第6話 蔵のなか その三
かなり古い土蔵だ。
でも、手入れは悪くない。
真っ白な
蔵の近くには木造の納屋もあって、高級車が二台、軽トラックも一台停まっていた。
近年、農家はどこも米だけでは暮らしていけないのに、稲葉家は何をして稼いでいるのか、ずいぶん羽ぶりがいいらしい。
「失礼ですが、かなり、ゆとりのある生活をされてるんですね」
「先祖が庄屋してたころほどじゃないだろうけどな。じいちゃんのおかげだ。鷲尾さんが金に無頓着な人なんで、親父が作品の売買の仲介みたいなことをしてるんだ。マージンでも、けっこういい金になる。おれは、たまたま、今こっちに戻ってたけど、ふだんはふもとの町で陶芸教室やってるんだ。自分の小遣い稼ぐくらいにはなる」
「陶芸教室ですか。鷲尾さんの弟子ってことですか?」
光司は苦笑した。
「まさか。あっちはそんなこと、ちっとも思ってないさ。おれのはほんと、ただの娯楽だから。金になるからやってるだけ——あっ、しまったな。蔵に鍵かかってる。ちょっと、ここで待ってて。鍵、とってくるわ」
扉の前でガチャガチャやってから、光司は言い置いて、母屋のほうへ歩いていった。千雪が追っていく。
二人きりになったので、龍郎は青蘭にたずねてみた。
「悪魔の匂い、どこからするかわかる?」
「それが……あちこちからするみたいな?」
「だよね。この蔵のなかからもするし」
でも、母屋のほうからも何か感じる。
しばらく待っていたが、光司はなかなか帰ってこない。五分や十分ではなかった。しっかり時計を見ていたわけではないが、おそらく二十分くらいは。
「遅いな。なんかあったのかな?」
心配になって、龍郎は母屋のほうへ歩いていった。もちろん、青蘭もついてくる。
大きな
「な、いいだろ? ちいちゃん。おれと結婚しよう」
「…………」
「おれ、絶対、おまえを幸せにする!」
「……考えさせて」
「考えてもいいけど、近いうちに答えが欲しい。おれ、おまえのためなら、なんだってするからさ」
「ほんと?」
「ああ。約束する!」
どうやら、プロポーズの最中だった。
久しぶりに地元に戻ってきて、愛する幼なじみに会ったので、光司は自分の気持ちを抑えきれなくなったようだ。ことによると、龍郎や青蘭の婚約指輪を見て、決心をかためたのかもしれない。
「邪魔しちゃ悪いね。向こうで待ってよう」
そっと青蘭の耳元にささやいて、龍郎は蔵の前まで帰った。
さらに数分してから、光司がやってきた。手に大きな鍵を持っている。ちょっと高揚して見えるのは、千雪にオッケーを貰ったからなのかもしれない。
おめでとうと言うべきなのか迷ったが、プライバシーなので黙っておいた。
「悪い。お待たせ。じゃあ、なか入ろうか」
光司は漆喰塗りの両扉の鍵をあける。
ぶ厚い扉が重々しくひらかれる。
なかは暗い。
「照明はないんですか?」
「電気系統から発火したら蔵の意味ないだろ? 電気は通ってないんだ。それにしても、ガラクタばっかりなんだけど。じいちゃん、あんまり見る目はなかったみたいなんだよな」
「首が関係してる品物っていうのは?」
「これこれ」
光司が見せてくれたのは、一振りの日本刀だった。
「首狩りの刀って異名がついてるんだ。もしかしたら、これで落武者の首を落としたんじゃないかな?」
「落武者って、六郎伝説の? やっぱり、落武者を殺したのは村人なんですか?」
「さあ? 六郎がやったんだって話だけど」
光司は昔話に、うといようだ。
興味がないのだろう。
日本刀も見たところ普通だし、ものすごい業物というわけではない。また、人の首をたくさん落としてきた
「うーん。とくに、これって感じがしないんですが、ほかには何か怪しいものはないですか?」
「どうかなぁ。親父ならもっと知ってるかもだけど。おれ、骨董には詳しくないんだよな」
光司の父親から話を聞いたほうがいいのかもしれない。
「お父さんはご在宅ですか?」
「いや。今日もバイヤー業に出かけてる。夜には帰宅するんじゃないか」
「そうですか」
いちおう、蔵のなかを見せてもらったものの、龍郎たちが気になるようなものは見つけられなかった。
「ねえ、龍郎さん。ここ、調べてもムダだと思うよ」
「そうだな。どうも違うな」
薄暗い蔵から出てきたところで、龍郎は思いだした。
「そうだった。お宅には座敷蔵もあるらしいですね?」
「あるよ」
座敷蔵。または、蔵座敷。
蔵のなかをお座敷のように美しい和室にしてある造りのことだ。蔵じたいが富の貯蓄なわけだ。
「そっちも見せてもらうことってできますか?」
「ああ、いいよ。座敷蔵のほうは母屋のなかにある」
さっき、ウッカリ覗き見をしてしまったプロポーズの現場までやってきて、そこから縁側を使って母屋へあがった。
「こっち。こっち。あっ、靴は持って」と、光司が廊下を歩いていく。
母屋でも、奥まったあたりへ向かっている。いったん土間があり、そのさきに、母屋にくっついた離れのような構造の一室があった。扉がさっきの土蔵とよく似ている。
「ここだよ」
光司に言われるまでもなく、そこが問題の座敷蔵だということはわかった。
なぜなら、空気のゆらめくような、暗い臭気があったから。
(ここ、なんかいる)
龍郎は確信した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます