第七話 首狩り
第7話 首狩り その一
龍郎が電話をかけながら、座敷蔵から出ていったあと、まもなく、一人で待っている青蘭のもとに、光司がやってきた。
「龍郎くんが呼んでるよ。こっちに来てくれ」
「龍郎さんが?」
「なんか、大変なことがあったらしいんだ」
「そう」
清美たちと電話で話したのだろうか。
それで何かわかったのかもしれない。
青蘭はそう考えて、光司についていった。途中までは、まったく疑っていなかった。しかし、庭に出て、蔵の前まで来るにおよんで、さすがにおかしいと思う。
「ほんとに龍郎さんが呼んでたの? 僕をだまそうとしてない?」と言ったときには、とつぜん背後から抱きすくめられて、蔵のなかに押しこめられていた。
「ちょっとのあいだ、ここでおとなしくしてろ。そ、そしたら乱暴はしないから」
「何するんだ。離せよ! この愚民!」
「……いいから、おとなしくしてるんだ。わかったな!」
急に床になげだされて、光司は外へとびだしていった。そして、ガチャリと鍵のかかる音が無情に響く。
「くそッ。だから愚民は嫌いなんだ。人間なんて誰も信用できない。龍郎さんは別だけど」
龍郎に電話をかけようとスマートフォンをポケットからとりだしたが、蔵の厚い壁に阻まれて電波が通じない。
蔵のなかをウロウロしているうちに、しだいに日が傾いてきた。蔵のなかは暗いが、高いところにある小さな窓から入るかすかな光すらも薄れていく。
青蘭はだんだん疲れて、古い木箱を椅子がわりにして座りこんだ。
(大丈夫。きっと、龍郎さんが見つけてくれるから。少しのあいだの辛抱だよ)
待っていると、いつしか、とっぷりと日が暮れたようだ。蔵のなかは完全な闇になった。すると、まもなく、ぼうっと片隅が光を放った。小さな桐の箱がいくつか淡く光っている。
青蘭は近づいていって、箱にかけられた紐をほどいた。ふたをあけると、なかには茶碗が入っている。薄汚れた顔の生首が、どろんと濁った目で青蘭をにらんだ。同じだ。六郎の首を封印した茶碗と。
どうやら、光っている箱の中身は全部、人の魂を封じた茶道具らしい。
試しに茶碗を一つ、床に叩きつけて割ってみた。封じられていた魂が浮かびあがり、虚空に消えていく。やはり、茶碗が魂をこの世につなぎとめる媒体となっている。茶碗が壊れると、魂は解放される。
たぶん、最初にこの蔵を見たとき感じた妖気は、この魂入りの茶碗のせいだ。
(なんだ、ここ? 一つならその茶碗にだけ特殊ないわれがあるのかもしれない。でも、こうたくさんとなると)
この村に悪魔がいる。
そいつが人間の魂を茶碗のなかに閉じこめているのだと、青蘭は考えた。
そのとき、外から人の足音が聞こえた。
「龍郎さん?」
いそいそと扉に近づいていく。
ドンドンとこぶしで叩くと、足音がとだえる。立ち止まったのだ。
「龍郎さん! ここだよ。あけて!」
すると、しばらくして、ようやく鍵のまわる音がした。カチッと小さな音がしたあと、続いて扉がひらかれる。
「龍郎さん! ずいぶん待ったよ」
とびつこうとしたが、そこに立っていたのは龍郎ではなかった。
鷲尾だ。
なぜ、彼がこんなところにいるのだろうか?
鷲尾はボソボソと告げる。
「早く、出て。光司さんが、また来るかもしれない」
「ああ、僕が閉じこめられるとこ、見てたのか」
そういえば、このうちの裏手に間借りしてるとかいう話だった。
青蘭は蔵から出ると、龍郎に電話をかけるためにスマホをとりだした。履歴にたくさん、龍郎の名前が載っている。最初は“愚民T”で電話帳に登録していたことはナイショだ。“助手T”を経過して、今は“龍郎さん(ハニー)”に登録しなおしてある。
青蘭がいなくなって、あわてふためいている龍郎のようすが履歴から想像できる。
青蘭が微笑みながら電話をつなげようとしたときだ。急に口元に何かを押しあてられた。そのまま、意識が遠くなった……。
気がつくと、場所を移動していた。
どうやら、失神しているあいだに運ばれてきたらしい。
青蘭は床に倒れていた。
起きあがろうとするものの、手足が縛られている。
目の前に鷲尾がいる。
うしろ姿だ。
何をしているのか知らないが、シャッシャッと妙な音が絶えず続く。
青蘭は声をあげようとしたが、さるぐつわもかまされていた。
しかし、くぐもった声に、鷲尾は気づいた。ふりかえって、青蘭をながめる。
「目が覚めたのか」
僕をどうする気だ——と尋ねようとするが、もちろん言葉にならない。
鷲尾は落ちついた声音でつぶやく。
「もう少し寝ていたらよかったのに」
そんなこと僕の勝手だろうと反論するが、むぐぅ、むぐぅ、という情けないうなり声にしかならない。
それにしても、あらためて室内を見まわすと、ちょっとゾッとする光景が広がっている。
そこはおそらく、鷲尾の家のダイニングキッチンだろう。黄色っぽく薄暗い照明に照らされている。
大きな飾り棚のなかに、たくさんの茶碗が並べられていた。
その一つ一つが、すべて生首なのだ。あの魂を封じた茶碗だ。だから、青蘭の目には、無念そうな表情をした多くの首が、うっすら光りながら、そこに並んでいるように映る。
おまえがこの村に巣食う悪魔なんだな——と叫んだつもりだが、やはり言葉にならない。
鷲尾は立ちあがった。
その手に大きな牛刀をにぎっていた。
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