第五話 六郎の首
第5話 六郎の首 その一
青蘭のリクエストに熱心に応えたので、すっかり日が暮れてしまった。
六路村二日めの夜。
炭焼きの森をぬけ、六地蔵の前の道を通って、村まで帰った。
すると、そこに思いがけない風景が待っていた。昼間とはまったく異なる村の顔だ。
「なんなんだ。この村……」
「すごい数ですね」
体をピッタリくっつけ、おたがいの腰に手をまわしながら歩いていた龍郎だが、甘い気分がいっぺんにふっとんでしまった。
村のあちこちに青白い鬼火のようなものが飛んでいる。十や二十ではない。目につく範囲だけでも、五十くらい。遠目に見ると蛍のようだが、正体はそんな心なごむものではなかった。
全部、生首なのだ。
昨夜の斬首された落武者の霊のように、首を切り落とされた者たちの霊が、生首となって村の上空をふわふわ飛んでいる。
(この村、なんか、おかしいぞ)
これまでの経験で言うと、霊は昼夜問わず、出るときは出る。とはいえ、こんなにもたくさんの首が飛びまわってるなんて異常だ。
「みんな、首を切られてるな。六人の落武者どころじゃないぞ」
「そうだね。女も男もいるけど、古い髪型が多いみたいだ」
たしかに、女は日本髪だし、男はちょんまげを切られたような頭頂部のハゲたおかっぱ頭だ。
「あれ? もしかして、神社のところにいたのも、落武者の霊じゃないのかもしれないな。首だけになると、武士だか町人だか農民だか、ちょっと区別がつかないぞ」
だから、あのとき、高屋敷家に毎晩やってくる落武者の首がいなかったのかもしれない。ということは、鳥居のまわりを飛んでいた生首は落武者たちとは無縁の可能性だってある。
「急いで帰ろう。フレデリックさんが何か調べられたか聞いてみよう」
「うん」
急いで高屋敷家に向かった。
その途中、スコップを手にして歩く男を見かけた。昼間、千雪から紹介された陶工だ。スコップと言っても、砂浴びに使うような可愛いものではない。雪かき用の鉄製だ。かなり大きい。
それに、まだ夕刻だが、山間の日没は早い。急速に暮れていく。こんな時分に懐中電灯も持たずに、どこへ行くというのか。
「こんばんは。えーと、鷲尾さんでしたか」
鷲尾はやっぱり口のなかでモゴモゴ言った。いちおう挨拶をしているらしい。
「どこへ行くんですか? そんなもの持って」
すると、今度はとりあえず聞きとれるくらいには声を張って答えてくれた。
「材料をとりに」
なるほど。よく見れば、スコップだけじゃなく、反対の手にはバケツもにぎっている。
つまり、陶芸用の土を掘りに行くのだ。一般人にはこれだけ浮遊している首も見えないだろうから、恐れる必要はないのだが、自分が神隠しにあうとは思っていないのか。それとも、陶芸家は思いのほか、リアリストなのか。
「じゃあ……」と言って立ち去りかけてから、鷲尾は立ち止まった。首だけこっちに向けて、じろじろと龍郎たちを見る。
「どうかしましたか?」
不審に思って尋ねる。
「その人……男なんですか?」
たぶん、青蘭のことだ。
たいていの人は初対面のとき、青蘭のことを細身で背の高い美女だと勘違いする。だが今は、熊吉に服をやぶられて胸元がはだけている。注意深い人物なら、ちゃんと男だと気づく。
「そうですけど。それが何か?」
「いや……六郎みたいだと、思って……」
言うだけ言うと、鷲尾は逃げるように走っていった。最近、変人ばかり身近に集まってきたが、それにしても奇矯な人だ。芸術家はエキセントリックなのだろう。
「六郎伝説の六郎のことかな? 戦国時代の人だろ? 見たことあるわけじゃないだろうに」
「わかんないよ。僕らみたいに“見える”のかも?」
「もしそうなら、あの人は六郎の霊を見たことがあるってことになるけど」
話しながら歩いていった。
あっというまに日が落ちて、あたりはとたんに濃密な闇だ。街灯が見あたらない。龍郎は田舎育ちだから慣れているが、青蘭は小石につまづいてよろける。急いで、龍郎は青蘭の手をとった。
「気をつけて。青蘭」
「うん。ありがとう。龍郎さん」
見つめあううちに、吸いよせられるように唇と唇が近づいていく。が、イチャついている場合ではなかった。
カーブになった道の前方から、人が歩いてくる。さっきの鷲尾が引き返してきたのかと思ったが、違う。ジャリジャリと土をふむ足音にまじって、聞きおぼえのある金属のふれあう音がした。
龍郎はあわてて、青蘭を道の脇にひっぱっていった。大木の陰に隠れる。その直後、やってきたのは落武者だ。昨日の男ではない。また別の男だが、甲冑をまとい、帯刀している。
「六郎はおらぬか? 六郎は——」
誰にともなく、そう呼びかけながら、しだいに近づいてくる。
龍郎は青蘭とともに、じっと息をひそめた。見つかれば戦うだけのことなのだが、どうもこの村のようすは変だ。フレデリック神父の言ったように、ただ退治するだけでは解決しないのではないかと思った。
ながめていると、落武者は龍郎たちには気づかないようすで、そのまま大木の前を通りすぎていった。ガチャガチャと鎧のたてる音が遠ざかる。
どうやら、ああやって、一晩中、六郎を探し続けているようだ。
ほっとして、龍郎は大木の陰から出た。だが、そこで立ちすくむ。
落武者は一人ではなかった。
もう一人いたのだ。
首だけの武者が。
昨日、高屋敷家に現れた男が、じっと龍郎と青蘭を見おろしている。
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