されると同時に、その手は青い火花を発し、燃えあがった。


 もはや、人ではないからだ。

 鷲尾は完全に悪魔化している。

 龍郎は遠慮なく、二撃めを鷲尾の胴体に叩きこんだ。

 またたくまに鷲尾の全身は炎に包まれた。紙のように、あっけなく燃えつきる。


「青蘭……」

「龍郎さん!」


 青蘭は無事だった。

 アンドロマリウスも使役しなかったようだ。

 龍郎はホッとして、青蘭と抱きあった。


「よかった。青蘭。君が無事で、ほんとによかった」

「僕、龍郎さんがきっと来てくれるって信じてた」


 信頼を裏切らずにすんだ。

 それだけで神に感謝する。


 それにしても、おぞましい部屋だ。

 食器棚、大型の飾り棚、そのすべてに首茶碗が飾ってある。室内のほぼ全面に数えきれないほどの首が並び、無念げに、うめき声を発していた。


「本人を退魔しただけじゃ魂は解放されないのか」

「さっき、割ったら茶碗から出てきて消えたよ」

「じゃあ、青蘭。全部、やっちゃおうか」

「うん。おもしろそう」


 そのあと、十分ばかり破壊の嵐が吹きあれた。棚を埋めつくしていた茶碗はすべて床に落ち、粉々にくだけちる。


 男、女、子どもから年寄りまで。

 うなりながら無気力な目を虚空になげていた首たちが、いくつもの星になって消えていく。


「この村で起こる年齢や性別を特定しない神隠しの原因は、これだったんだ。犯人は鷲尾さんだった」


 これで三つの神隠しのうち二つまでが解決した。あとは落武者たちだけだ。


「この魂も解放してやろう」と、神父が桐の箱をさしだした。


「そうですね」


 龍郎はふたをあけ、なかに収まった茶碗をとりだした。

 六郎——いや、六花の首だ。

 少年の目がひらいた。

 まっすぐに龍郎を見つめている。

 おそらく、感じるのだろう。

 ようやく自由になれるのだと。


「さあ、行っていいよ」


 龍郎が茶碗を床に落とすと、少年の首は、まるでつながれていた糸が切れたかのように、高く高く、飛びたった。


「どこへ行くんだろう?」

「自分の体のもとへ帰るんじゃない?」


 龍郎たちは急いで、流星のように飛ぶ六花の魂のあとを追った。やはり、南の河原に向かっている。草はらでじっと立ちつくす落武者と六花の胴体が見えた。青い水脈みおのような光の筋をひき、自分の体のもとへ帰った六花は、そのまま、笑みをたたえて薄れていった。落武者たちも満足したように、その姿がにじんでいく。


「やっと、成仏したんだ」

「そうだね」


 これでもう、誰もこの村で神隠しにあうことはない。




 *


 翌日。

 龍郎たちは六路村をあとにすることにした。穂村が清美の実家へ行きたいと強く主張するからだ。事件も解決したようだし、問題はないだろう。


「昨日のことは……ほんとに、ごめんなさい」


 頭をさげる千雪のことなど、青蘭は眼中になかった。なんとなく落ちつかないようすで、まわりをキョロキョロしている。

 かわりに、龍郎がとりなしておいた。


「いいんです。誰だって魔がさすときはあります。それより、鷲尾さんの作品を全部、割っちゃったから、稲葉さんが怒ってるんじゃないかな?」

「いえ。光司さんがお父さんに、うまく説明したみたいです」


 光司は昨日、鷲尾がとつぜん発火して消滅していくさまをまのあたりにしている。鷲尾は悪魔に変容していたんだという龍郎の言葉を、すっかり鵜呑みにしていた。悪魔憑きに祟られるとやっかいだぞと、少し脅しておいたから、うるさくは言ってこないだろう。


「じゃあ、わたし、ちょっとガマちゃんにサヨナラ言ってきてもいいですか? ここまで来ることって、あんまりないだろうし」


 そう言って、清美は走っていったが、まもなく帰ってきた。


「残念。会えませんでした。この前、龍郎さんや青蘭さんが追っかけてきたから、警戒しちゃったんですかねぇ?」

「清美。もう蝦蟇なんていいから、さっさと行くよ」と、青蘭。

「えっ? もう行くんですか? じゃあね、千雪ちゃん。また会おうね」


 騒々しい清美を神父の車に押しこんで、六路村を出発した。


「あっ、龍郎さん。羊雲」

「ほんとだ。霊が出ないと桃源郷だね」

「僕は、僕らのおうちのほうが好き」

「…………」


 くねくねとまがる山道に軽自動車を走らせながら、自宅でぬいぐるみを抱きしめてバタ足する青蘭を妄想した。




 了

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