第6話 蔵のなか その二
「えーと、地図で見ると、おれたちの調査圏内で一番近い蔵のある家は、ここだな」
そう言って、龍郎のスマホを青蘭と二人でのぞきこんでいたときだ。
うしろから声をかけられた。
「龍郎さん。青蘭さん。今から
見れば、千雪が自転車を押して追ってくる。
龍郎はためらった。
千雪とは極力、接触を持たないほうがいい。期待させても悪いし、次こそは青蘭に殺されるかもしれない。
「あ、いや、あの……」
龍郎が口ごもっていると、青蘭がズバリと言い放つ。
「龍郎さんはあんたのことなんて、なんとも思ってないんだ。あんまりしつこいと、悪魔をけしかけるよ」
アンドロマリウスのことだ。
一般人の脅し文句なら陳腐だが、青蘭の場合はシャレにならない。
龍郎は苦笑いだ。
「せ、青蘭。そんなジョーク言っちゃいけないよ。千雪さん、お気持ち、嬉しいです。でも、地図があれば行けますので……」
青蘭の肩を両手でがっしりホールドして、あとずさろうとすると、千雪が言った。
「でも、稲葉さんって、庄屋さんの家系なんですよ。今の時代じゃ、庄屋って言っても、みなさん、ピンと来ないと思いますが、六路村では今でもずっと村の顔役なんです。お二人だけで、いきなり訪ねても会ってくれないんじゃないかと」
なるほど。せっかく行っても、なかへ入れてくれないのは困る。よく考えたら、蔵のある家は相対的に金持ちや旧家だ。かんたんに初対面の相手をなかに入れてはくれないに違いない。
清美たちのチームには穂村がいる。大学の准教授という地位があり、古い民話や伝承を調べていると言えば、すぐに信用されるだろうが、龍郎たちにはそういった伝家の宝刀がないのだ。
「そうですね。じゃあ、お願いします」
龍郎は素直に頭をさげた。
青蘭は忌々しそうな顔つきだが、龍郎がギュッと手をにぎると機嫌がなおった。
並んで歩く龍郎たちのあとを、少しあいだを置いて、千雪がついてくる。
西にむかっていくと、田んぼのまんなかに大きな屋敷があった。なまこ塀に囲まれた敷地のなかには、外からでも立派な蔵が見えている。
「うちよりデカイかも。な? 青蘭」
「うん。でも、ここ……」
そう。たしかに、そうだ。
青蘭の言いたいことはわかる。
旧稲葉邸などと言われて重要文化財指定を受けた古い豪邸のように見えるが、高い塀などでは隠しきれないほど、空気が淀んでいる。悪魔の匂いだ。何かが巣食っている。
「門はこっちですよ」と、千雪が龍郎たちを追い越し、先頭に立って案内する。
古めかしい門だが、表札の横には、いちおうインターフォンがついていた。千雪が呼び鈴を押すと、しばらくして、なかから足音が近づいてきた。門扉をあけて、のぞいたのは若い男だ。龍郎より三、四つ年上だろうか。頭をスポーツ刈りにして、いかにも学生時代には体育会系でしたという感じ。
「あッ、ちいちゃん。どうした? なんか用か?」
男は千雪を見て、とても嬉しげになった。わかりやすい好意が顔に表れている。
(この人、千雪さんのことが好きなんだな)
千雪は龍郎たちを示した。
「この人たち、うちのお客さんなんです。大学の民俗学の先生の助手みたいなことをされてるの。それで、あなたのところの蔵を見せてほしいって」
「へえ」
男は言われて初めて、千雪にオマケがついていることに気づいた。龍郎のことは無表情に見るだけだったが、青蘭を認めたとたん、ヒューっと口笛を吹く。
「すげえ美人。彼氏づれだけど」
青蘭は龍郎とカップルだと認められたことが嬉しかったらしい。ここでも左手のペアリングを自慢げに見せびらかす。
「初めまして。本柳龍郎です。こっちは恋人の青蘭。お宅の蔵のなかを見せてもらってもかまいませんか?」
「いいけど、うちの蔵になんかあったかな? 古い農具しか入ってないと思うけど。あとは先祖の集めたガラクタとかさ」
清美は六郎の首が蔵のなかにあると言っていた。生首がそのまま保管されているとは思えないが、念のため聞いてみた。
「あの、たとえばなんですが、河童の首とか、人の首とか、ないですよね? よく神社なんかで河童のミイラとか置いてある。あんな感じのもの」
男は大口をあけて笑った。
「そんなもんないよ。君、おもしろいなぁ。民俗学って、そういうこと調べてるんだ?」
「ええ、まあ」
いくらか単純そうには見えたが、さっぱりしていて悪い人ではなさそうだ。思ったことをなんでも口にしてしまうタイプのようである。
「じゃあ、首に関連した名前のものはないですか?」
すると、男は何やら考えこむ。
「首って名前の骨董? それならあったような? 前に、じいちゃんがコレクションのことで、なんか言ってたな」
「えっ? ほんとですか?」
「よく覚えてないけど」
「おじいさんはおられませんか? ちょくせつ話が聞きたいんですが」
「じいちゃんは去年、死んじまった。ま、よければ見てってくれよ。ちいちゃんも来いよ」
誘われて、門のなかへと入っていく。
「あっ、おれ、稲葉光司。よろしく」
「よろしくお願いします」
広い庭を歩きながら、龍郎はふと気づいた。屋敷の裏手で煙が上がっている。
「あっ、火事じゃありませんか? あれ」
光司がすぐに首をふった。
「ああ、あれか。裏の焼き物の先生だ。昨日の夜から、あの調子だから」
「陶工の鷲尾さんでしたか。この近くにお住まいなんですね」
「うちの持ち家を貸してるんだ。じいちゃんがそんなんで、骨董が趣味だったから」
つまり、パトロンということだ。
「鷲尾さんの茶碗、見たけど、そんなに素晴らしいんですかね? おれにはちょっとわからなかったです」
「おれもわかんないよ」と言って、光司は笑った。
「蔵はこっちだよ」
手招きされて、ついていった。
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