第1話 ろくろ首 その二
高速に乗って数時間。
途中、買い物や休憩などしながら旅をして、ようやく清美の親友の住む町までやってきた。
そこは今でこそ市に統合されているが、わりと最近まで、やたらに住所録に“字”の字を書かなければならないような
山道をぐねぐね入りこんだのち、村の入口に小さな祠があった。アスファルトの道沿いに六体の地蔵が立っている。
片道一車線の細道が村への唯一の連絡路であり、片側が切りたった崖になっている。
龍郎の実家もわりと山の中だが、ここほどではない。よくこんな場所に人が暮らしているなぁと感心した。雪の季節など、この一本道が通れなくなったら外界から完全に遮断されてしまうだろう。
先導は清美の乗った神父の車だ。神父はバイクだけじゃなく、自動車も所有していた。年収五千万らしいから、乗り物など好きなだけ変える。なかなかの高級車だ。
「なんだか、嫌な匂いがしますね」
さっきまでユニをダッコして、はしゃいでいたくせに、青蘭は地蔵の前をすぎたあたりで急に美しいおもてをしかめた。青蘭は悪魔の匂いをかぎわけることができる。龍郎も青蘭ほどではないが、このごろはその“匂い”がなんとなくわかる。
「そういえば、するね。悪魔かな」
「かもね」
「この道のさきだ。たぶん、村のなかだね」
「ろくろ首が出るっていうから、そいつだよ、きっと。ろくろ首なんか、さっさと退治して、観光しようよ。前に来たときは、清美のせいで廃墟の遊園地しか行けなかったし。僕、まだ北海道って言ったことないんだ。近いし、行っちゃう?」
「近いって言っても、そうとうな距離が……」
「ラベンダー畑って見てみたい」
「穂村さんとフレデリックさんもついてくるけど、いい?」
「ああっ、そうだった。おじゃま虫がひっついてた! 二匹も!」
青蘭に虫あつかいされているとは、二人は思いもしないだろう。そう思うと妙におかしい。
「前にこっちに来たとき、初めてキスしたよね?」
龍郎が言うと、青蘭の白い頰が如実に赤らむ。運転中でさえなければ、今すぐにでもこの場で唇を重ねるのだが。
「龍郎さん」
「うん?」
「僕のこと、好き?」
「もちろん。大好きだよ。愛してる」
「僕も……龍郎さんが好き」
幸せなひとときを車内ですごしたので、六路村までは、あっというまだった。
急カーブをまがると、とつぜん前方がひらけて田畑が広がる。きれいな棚田だ。雑木林やビニールハウスのあいまに、人家がポツリポツリと見える。
「十八世紀くらいで時間が止まってそうだね」と、青蘭は毒舌を吐きながら、先導の車を指さした。一軒の家屋の庭先に入っていって停車したのだ。
どうやら、そこが清美の友人の自宅らしい。ビックリすることに、まだ
龍郎はどこからが空き地で、どこまでが庭なのかもよくわからない草っ原に軽自動車を停めた。前の車から降りてくる三人に続いて、茅葺屋根の家に近づいていった。
「こんにちはぁーって、もう夕方かぁ。ばんじましてぇ。お晩でーす」
清美の呪文のような声を聞きつけて、なかから人がとびだしてくる。
「わあっ、きよちゃん!」
「ちぃちゃん! あいかわらず美人だねぇ。ひさしぶり。元気そうだね」
清美が出てきた女と抱きあう。
なるほど。たしかに、ちょっと美人だ。東北美人と言って誰もが想像するような、色白で細面の美女。でも、髪は短い。リンゴでたとえるなら、つがる。
「あっ、ちょっと。きよちゃん。イケメンがいっぱいいる!」
「ああ、みんな、わたしの友達なんだよぉ。いいでしょ? フレデリックさん、穂村先生。で、こっちの爽やかイケメンが本柳龍郎さんで、このスペシャル級の超絶美人が八重咲青蘭さん。悪魔祓いの専門家だからつれてきた」
「そうなんだ」
美人が恥ずかしそうに、しなを作って自己紹介した。
「初めまして。
たしかリンゴに、千雪という種類もあったんじゃないかと、龍郎は考えた。
すると、青蘭が
「言っとくけど、龍郎さんは僕のものだから」
ははは、と龍郎は苦笑いする。
まったくもって可愛いヤキモチ妬きさんだ。
「まあまあ、青蘭。美人がみんな、おれを好きになるわけじゃないよ」
「そうだけど。こういうのは先手必勝だから」
「困ったやつだなぁ」
二人のイチャイチャをフレデリック神父がおもしろくなさげな目で見ていることに、龍郎は気づいた。
(やっぱり、この人、青蘭のことが好きなんだよな?)
青蘭は千雪を、龍郎は神父をにらむ形で、家屋まで歩いていった。
家のなかは少し冷んやりしている。
客間だろうか。
「ご家族はいらっしゃらないんですか?」
龍郎がたずねると、
「出かけているんです」と、千雪は応える。
「今、お茶でも持ってきますね」
「いえ。それより、詳しい話をすぐに聞かせてください」
千雪は居ずまいを正し、話しだした。
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