第六話 蔵のなか

第6話 蔵のなか その一



 本物の六郎と再会したせいか、その夜、落武者が千雪の寝室にやってくることはなかった。

 あとは六郎の首さえ見つかれば、もう千雪が狙われることはないだろう。


 昨夜と同じように、龍郎たちは離れの一階の千雪の部屋に、男四人で枕をならべた。電気を消して布団によこたわりながら、龍郎は疑問に思うことを口に出した。


「六郎が武者たちと同じときに、村人に殺されていたとしたら、六郎も斬首されていたのはわかるんです。殺したやつが同一犯だからですよね。でも、六花さんは最近の人だ。四、五十年くらい前の人だとしても、昭和生まれでしょ? 首を落とされるなんて、通常、ありえない。いったい、なんで、そんなことになったんでしょうね?」


「誰かに殺されたからだろうな」と、神父が答える。

「まあ、そうですよね。自分で自分の首を切り離すことはできない」

「人とはかぎらないんじゃないの?」と、これは青蘭だ。


「悪魔、か」

「この村はあちこちから変な匂いがするし、淀んでる」

「そうだね」

「それに、清美は六花の首って言ったけど、六花と六郎が同じ魂なら、清美の勘違いじゃないの? 蔵にあるのは六郎の首かもしれない」

「なるほどね。そのほうが自然かな。じゃあ、六花さんの行方は依然としてわからないわけか」


 昼間、あれほど二人で密着しあったというのに、青蘭は龍郎の布団のなかに侵入してきて、ピッタリよりそってくる。このまま朝まで、龍郎を眠らせないつもりだろうか。困る。

 青蘭は香水をつけているわけでもないのに、花のような甘い匂いがする。もしかしたら、それが天使の匂いなのだろうか?


「せ、青蘭。今夜はもう寝よう。いいね?」

「うん。おやすみなさい」


 と言いつつ、青蘭が離れる気配はない。

 龍郎が困惑していると、急に背後で穂村が口をひらいた。


「ところで、本柳くん。君たちから預かってる古文書なんだがね」


 穂村に解析を頼んでいる、古い縁起物のデータのことだ。清美の実家の神社について書かれているはず。


「あ、はい。何かわかりましたか?」

「うん。気になることが書かれてはいる。まだ全文を現代語に訳したわけじゃないが。ついては現地を調べてみたいんだ。この近くだったんじゃなかったか?」

「そうですよ。清美さんの実家ですから」

「この村のことが解決してからでかまわないから、帰りにでも寄ってみよう」

「そうですね。清美さんも立ち寄りたいでしょうし」


 青蘭がくすくす笑って、龍郎の胸に指先で花模様を描きつつ、つぶやく。

「清美はガマの化け物を手なづけてたよね」

「ああ、蝦蟇仙人」


 穂村が食いついてきた。

「なんだね。そりゃ?」


 しょうがなく、龍郎は昼間のことを説明する。


「なッ……なんで君たちは、そんな興味深いことをすぐに私に教えてくれないんだ? 蝦蟇仙人と話してただって?」

「話したりクッキーを食べさせたりしてましたよ」


 穂村のうなり声が聞こえる。


「うーん。蝦蟇仙人は気に入った人間には、富を授けることなどもあったようだ。笠地蔵の類似形の逸話が残っている。それにしても、ほんとに実在したのか。だとしたら、ずいぶん認識が変わってくるなぁ。やはり、悪魔だったのか?」

「たぶん。低級な悪魔なんだろうと思います」

「じゃあ、あれかな。住職に見せてもらった古書に、井戸の底で眠る蛙の話があるんだ。あれも蝦蟇仙人のことなんだろうな」

「でしょうね」


 龍郎は一瞬、何かがひっかかった。

 そう言えば昼間、清美が蝦蟇仙人と話していたとき、井戸の底の大蝦蟇がなんとかと言っていたような?


 考えているうちに、青蘭の寝息が耳元で聞こえだした。困ったことに、龍郎に抱きついたまま寝落ちしている。


(ほんとにもう。甘ったれだなぁ)


 龍郎も微笑して、目をとじた。

 甘い香りを胸いっぱいに吸うと、愛しさがあふれる。




 *


 翌朝。

 今日は蔵探しだ。

 朝食の席で、千雪に蔵のある家について聞いてみた。


「千雪さん。この村で蔵のある家は何軒くらいありますか?」


 龍郎がたずねると、千雪は一瞬、目をふせた。悲しげな表情になる。昨日のことが千雪にとっても心の痛手だったのだろう。が、すぐに顔をあげて微笑した。


「けっこうありますよ。お庄屋さんのうちは土蔵と座敷蔵と両方ありますし、金屋さん、釜屋さんにも土蔵があって、鍋屋さんのうちは古い土蔵があるけど、今はだいぶ崩れかけてますね。長いこと放置してるんじゃないでしょうか」


 千雪は村の地図をひっぱりだしてきて、いくつかの印をつけた。


「けっこう、あちこちに散らばってますね。じゃあ、昨日と同じメンバーにわかれて調べましょう」と、龍郎が言うと、青蘭は猫みたいに嬉しそうに体をすりつけてきた。何か誤解しているみたいだ。二人きりになれば、また楽しめると考えているのかもしれない。


「うーん。私は悪魔なんぞ見わけがつかんのだが、そこは清美くんに任せればいいのか?」


 穂村が腕を組んでうなるので、フレデリック神父が苦笑した。


「清美さんは巫女の力を持ってはいるが、悪魔の匂いが判別できるわけではないだろう? 今日は二手にわかれ、私が二人についていこう」

「そうですね。それがいい」


「では、村の半々を各チームが受け持つことにしたらいいね」と、神父が言うので、龍郎たちは村の西側を調べることになった。

 神父たちに地図を渡し、龍郎はスマホにその写真を撮った。


「じゃあ、緊急のときには連絡をとりあいましょう」


 そう言って、二手にわかれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る