第2話 六路村 その四



 竹やぶのなかをうろつきまわる。

 嘘みたいに広い。

 サラサラ。さわさわと風が鳴る。


「このあたりって言っても、どこがそこなんだろうなぁ? なんか、どこまで行っても同じ景色で迷いそうだ」


 青蘭も心なしか不安げな表情だ。

 背の高い竹林に空を覆われているせいか、風景もくすんで見える。薄暗い。


 進んでいくと、さっきの茶人の老人の家の裏手の方角に妙な石組みがあった。ふたがしてあるものの、井戸だ。


 嫌な感じがした。

 あきらかに邪気が漂っている。強い瘴気しょうきだ。


「ここ、よくない場所だね」と、青蘭がつぶやく。

「そうだね。侍たちが殺されたの、ここじゃないかな?」

「そうかも。井戸があるってことは、近くに家があったはずだから」


 家屋のあったような痕跡はすでになかった。数百年も前のことならしかたない。もともと、あばら家だったというし、廃屋となったのちは、またたくまに朽ちてしまっただろう。

 だが、石組みの井戸だけが残った。


 龍郎は疑問に思った。


「なんで蓋がしてあるんだろう?」

「なかに、なんか隠してあるんじゃないの?」

「あけてみよっか?」

「うん」


 鉄板の板だ。

 どう見ても明治以降に造られた蓋である。

 龍郎は手をかけてみたが、ビクともしなかった。よく見ると、ボルトで止めてある。


「……えらく頑丈だなぁ。でも、侍たちがこれをしたわけじゃない。村人が後世になってからしたことだ」


 この井戸に何かの因縁があることは間違いない。しかし、こうも強固に封じられていては、手出ししようがなかった。蓋を外すなら何かしらの工具を持ってこなければならない。


「しょうがないな。ここも出直しだ」

「そうだね」


 立ち去ることになって、龍郎は安堵した。これまで何度も魔王や邪神を倒してきたが、この場所はそれに匹敵するような負のオーラを感じた。


 逃げるように遠ざかっていくと、あの庵が見えた。まだ縁側に老人が座っていた。かるく会釈をして家の前を通りすぎる。


「おれなら、こんな場所で一人でなんて住めないけど、よく平気だなぁ。あの人」

「霊感のない人なら平気なんだよ、きっと」


 見えないほうが幸せなことは、たしかにあるだろう。


 雑木林を通りぬけて、ようやく道に出た。ふみかためられただけの土の道だが、人の歩く場所に帰ってきたと思うと、気がゆるんだ。だいぶ緊張していたようだ。


「どうする? このあと。青蘭の行ってみたいところある?」

「とくにないけど」

「まだ昼飯には早いよなぁ」

「ここまで来たんだから、あの地蔵のところまで行ってみたら?」

「いいね」


 ここまで来たら村の入口は間近だ。

 散歩がてら歩いていく。

 気持ちのいい青空が頭上に戻ってきた。


「ねえ、龍郎さん」

「うん。何?」

「なんか、ここ、変な村だね」

「うーん。伝承が残ってる町村はいくらでもあるけど、こう霊場がたくさんあるのは珍しいな」

「そうじゃなくて、さっきから、僕らより年下の男を一人も見かけないよ」


 言われてみれば、そうだ。二十代くらいの男は何人か遠目に見た。でも、それより下の少年の姿がない。


「変だなぁ。千波ちゃんや千春ちゃんは高校生だから、女の子はいるんだけどな」


 女の子しか生まれない村なんだろうか? なんだか、それも常識では説明がつかない。


 そんなことを考えながら歩いていると、背後から軽い足音が近づいてきた。また、あの首なし少年の霊だろうか?


 が、ふりかえると、そこにいたのは日本犬だ。それほど大きくないので芝犬だ。日本犬は飼い主以外にはあまりなつかないのだが、その犬は丸まった尻尾をふって嬉しそうについてくる。


「あれ? どっかの飼い犬かなぁ?」

「野良犬じゃないの?」と、青蘭。

「野良なら、あんなに人間に尻尾ふらないと思うんだよな」


 だが、まわりに飼い主らしき人物はいない。とくに害もないので、そのままほっといて歩きだす。龍郎は犬も猫も、というか動物全般が好きだが、青蘭は生き物が得意ではない。


 そのうち、六地蔵のところまで来た。車道ではなく、雑木林のなかの道を通って、裏側からたどりついた。


「ここは、とくに何も感じないなぁ」と話していた矢先だ。急にうしろからついてきていた例の芝犬が、ううッと牙をむいてうなりだした。龍郎たちに向かってではない。雑木林の茂みの奥をにらんでいる。


 あわてて見ると、遠くのほうに、ゴワゴワした黒っぽい毛皮が見える。熊だ。距離があるので定かではないが、かなり大きい。後足立ちしているに違いない。


「どうしよう。青蘭。熊だ」

「熊は僕、やっつけられないよ」

「おれだって」


 いや、もしかしたらできるかなと龍郎は考える。たまに調子がいいと、退魔のとき、右手から剣が出る。剣があれば熊ともやりあえるかもしれない。


 龍郎は右手に意識を集中した。なんとか剣を呼びだせないか、そのときの感覚をさぐってみる。

 しかし、相手が悪魔でないせいか、龍郎の切迫度が足りないせいか、剣の出てくる気配はない。


(どうしよう。このまま、あいつが襲ってきたら、マズイぞ。なんとかしないと)


 龍郎は冷や汗が流れるのを感じた。

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