第5話 TRICK OR ?

近頃この沙山で悪戯が多いらしい。

悪戯も悪戯、内容は幼稚なものだ。

隠しておいた木の実が無くなっている。

料理に使っていたお皿が無くなったりといったものだ。

そんな些細な事件だからか、被害にあった妖もロクに犯人捜査をせず「所詮子どもの悪戯だ」と笑っている。


好奇心の塊である私は犯人に興味があった。そこで、つー君と一緒に犯人を探してみることにした。

準備を終えた私はつー君を懐に入れて、聞き込みを始めることにした。


まず最初に訪れたのは最初の被害者、三目(みつめ)。

三目には事前に話をしていて、三目の家に転がり込んだ。

三目はその名の通り目が三つある妖で、姿は山童とあまり変わらない。か細い手をにぎにぎしながら話に応じてくれる。


「あぁ、悪戯っ子についてね」


「うん。なにか心当たりとかある?」


「うーん...心当たりってもねぇ...」


三つの目をぱちぱちさせ、考えながら三目はこう言う。


「ねぇな」


「誰かを怒らせちゃったとかは?」


「おいおい、ここを何処だと思ってるんだ?ここは沙山。妖なんてごまんといるぜ。怨みなんてもんは腐るほどくれてやってるよ」


三目は台所だと思われる場所から鉄瓶と湯呑みを持ってくる。


「妖の数も多いってことで、犯人なんか割り出せるわけねぇって」


よく分からない緑色の液体を啜りながらそう言う。

私がこの事件について諦めようかと思っている時に三目は「けどよ」と話を続けた。


「犯人を探す気はないが犯人は許せねぇ」


「というと?」


「犯人は俺っちが大切にしてた湯呑みを盗みやがったんだ」


「え?そうなの?」


「ああ、あの湯呑みで飲む茶は美味かったんだがな...くそ!」


歯を噛み締めた三目は力1杯に湯呑みを机に叩き置く。

三目に「ありがとう」と伝えてこの場を立ち去った。

次の妖に向かう道中、つー君に意見を問う。


「どう思う?」


「んー?別になんともいえねぇな」


「数ある湯呑みから三目が大切にしていた湯呑みをわざわざ盗んだって所だよ」


私がそう言うと、つー君はひょうきんな顔をしてそうな声色で


「そうか?」


と言った。


「そう?」


「ああ、ただの偶然さ。犯人からしたら三目の大切なーとかはどうでもいいんじゃねーか?」


「たまたま入った家がたまたま三目の家でたまたま大切な湯呑みだった...全てたまたまだっていう可能性さ」


「そんなこと言ったら、なんでも言えるじゃない」


「まあな。だが、可能性の一つだぜ?」


次に話を聞くのは山童の所だ。

3日くらい前に「俺の食いもんが盗まれた〜」って騒いでいたのを覚えている。


「やあ、山童。来たよ」


非常に汚い山童の家にお邪魔する。

山童の家は太い木をくり抜いて作った家で、なんとも言えない狭さが特徴だ。

ただでさえ狭い家なのに食べカスやらガラクタやらで座るスペースすら限られてしまっている。

山積みになっているガラクタの上に座っている山童がこちらを振り返る。


「よっ」


「相変わらず汚いね」


「うっせ。便利なんだよ」


と言っている。私はよく分からない鉄で出来た何かを足で蹴飛ばし、座るスペースを作った。


「よっと」


「お前...人のものを」


「だったらもっと人を持て成す準備をしなよ」


「これがそうだ」


なにやら胸を張って言う。胸をはることではないし褒められたものではない。

どう反応すればいいのか分からなかったので、1拍置いて話を続けた。


「それで、なにを盗まれたの?」


「ああ、俺が大切に食べようとしていた木の実が無くなっていたんだ」


「ふうん、食べたんじゃない?」


「お前ケーキのこと根に持っているな...」


当たり前だ。ケーキも怨みは晴らしても晴らせきれないほど重い。


「...お前じゃないよな?」


「失礼な!」


「わりいわりい」


こういったやり取りは結構やる。恐らく本気で言っているんじゃない。

仲が良いからこそ出来るちょっとしたやり取りだ。


「実はな、俺は犯人に心当たりがあるんだ」


「そうなの?」


「ああ、木の実が無くなった日、小鬼がこの辺を歩いているのを見たんだ」


「へぇ...おかしいね」


小鬼は山童達が住んでいる場所とは違う...もっと山の奥の方に住んでいる妖だ。逆に山童達は比較的山入口に近い所に住んでいる。

これは小鬼達は人が苦手でなるべく近寄りたくないという理由からである。

そんな状態で人が近い...というより私が住んでいるこの辺りに来ることはない。


「なるほどね」


「流石に小鬼らを見間違うことはない」


「だね、ちょっと調べてくる」


「気をつけろよ。奴らがそこまでするってことだ。何かヤバイことが起きてるかもな」


立って山童の家を出る。背中越しに聞こえた声を頭の中で数回復唱する。

私は小鬼達が住む場所へ歩き始める。

山の奥の方。見慣れた景色とはうって変わり、木の量が尋常ではない。方向も時刻もわからなくなり始めるほど暗く、ジメッとしている。

道という道はない。無理やり背の低い植物を踏み退けながら奥へと歩く。


自分の足音で時間を数えている。歩き始めて2時間は経った頃だろう。

ほんのわずかに木々の隙間から光が漏れ始める。その光の量と色から、丁度お昼頃の時間だと推定できる。

陽の光の反射で、暗かった道が黄緑色に光始めた。


「もうすぐ着くかな。ね、つー君」


「ああ、ヤシロが方向を間違ってなかったらな」


「はいはい」


そろそろ到着する。つー君と話をしながら最後にもう一歩き。

いつの間にか陽の光は途絶え、山は再び闇に覆われていた。


「後ろ!何かいるぞ」


つー君の声を聞いて右後ろを振り返る。

後ろには何も居なかった。でも、左腕が物凄く痛い。左腕を見ようと正面に向き直す。

向き直した私の正面、そこには私の左腕を咥えている妖が居た。

犬の様な形状をしていて、大きさは通常の大人サイズの犬位。しかし、通常と明らかに違う部分...体全体がドロドロに溶けかかっている。

口は大きく爛れており、むき出しの歯茎から異臭が出ている。

そのドロドロの体は血なのか分からないが赤みがかかっている。


「悪鬼か...」


私は呟く。悪鬼とは妖の成れの果て、悪意に蝕まれながら死を迎えた妖が、その悪意だけで蘇った姿である。

当然、悪意だけでは体を支配出来ず、体はドロドロに溶けていく。

知能は無く、ただ本能に従って生在る者を喰らう存在として、人と、妖から恐れられている。


私は懐に入れていた妖刀・慿雲に右手をかける。

身だけを引き出すとその刀身は美しい曲線を緩やかに描きながら伸びる。

小刀はその身を伸ばし、三尺...90cm程までなる大太刀へと変わった。

慿雲は不思議と重くはない。右腕だけでそれを構えて悪鬼と対峙する。

今、左腕があった場所を見る勇気はない。


「今回の件...悪鬼が犯人かもな」


「いや...それはない」


「悪鬼にはあんな悪戯はできない」


「確かに、悪鬼なら妖ごと殺して奪うな」


慿雲は軽く笑う。私は血の付いていない慿雲を払い血を落とす動きをする。


「私の腕、返して貰うよ」


悪鬼は私の左腕を吐き捨てる。

四足の膝を若干曲げたかと思うと勢い良く空を飛んだ。

私の身長を遥かに越す高さから今度は私の喉を目掛けて前足を構える。

近くに来た所を突いてやろうと慿雲を引く。


「あと少し...来るよ」


「ああ、ちゃんと刺せよ?」


私の射程に入るか入らないかの距離、悪鬼は空で1回走った。


「っ!速い!」


更に速くなった悪鬼の攻撃を受ける訳にはいかない。突きの構えをやめ、悪鬼の前足と平行に慿雲を構えて攻撃を受ける。

見事に悪鬼の爪は慿雲に刺さる。


「重い...!」


ドスンと全身に衝撃が走る。

その直後に悪鬼の爪と慿雲のぶつかる金属音が、私の可聴音ギリギリに響く。


「イタタタ...おいヤシロ!もっと丁寧に扱え!俺じゃなかったら折れてるぞ!」


「はいはい...よくそんなお喋りが出来るね」


片腕しか使えない私にとっては分が悪い。

柔術の背負い投げの要領で重心を後ろに逃がす。慿雲も体の動きに合わせ右後ろに引いていき、悪鬼の攻撃を後ろへといなす。悪鬼はその勢いのまま後ろへと飛んでいき、数メートルの所で爪を使って無理やり止まる。

すぐにこっちを見る。

倒れた姿勢を直し、慿雲をもう一度構える。今度こそ突く。



悪鬼はこちらを見ながらグルルと唸り声を鳴らしていた。


「行くよ」


慿雲にそう言ってから悪鬼に向かって走る。

同時に悪鬼も私に向かって走ってくる。

爪ではなく今度は爛れた口をより一層大きく空けて来ている。

悪鬼との距離、20cm。わざわざ狙いやすくしてくれたその口に慿雲を突き刺した。

突き刺したと同時に慿雲を地面へと下ろし、悪鬼のハラを捌く。

犬とは思えない...まさに獣と言えよう断末魔を上げ、悪鬼は力無く地面に倒れた。


「はあ...」


「うげぇ...体がベトベトだぜ...」


今度はちゃんと血に塗れた慿雲を払う。

血を取ってから鞘へと静かに収めていく。

カチっと音がなってから、あらためて倒れた悪鬼を見つめる。


「死んだか?」


「...多分」


「おいおい...それじゃあ困る。土になったか確認してくれ」


慿雲がそう言ったように、死んだ悪鬼はドロドロの体をサラサラの土へと変え、そのまま消えていく。

悪鬼の死を考えていると目の前の悪鬼もサラサラと消えていった。


「死んだね」


「そうか。それで、お前は平気か?」


そう言われて左腕が無いことに気がつく。

不思議なものでそのことに気がつくと痛みが襲ってきた。


「イテテ...大丈夫じゃないね」


「全く...ああ、あそこに落ちているな」


あそこが何処なのかは分からないが左腕を見つけることが出来た。

悪鬼の体かベトベトしているものが付いていた左腕は、今はもうサラサラとしている。

私はその左腕を元にあった位置に戻す。すると、肩と腕から細かい紐のようなものが伸びてきて、暫くすると完全にくっついた。


「ふう、これでよし」


くっついた左腕をグルンと回す。痛みも引いた。


「相変わらずキモイな」


「体が伸びるつー君も同じだよ...」


「さて、行きますか」


改めて小鬼の所へと歩き出した。

日は一層強くなったらしく、木漏れ日でこの道は明るくなっていた。

今度の道中は何事もなく、目的地に着くことが出来た。

ここは数人の小鬼が住む集落みたいなもので、小規模な藁で作られた家々がポツリと並んでいる。


「どの小鬼だったかってのも重要だな」


「そうだね...でも細かい容姿は聞いてないし....」


周辺にいる小鬼をチラッと見てみる。

正直どれがどれだか、違いが分からないほどそれぞれの容姿が似ている。


「適当に声掛けしてみるか?」


「そうだね...すみません」


「はいなんでしょ...って...」


近くに居たからという理由で声をかけた小鬼はこちらを見るや否やあからさまに嫌そうな顔をした。


「少しお話を...」


私が全てを言い切る前に「忙しいので」とそそくさ行ってしまった。

どうしたものかとウンウン唸っていたら

なにやらそそくさと家に帰っていく小鬼を見つけた。

その小鬼は他の小鬼と比べても背が低く見えた。

その子の姿が妙に目に入る。私はその子に声をかけることにし、その子が入っていった家にお邪魔した。


「コンコン。こんにちは」


「だ、誰ですか?!」


出てきたのはさっきの小鬼だった。近くで見ると余計に背が低い。私のお腹辺りまでしかない小鬼はビクビクと私を見つめている。


「いきなりごめんね。聞きたい事があってね」


「な、なんですか...?」


「盗みって悪いことだと思う?」


どうカマをかけてやるか悩んでいたが、出てきた質問がそれだった。

私がそういうと小鬼は更に怯え始めた。


「悪いことです」


反応を見るに、この子が犯人だと確信した。しかし


「そうだね。でも、私はそうだとは思わないね」


「えっ?」


「盗まなければならない理由があるなら、しょうがないと思うよ」


本音は違う。だがなぜこの子が盗みなんてしたのかが気になったので、それとなく誘導してみる。

小鬼はとても小さい声で


「こっちです」


私を奥に案内する。

通された部屋にいたのは横になっている小鬼だった。額には汗が滲んでおり、その表情は苦しそうに見える。


「お母さんです...」


そう説明してくれる子の傍には食べ終わった木の実や湯呑み、お皿といったものが転がっていた。


「なるほどね...全く」


「ごめんなさい...」


「他の小鬼は?」


「助けてくれませんでした...お父さんが居ないからって...」


差別か。片親だからって...それでは両親がいない私はどうなるのかな。


「名前は?」


「...僕の名前はアガギギ」


「アガギギね。明日、ご飯と食器、あとお菓子も持ってくるね」


「え?」


「それとよーくきくお薬も」


「なんで...そんなことしてくれるの?」


純粋な疑問だったのろう。

そんなの、単純なことだ。


「アガギギ、君が私の友達だから」


「友達 ...」


「その代わり盗んだものは返して貰うよ」


「悪戯の代わりにお菓子をね」




盗まれたものは全て返した。

とはいっても、食べ物は返せないので事情を説明して納得してもらった。

とはいっても私がその分食べ物を渡したんだけど。

アガギギの母親の体調は回復したということで、わざわざお礼と謝罪をしにこっちの方までやってきた。

ひとまずこの一連の事件は解決した。

しかし、最近悪鬼のが増えている気がする。くれぐれも帰る時は気をつけて欲しいものだ 。


社の杜 6話に続く

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