第八話 痣人神社縁起
第8話 痣人神社縁起 その一
六路村から車で一時間。
蛇行する山道に翻弄されて、たどりついた。
清美の実家だ。
こちらも茅葺きの古民家だが、今にも崩れそうなところは正直、廃墟に近い。
「ああ……我が家が崩壊しそう。ごめんね。お父さん、お母さん、おばあちゃん」
清美が言うのもムリはない。
宿泊するのにも、けっこうギリギリな感じだ。
「無人だからね。傷みが早い。もし清美さんがここを人の住める状態でとっておきたいなら、修復して管理してくれる人を雇ったほうがいいよ」
「そうですねぇ。今時、こんな山奥の一軒家に住みたがる人はいないから、つぶして更地にしてしまったほうがいいのかもですねぇ」
清美はさみしそうにため息をついた。
生まれ育った家がなくなってしまうのは悲しいだろう。なんとかしてあげたいが、M市からこの場所は遠すぎる。週一で来てこまめに掃除するというわけにはいかない。
とにかく、荷物を車からおろして、家のなかへ入った。食料は近くでは手に入らないことがわかっているので、六路村で米や野菜、卵、しめたばかりの地鶏などを購入してきた。それらを土間に置いて、囲炉裏のある居間にあがる。
以前、ここに来たときは、清美と青蘭の祖母にあたる人が霊力で守っていたから、きれいに保たれていたが、今は半年近くほったらかしにされて、埃がうっすらと畳につもっていた。
「ああ……急いでお掃除しますね」
「すいません。清美さん」
「お任せあれ。掃除はわりと得意なんですよね」
まわりで清美がバタバタと動きまわるなか、龍郎たち四人はさっそく、古文書について話しあった。
「だいたいの意味はわかったんですよね?」
龍郎が尋ねると、穂村はニヤニヤしながらも、もったいぶって咳払いする。
「うん。わかった。だが、一部、写りが悪くてよく見えないところがあってね。データじゃ字がつぶれて見えるんだ。それでだね。原文はこの家にあるって話だったじゃないか? できれば、それが見たいんだ」
「ああ、それで、ここに来る必要があったんですね。ちょっと待ってください。とりに行ってきます」
龍郎は以前、それが置いてあった物置兼車庫へ行ってみた。物置は母屋とは棟がわかれている。いったん外へ出なければならなかった。
アスファルトで舗装された車道から、細い土の私道を数十メートルも入ったところにある家なので、ここに家屋があると知った者でなければ見すごしてしまうだろう。よほど酔狂な人でなければ見つけられない場所だから、泥棒が入る心配はないが、それにしても物置には鍵がかかっていない。
こんなところに貴重な文献を残しておいたのは不用心だった。
そのせいか、以前、見つけた縁起物がない。あちこち探しまわったあげく、思いだした。
「あっ、そうか。仏壇の引き出しに入ってたんだっけ」
見つからないはずだ。
そもそもの場所が間違っている。
あわてて外へ出る。
そのとき、龍郎は変な感じがした。
誰かに見られているような気がする。
家の周囲に何かの気配があった。
(ここって、前もいろいろ変なことがあったしな。神社も近いし、まだ何かいるのか?)
しばらく、あたりのようすをうかがっていたが、不穏な空気は感じるものの、怪しい姿は見かけなかった。あきらめて、龍郎は家のなかへ入った。
「ごめん。ごめん。まちがって物置まで行ってた。仏壇だったね」
「龍郎さん。遅いよ。ほら、僕が持ってきといたよ?」
「ありがとう。青蘭」
そんな他愛ない会話でも、龍郎が名前を呼び、感謝の言葉を述べると、青蘭は頰を染めてはにかむ。
「君たち、いつまでもイチャイチャしてるんじゃない。さっさと知の泉に飛びこむぞ」
穂村がせかすので、和とじの本をみんなで覗きこんだ。
「うん。ここか。なるほど。なるほど。この一行が切れてたんだな。それと、こっちも——」
穂村がブツブツ言いながら、一人で納得している。
やはり、龍郎が見ると、以前どおりの難解なミミズだ。読めないことはないが、虫喰いの穴だらけの状態と同じくらい解読率が低い。
「先生。説明してください。おれたちじゃ、わかりませんよ。ひんぱんに出てくるコレは御飯の御ですよね。使いって続くから、お使いのことですか?」
穂村はハハハと高笑いする。
そんなに変なことを言ったわけじゃないと思うのだが、爆笑だ。
「そうじゃない。これはだな。そう、今風に言えば、天使のことだ」
龍郎の心臓がビクンとすくんだ。
天使——
たとえば、天界にいたころのアスモデウスのような存在のことか?
「……天使?」
恐る恐るたずねると、穂村は大きく、うなずいた。
「そう。天使。君たちが知りたいのは、この本の真ん中部分だったな?」
「そうです。前後のことは、だいたいわかったので。清美さんのご先祖が、山中に倒れていた宣教師らしいキリシタンの僧侶が行き倒れているのを発見し助けた。その僧侶が亡くなる前に、『この玉は世界を滅ぼす力を持っています』と言い残し、苦痛の玉を清美さんの先祖に渡した。玉の力で先祖は助かり、その不思議な玉を祀った——そんな話でしたよね?」
「だいぶ省略されとるが、まあ、そんなところだ」
「ただ、亡くなった宣教師の話の部分が読めなくて」
「では、私が説明してやろう」
コホンと、穂村がもったいぶって咳払いする。
龍郎は早くその内容を聞きたくて、あせる気持ちをムリにも落ちつかせた。
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