第6話 蔵のなか その四
龍郎の実家にも土蔵はある。
だが、家のなかにある、いわゆる見世蔵を見物するのは初めてだ。
漆喰を塗りこんだ厚い扉がひらかれると、その内部は
壁という壁、柱という柱は
調度品も黒漆に
広さは十二畳ほどだろうか。
ものすごく広いというわけではないが、まるで権力者の城の一室のようだ。当時の職人の技術の粋が結集している。
だが、その美々しさとは裏腹に、室内は冷ややかな空気をまとっていた。
ビリビリと微弱な電流のようなものさえ感じる。
龍郎は華麗な座敷のなかをひとわたり見渡し、その波動の根源を探した。
あれだ。
まちがいない。
床の間に置かれた小さな茶碗。
素人目で見れば、ザラザラして荒い茶色の不格好な茶碗にすぎないのだが、なぜか、龍郎はそれを見たとたん、ぞッと寒気が走った。
その茶碗が、どうしても生首にしか見えないのである。
「青蘭。これ……」
「うん。まちがいないね。六郎の首だ」
「これが、六郎の首」
見ためは茶碗だ。
手にとってみても、変な形の茶碗以外の何物でもない。
だが、その外見からは考えられないほど、ズッシリと重い。まるで人間の頭部を両手でつかんでいるかのようだ。
青ざめて目をとじた少年の顔が、視覚というより、イメージとして感知できる。
「なんで人間の首が茶碗になんかなってるんだ?」
「このなかに六郎の魂が封じこめられているんだと思う」
「そうか」
いったい、どんな経緯でそんなことになったのだろう?
龍郎は首をかしげながら、茶碗をもとどおり床の間に置いた。
「稲葉さん。この茶碗なんですが、誰の作なんですか?」
もしや、この村の陶工、鷲尾の作ではないかと思ったのだが、答えは違っていた。
「えーと、たしか、初代陶吉の作品だったかな。陶吉は江戸時代のこの村の職人で、ほとんどは庶民が日常的に使う質の低い皿なんかを大量に作ってたんだ。茶道具とかはめったに作らなかったんだが、うちにはいくつか残ってて。たぶん、借金のかただと思う。陶芸の世界ではまったく無名だと思うよ」
「そうなんですか。鷲尾さんの作品にちょっと似てる気がしたんですが」
「ああ、鷲尾さん、うちのじいちゃんのコレクションを見て研究してたから。なんか、この茶碗にすごく感心してたよ」
つまり、鷲尾のほうがこの茶碗に影響を受けたということか。
(そういえば、あの人、六郎みたいな人だとかなんとか、青蘭のこと言ってたもんな。もしかしたら、この茶碗を見て、六郎の顔を知ってたのかも)
ということは、鷲尾は霊的な存在を見ることができる人ということだ。
日が暮れてから村のなかを歩きまわっていたが、見えるのなら、あの飛びかう生首がよく平気だなと、龍郎は思った。
「そうなんですね。ところで、この茶碗って譲り受けたりできます? もちろん、お金は払います」
光司はうなずいた。
「別にかまわないよ。いちおう親父にも聞いてみなけりゃいけないけど。陶芸品としての価値はないからさ。五万でも十万でも、言い値でいいよ」
価値はないと言いつつ、最低値を五万とふっかけてくるところ、なかなかの商売上手だ。名の知れた陶工の作品でも、安いものなら十万で買える。
まあ、ここはケチらないことだ。
六郎の魂が封じられた茶碗。
おそらく、川原の草むらを徘徊している六郎の体は、この茶碗を探しているのだと思われる。
「わかりました。じゃあ、十万で。今、手持ちがないので、あとであらためて」
現金が必要になるかもしれないと思い、五十万ほどは旅行鞄の底に忍ばせている。いったん高屋敷家まで、とりに帰らないといけない。
龍郎はこの茶碗を六郎の体に渡せば、きっと落武者たちの霊は満足してくれるのではないかと考えていた。
「できるだけ早く手元に欲しいんですが、いつならいいですか?」
「そうだなぁ。親父に電話かけるから、ちょっと待ってくれる?」
「はい」
光司はスマホをとりだしたが、すぐにため息をついた。
「ああ、圏外だ。山のなかだから電波状態はもともとよくないんだけどさ。この蔵のなかは、いっつもこうなんだよな。ちょっと固定電話でかけてみる」
「お願いします」
座敷から光司が出ていったので、そのあいだに龍郎は穂村に電話しようとした。が、たしかに圏外だ。蔵の壁が厚いせいかもしれない。
「困ったな。目的のものは見つかったって連絡したいんだけど」
「あとで電話かければいいんじゃないの。邪魔されなくてすむし」
「そうもいかないだろ? ちょっと、ここで待ってて。すぐ戻るから」
龍郎はスマホを手にして、電波の復活する場所を探した。しばらく、ウロウロするものの、建物の場所が悪いのか、まわりを山に囲まれているせいか、なかなか圏内に戻れない。
あきらめて、もとの座敷蔵へ歩いていった。
ところが、そのときには、すでに青蘭の姿はなかった。
たった数分、目を離しただけなのに。
「青蘭? 青蘭? どこにいるんだ? 隠れてないで出てきてくれよ」
返事はない。
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