第5話 六郎の首 その二



 昨夜、その武者の体は消滅した。が、首は飛んで逃げた。やはり、まだ完全に浄化されてはいなかったのだ。


「おお、六郎。そこにおったか」と、武者の首は嬉しげな声を出した。

 その声を聞きつけて、仲間の武者が戻ってくる。


「六郎だと? 六郎がいたのか? どこだ。六郎?」

「五郎左。ここだ。六郎はここにおるぞ」

「おお、六郎。ようよう見つけたぞ」


 言いかわしながら、落武者たちが迫ってくる。


 マズイ。落武者たちは青蘭を六郎だと勘違いしている。ついさっき、鷲尾が青蘭を見て「六郎のようだ」と言った。あるいは、六郎の容姿は少し青蘭に似ていたのかもしれない。


(青蘭に似てたんなら、ものすごい美少年じゃないか。青蘭は細身で今でも少年みたいだから、よけいに似て見えるのかも)


 とにかく逃げなければ。


「青蘭。こっち」


 青蘭の手をひいて、道脇の草はらを走る。足場が悪い。とつぜん段差があって転びそうになった。


「待て。待てェ。六郎をよこせ! 六郎をどこへやる気だ? 許さんぞ。百姓ふぜいが!」


 背後から、ガチャガチャという音が二人を追いたてる。

 落武者は青蘭を六郎、龍郎を六路村の村人だと思っているようだ。百姓というのは、そういうことだろう。


(おかしいぞ。こいつら、六郎を百姓にとられたと思ってないか?)


 なんだか昔話と違う。

 伝承は史実ではない。

 もしかしたら、村で語り継がれる六郎伝説は真実ではないのかもしれない。


 草むらを走りまわっていた龍郎たちは、とつぜん何かにつまずいた。大きく横倒しになる。

 背後に首だけの武者と鎧をまとった武者が迫ってきた。


(もうダメだ。逃げきれない。退魔してしまわないと!)


 龍郎はとびおきると、青蘭をかばって右手を伸ばす。

 そのときだった。


「六郎! 六郎かッ?」

「六郎ッ!」


 どうしたことか、落武者二人は龍郎たちの直前で立ちどまる。

 よく見ると、さっき龍郎たちがつまずいたものに向かって声をかけているのだ。

 それは石や段差などではなく、人だった。ただし生きてはいない。あの首のない少年の体だ。午前中、龍郎たちを追いまわした、着物の少年の霊。丈の高い草のなかに座りこんでいたので、気づかなかった。


「六郎。こんなところに……」

「哀れなり。その姿。首はいかがいたしたのだ?」


 二人の落武者は少年を抱きしめ、あるいは少年のまわりを飛び、再会を喜んでいるようだ。少年は首がないので、あいかわらず喋らないが、こちらも嫌がっているふうではない。


 龍郎は青蘭と目を見かわすと、このすきに、そろそろとあとずさっていった。霊たちは本物を見つけたので、龍郎や青蘭に関心を失ったようだ。歩き去っても追ってこない。


「よかった。もう大丈夫みたいだな」


 道にあがって、しばらく霊たちのようすを観察していたが、草むらのまんなかで三人かたまったまま、動きだす気配がない。かと言って成仏するようすもないが。


「あの子が六郎だったのか」

「どうかな? あの子が話してくれないと、ほんとのところ、わからない」


 少年はたしかに着物姿だし、六郎である可能性はゼロではない。それにしてもあの感じでは、武者たちは六郎を恨んではいない。つまり、彼らを殺したのは六郎ではないのではなかろうか?


「落武者はいなくなった六郎を探してただけなんだ。自分たちの仲間だからだ。言い伝えは間違ってる」

「そうみたいだね」


 とにかく、急いで高屋敷家に戻った。

 すでに神父や清美たちも帰って、龍郎と青蘭の帰宅を待っていた。


「やあ、おかえり。その顔は何かあったね?」と、神父が声をかけてくる。

 顔を見ただけでわかるのかと思うと、ちょっとな気がした。


「いろいろありすぎて、どれから話していいんだか。とりあえず、人喰い熊の件は解決しました。村の若い女性が消えてたのは、やっぱり熊のせいだった。でも、もう現れない」

「神隠しの三分の一の原因が消滅したわけか」


 龍郎は青蘭と並んで、囲炉裏の前に腰をおろした。囲炉裏には、きりたんぽ鍋が用意されている。


 千雪が遠慮がちに話しかけてくる。

「食事にしますか? 食べながら話されては?」

「そうですね。お願いします」


 穂村はさほど収穫がなかったようで、おとなしく聞きにまわっている。おかげで、すんなり龍郎の話を続けることができた。さっき、川原で見てきたことを報告する。


「——というわけで、どうも変なんです。落武者たちを殺したのは六郎じゃない。それどころか、六郎は六路村の村人にさらわれたんじゃないかと思う」


 フレデリック神父が考えこんだ。


「なるほど。じつは、神社に行ってみたんだが、境内の裏に落武者の墓があるんだ。なぜか、六つなんだ」

「六つ? 言い伝えでは六郎は仲間を殺して逃げたことになってる。でも、それなら墓の数は五つのはず」

「そうだろう? ほんとうは六郎も殺されたのかもしれないな」

「誰にですか?」


 答えはもうわかっている。

 六郎をさらったのが村人だというのなら、殺したのも……。


 見つめていると、神父はうなずいた。


「落武者たちを殺したのは六路村の村人だ。それを六郎のせいにして、事実を歪めて伝えた。じっさいには、六郎も仲間たちと殺されたか、仲間たちよりもあとに殺された」


 すると、みんなに鍋をとりわけながら、黙って聞いていた千雪が、そっと口を挟んだ。


「あの……関係ないかもしれませんけど」

「どうしましたか? 千雪さん」

「じつは、うちに六花叔父さんの日記が残っていて、ちょっと妙なことが書いてあるんです」


 行方不明になった叔父の日記。

 それは断然、読んでみたい。


「それ、持ってきてもらっていいですか?」


 千雪は立ちあがり、部屋から出ていった。

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