第7話 首狩り その二
さっきから聞こえていた、シャッ、シャッという音がなんだったのか、今さらながら青蘭は気づいた。
刃を研いでいたのだ。
ふつうの包丁より倍の長さがありそうな、とてつもなく長大な包丁。
あれなら、さぞかし肉の切れ味もいいだろう。
なぜ、そんなものをにぎっているのだろう? 今、このときに、わざわざ研いで?
そんなことは考えなくてもわかる。
今ここで、あれを青蘭にふるうつもりなのだ。
あの脇差くらいはありそうな包丁で、青蘭の首を切り落とすつもりなのだろう。
青蘭の思考を読みとったように、鷲尾は笑いながら歩みよってくる。片手に牛刀をにぎったまま、片手を青蘭の後頭部にまわしてきた。
青蘭は抵抗しようとしたが、鷲尾はまだ、いきなり刃物をふりおろしてはこなかった。ただ、さるぐつわの結びめをほどいただけだ。
「……やっぱり、綺麗だ。とても美しい。こんなに整った首は初めて見る」
「あんたがあの茶碗を作ったんだね? 六郎の首を茶碗に封じこめた」
鷲尾はひじょうに驚いた顔をしたあと、歓喜した。
「君も見えるのか? そうか。これまで、おれのほんとの理解者は五木さんだけだった。あの人だけが、おれの芸術を目視することができた」
「誰、それ?」
「竹林に引っ越してきた老人だよ」
「ああ」
つまり、あの老人も霊感を持っていて、“見る”ことができるわけだ。
「どおりで、こんな薄汚い茶碗にえらく傾倒してると思った。生首を集めるのが趣味の歪んだ性向の持ちぬしか」
言うと、鷲尾の表情から喜色が消えた。悲しげな瞳で青蘭を見つめる。
「君もか。なんで、みんな、おれの芸術を解さないんだろうな。いいかい? 人間は必ず死ぬと腐るんだ。どんなに美人でも、みんな醜く朽ちて蛆の餌になるんだよ。でも、こうして陶器のなかに保存しておけば、永遠に生きていたときのままの美を保てる。これがどれほど革命的で素晴らしいことか、君にはわからないのか?」
「わからない」
鷲尾は大げさにため息をついた。
「まあいいさ。凡人にはどうせ理解されないんだ。君ほどの美貌なら、このまったく新しい芸術に賛同してくれるだろうと思ったが、理解はされなくても首は利用できる。おれに感謝してくれ。君のその美を後世のすべての人のために遺しておけるんだからな」
青蘭は罵倒してやろうと思ったが、気が変わった。いざとなればアンドロマリウスを呼べばいいとは言え、なるべく魔王を使うなと龍郎に言われている。時間かせぎが必要だ。
「教えてくれないかな? その芸術とやらを。あんたはどうやって、人間の首を茶碗になんてできるんだ?」
「興味がわいてきたのかい?」
「うん。ちょっとね」
鷲尾のおもてに、また恍惚とした表情が浮かびあがる。ヨダレでもたらしそうなようすだ。
青蘭は気づいた。
この男が悪魔に取り憑かれていることは間違いない。その悪魔がなんなのか。
鷲尾は自分の天才に絶対的な自信を持ち、ナルシシズムに酔っている。
(褒めちぎってやればいいのか。なんとかして、龍郎さんが僕を見つけてくれるまで、こいつの機嫌をとらないと)
鷲尾は嬉しげな顔で、青蘭の双眸をのぞきこんでくる。その手にはあいかわらず牛刀がにぎられ、いつ、それをふりおろしてくるかわからない。血走って真っ赤になった目は見るからに常軌を逸している。
「人間の造形ってのは美しいね。多少のフォルムの崩れがあったって、自然にできたラインの流れは人工的に再現できない。まさに神業だ。でも、それらは死ぬと消えてなくなる。惜しいと最初に思ったのは、六花くんのときだった。あの子はほんとに綺麗な少年だった。なのに、神社につれていって落武者の霊に捧げるっていうじゃないか。じっさいにどうなるのかわからなかったが、祟り殺されてしまうんだろうと思ったよ。だから……」
ニンマリと鷲尾は目元を細める。
青蘭は内心、ツバを吐いてやりたかったが、我慢した。
「だから、六花を神社からつれだして、殺したんだ」
「そう。その日のために墓をあばいて、首の保存のしかたを研究していたからね。うまくいくとは思っていた」
「それで、この村には首だけの亡霊がたくさん飛びまわってるんだ。いったい、何人の死体を使ったの?」
「さあ? そんなことまで覚えてないよ。全部、習作だから。陶吉の茶碗を見たときに自分もやってみたいと思ったけど、最初はうまくいかなくてね。なにしろ、なんの文献も残ってないから。大変だったよ」
鷲尾はウットリしながらつぶやく。
鷲尾の言う芸術性とは異なるところで、いろいろと気になってしょうがない。
(陶吉の茶碗を見て? ってことは、やっぱり、陶吉もそんな茶碗を作ってたってこと?)
聞きたいことがアレコレある。
青蘭は頭のなかを整理した。
「教えてほしいな。あなたは陶吉のやりかたをマネしたの?」
「マネじゃない。独自に研究したんだ。やりかたを説明しよう。まずは首を保存したい人物の頭蓋骨が必要だ。それを手に入れたら、高温処理する。生首の場合だけどな。お骨の状態にするわけだ。真っ白いきれいな骨になったら、それを細かくすりつぶす。きめ細かな粉末にするのがコツだ。そして、骨の粉末を適量の土に混ぜ、焼く」
「そう。それで、霊たちの首は斬首されてたのか。じゃあ、もしかして、六花は南側の河原に近い草むらで殺されたの?」
「ああ。あの場所でね」
「着物を着てたけど」
「祭りのために昔風の格好をさせられてたんだ」
「そういうことか」
祭りのために六郎のような扮装をさせられて、神社につれていかれた六花を、この男がこっそりつれだし殺害後、斬首した。そして首を使って茶碗を焼いた。
草むらを徘徊していたのは、正確には六郎ではなく、六花だったのだ。
(もともと、この男が霊を見ることができるタチだからか。それとも、もっと別の力が働いたからか。そんな方法で人間の魂を封じるなんて)
首への執着が悪魔を呼んだからだ。
この男は途中のどの段階でか、すでに人ではなくなっている。
悪魔だ。
興奮のあまり、鷲尾の両眼にプツプツと赤い点が現れた。それが見るまに赤い筋になって、あふれてくる。
「き……綺麗だなぁ。おまえはおれの芸術の最高傑作になる。さあ、首を、よこせッ!」
鷲尾はそっと青蘭の頰をなでると、牛刀をふりあげた。
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