第一話 ろくろ首
第1話 ろくろ首 その一
梅雨入り前の五月末。
このところ、毎日が平穏だ。
自宅の居間で龍郎と青蘭は思い思いにすごしていた。
龍郎が覚え始めた
「ユニ。なんで、そんなつぶらな目で、じいっと僕のこと見てるの? かまってほしいの? ダッコなの? ダッコなんだね? もう可愛すぎるぅー!」と、急に叫んだかと思うと、ソファーのような横長の座椅子にユニコーンのぬいぐるみを押し倒して抱きしめ、ジタバタする。
小ぶりで最高に形のいいお尻を見せて、両足をバタバタさせるその姿に、どっちが可愛いすぎるんだ、鼻血ふきそうだ、と龍郎は内心思う。
だが、幸いにして鼻血はふかずにすんだ。そのとき、カラリと
「はぁ。困った。困った」と、わざとらしく言って、ちらりと龍郎と青蘭のほうをながめた。あきらかに「何かあったの?」と聞いてほしそうなそぶりなので、しかたなく、龍郎はたずねた。
「どうかした? 清美さん」
食いぎみに清美の答えが返ってきた。
「はいです。聞いてください! 龍郎さん。青蘭さん。じつはですね。わたしの地元の親友がですね。助けを求めてきたんですよ。ろくろっ首って知ってますか? 首がうにゅーんって伸びるアレです。アレが毎晩、自宅にやってくるらしいんですよ!」
清美が言うと、どうにもコメディに聞こえるが、状況を想像すると、充分、ホラーだった。
龍郎は棋譜の本をパタンと閉じて、青蘭をうかがう。青蘭は聞こえないふりをして、ユニを愛でている。まだバタ足継続中だ。これまたしかたなく、龍郎は青蘭に声をかけた。
「青蘭。ろくろ首だって。悪魔かもしれないよ。行ってみよう?」
すると、バタ足をやめた恋人が、潤んだ瞳で龍郎を見つめてきた。黒い瞳がウルウル光るので、心臓にガツンと何かがこみあげてきた。
(かっ、可愛い! 抱きしめたい!)
たぶん、青蘭にはぬいぐるみのプラスチックの目が、こんなふうに見えているのだろう。これは両足バタバタもしたくなる。めっちゃ可愛いという自分の声が、一秒のあいだに千回くらい頭の奥で流れていった。
「僕、このおうちから出かけたくない」
「青蘭……」
「でも、龍郎さんが行くって言うなら、僕も行くよ?」
「じゃあ……行こうか?」
「うん」
というわけで、旅支度だ。
清美の地元は東北である。
龍郎たちの住むこのM市からは遥かに遠い。
「そろそろ本気で普通車、買わないとなぁ。軽で東北まで三人旅はキツイなぁ」
青蘭は服や日用品を現地調達するつもりらしく、キャリーケースは小さい。が、「ユニ。いっしょに行く? そうだよね。いつもお留守番じゃさみしいよね。行こ。ハニーは? ハニーも行きたい? 行きたいよね?」などと言って、ぬいぐるみをダースで抱えていきそうになったので、龍郎は制した。
「青蘭。今回はユニだけにしよう」
「えっ? 他の子たちは?」
「留守番」
「どうして?」
「車が小さいから」
「だったら新しい車、買ってきてよ」
「いやいやいや。納車までに手続きが必要だから。それに、ぬいぐるみたちが危険なめにあったら、青蘭が困るだろ? 大丈夫だよ。こいつらは仲間がたくさんいるから、留守番しててもさみしくない」
「……うん」
もめているうちに、玄関の引戸がガラリとあいた。
「おっ? なんだ、君たち。出かけるのか? どこへ行くんだ? 東北? いいなぁ。あのあたりは古代、このへんと交流の深い地域なんだ。日本海を船で行き来してね。共通の文化圏だった。話が聞きたいかね? 話してやろうじゃないか。静聴してくれたまえ」
よりによって、穂村だ。
龍郎の母校の大学の准教授をしている考古学者。以前の事件で知りあってからというもの、ひんぱんにこの家に押しかけてくる。
「すいません。今から出るので、お話はまたこの次に……」
「ちょっと待ってくれ。東北くんだりまで何しに行くんだ? もしかして悪魔退治? クトゥルフが出たのか? それなら私も行ってみたいなぁ」
「なんでですか?」
「失われた超古代の研究のためだよ! それ以外に何がある? さあ、私をつれていきなさい。超古代文明の謎の一端を見せなさい」
あいかわらず、押しが強い。
断ることはできそうになかった。
しかし、じっさい問題として、軽自動車に大人四人の上、それぞれの荷物付きで乗るのは厳しい。
途方に暮れていると、また玄関があいた。くすくす笑いながら、フレデリック神父がハンサムな顔をのぞかせる。
「困ってるみたいだな。先生は私の自動車でつれていこう。それと、清美さんを人質にもらっておこうか。君たちはジャマな私や先生をまいていこうとするかもしれない」
フレデリック神父は例のごとく、龍郎たちを監視しているようだ。このタイミングで現れたということは、すでに出かける準備を整えて張りこんでいたのだろう。
「えーっ、わたし、人質ですか? 龍郎さんと青蘭さんのイチャイチャが見れないじゃないですか」
清美は不服申し立てをしたが、青蘭があっけなく味方を売りに出す。
「清美ならあげるよ。僕は龍郎さんと二人がいい」
「青蘭さん。ちょっと悲しいです。わたし、ジャマしませんよ? 貝のようにおとなしく見てるだけですよ?」
「清美ならあげるよ。僕は龍郎さんと二人がいい」
青蘭は同じセリフをくりかえすという小技で、清美を沈黙させた。
「……じゃ、行こうか。清美さん、ガスの元栓しめた?」
「しめましたです。はい」
「戸締りもしっかりしてあるな」
「もちろんです。はい。行きましょう! レッツゴー清美ホームです」
なんだか予想外に、にぎやかな旅になりそうだ。
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