第4話 ヤシロのドキドキ☆アルバイト

ー清々しい朝のはずだった。

人である私が食べられる食料の1つ、食パンが1枚もない事に気がつく。

清々しい朝は、もう無い。


「はあ」


わざとらしく溜息を零す。近くにいたつー君に聞こえたみたいで「どうした?」と声をかけてくる。


「いや、食パンがなくてね」


「ああ、あのカッチカチのまずいパンね」


「まずいけどここでは貴重な食料だよ...というかつー君も食べてたよね?」


そう、刀の癖に食パン食べるのだ。口は見当たらないのにどうしてか、食パンがみるみる減っていくのをこの間見た。


あの食パンは山の入口に落ちていたものを有難く拝借したものだ。危険といえば危険だが私の鋼鉄の胃袋をもってすれば余裕の完食である。


「しかし...あれがないとご飯どうしよう」


改めて呟く。つー君が何か打開策を出してくれないかと期待しての事だった。


「うーむ...そうだなぁ...飯かぁ...」


つー君は無い腕を組みながら考える。

ここで「ほらヤシロ、黒毛和牛だぜ。気にすんな、いつものお礼ってことで受け取ってくれよ」なんてなんて、期待してもそこにいるのはただの刀である。


「アルバイトしかないんじゃないのか?」


無慈悲な言葉が刺さる。


「えぇ...嫌だよ」


「いやなんでだよ。現実的な話、それしかないだろう」


生まれてから15年、この山でしか暮らしていない少女に何が出来る。

建前も用意してあるがようは単純に働きたくないのだ。しかし、働かなければならないというジレンマが待っているわけで...。


「...........わかった。働く」


私は決意した。


「...熟考してたようだが決意してくれてよかったよ」


私は人生初のアルバイトに望む。


「ここかな...」


山から遠い場所は大変なので山の麓にある小さな喫茶店。そこでアルバイトの募集をしていたので面接に挑む。

1人は心細かったが流石に刀を持ち歩くわけにはいかないので、今回つー君には留守番をしてもらう。


喫茶店ー粗茶ー

店名が粗茶とは面白い。

まさか出しているものさえ粗悪なものではないだろう。謙虚さを感じるネーミングだ。


扉に手を掛けてゆっくりと押す。ギィっと心地の良い抵抗を浴び、チリリンとベルがなった。


「おや、いらっさい。こんな若い子が来るなんて珍しい限りです」


若干なまりの入った挨拶をして出てきたのは初老の男。キッチリとキメている七三分けの髪には所々白が見える。

シワが一切ないカフェコートを着こなすこの男こそが、この喫茶店の店主だろう。


「初めまして。ここでアルバイトの募集をしているということを伺いました。ヤシロと申します」


私がそういうと男が4重の瞼をひん剥いて


「おお、これはこれは!」


「まさかこんな喫茶店にアルバイトに来て下さるとは...思ってもありやせんでしたよ」


「私住んでいる所がこの近くなもので」


「なるほど...何処にお住いで?」


「沙山の方です」


私がそういうと男は「ほう...」と息を溜めた。


「沙山かい...なるほど...よいよい、そんな事よりもアルバイトについて聞きたいじゃろう」


「ええ、お願いします」


「嬢ちゃん、歳はいくつかね?」


「15になります」


「15?...随分とお若いのぉ」


「ダメですか?」


「いやいや、若いからこそ感心じゃ。お嬢さんが良ければ、すぐにでも働いて欲しい」


これは好都合だった。まさか面接もせずに雇ってくれるとは思わなかった。

それにしても何故この男は何も言わないのだろうか。通常、15の女がアルバイトを探しに来ているというのであれば、何か聞くことはあるだろう。

にもかかわらず直ぐに話を変えたこの男には何か思う所があったのだろうか。


疑問を抱きつつ話を進めた。


「それは助かります。えっと...何曜日に働いて大丈夫ですか?」


「うーむ...なら週3、日水金でどうかの」


「是非ともお願いします」


私がそういうと男は何度も頷きながら


「しっかりしておる」


としみじみ言う。果たしてそうだろうか、などとうんうん考えていると申し訳なさそうに男は声を出す。


「それでだが...今日は日曜日なんじゃ」


なるほど、そういうことか。

私としても早めにお金が貰えるのは嬉しい。早くお金を手に入れないと飢え死にしてしまう。


「はい、早速お願いします」


迷うことはなかった。


「そうか!それは助かりますわい」


男は目をキラキラさせながら言う。


「じゃあこっちで家の制服に着替えてくだせい...ええと、Sサイズくらいかの?」


「ああ、後細かい契約類に関しましてはこっちの方で行いますので、お願いしやす」


と言って、男はそそくさと何処かへと足早に去っていった。

更衣室らしき所で巫女装束をするすると脱ぎ制服に手を通す。Sサイズでも若干余る。デザインは至って普通、茶色を基としたカフェコートだ。男が着ていたズボンタイプではなく、少し短めのスカートだった。


「ふむ」


姿鏡の前でくるっと回ってみる。

スカートが軽く踊り、中身が見えない程度に跳ねた。


私が更衣室から出ると男がカウンターで待っていた。私はその男の前に、カウンター越しに立った。


「着替えて来ました」


「おお、よく似合っとる」


「では、今更ながら自己紹介をしよう。私がこの喫茶店のマスター、乾と申します」


深々と頭を下げられそう言われた。

サボりのない、キレイな礼だった。


「ヤシロです。これからよろしくお願いします」


返しの為もう一度挨拶をする。

マスターは「うんうん」と言いながら


「接客を教えよう」


こうして、一通りの接客方法を教わった。

挨拶して、注文を受け、マスターに伝えて配膳する。準備が出来た所で扉がギィっと音を立てた。

私よりも先に扉を見たマスターが声を貼る。


「おお、これはこれは。今日はなんといい日でしょうか。こんなにも若い方が来て下さるなんて...いらっさいませ」


私も扉に目を向ける。そこには朝雲と山童がいた。


「よお、ヤシロ!」


私が何か言う前に山童が手をあげてくる。

それを聞いたマスターが反応する。


「おや、ヤシロ君の友達かい?」


「は、はい!そ、そうです。お邪魔でしたか?」


「まさか!サービスするよ。お好きな席へ座んなさい」


マスターが店内を指さす。2人は「はーい」と窓側のテーブル席に座った。


「ヤシロ君」


不意に呼ばれた。


「はい」


「せっかくだし、あの2人を練習に接客してみんさい」


「はい」


正直やりたくはなかった。このような場所で友人に接客するというのは少し気恥しい部分がある。

キッチリと接客をするのが嫌だなのだ。

私は教えて貰った接客を崩しながら2人に話かけた。


「い、いらっしゃい。注文は?」


「おお、ヤシロか!じゃあ俺ブレンドコーヒー!」


「私も同じのをお願いします」


2人の目がキラキラしてることに気がつく。

私がこうして働いているのが楽しいのだろうか。


「マスター、ブレンドコーヒーを2つです」


カウンターにいるマスターに声をかけると、マスターはにこやかな笑顔でピースを返してきた。


「それにしてもヤシロがバイトかー」


山童君が話を切り出してくる。


「流石に生活が苦しくてね」


「山ですと食べ物とか困りますよね」


「あっ、あとお洋服とか」


などと給料の使い道を談義している所へマスターがやってきた。


「はい、ブレンドコーヒーお待ちどさん」


「わー!ありがとうございます!」


笑顔で返した後再びカウンターに戻っていく。コーヒーとの距離はだいぶあるが、それでも香ばしい香りがする。

朝雲がミルクと砂糖をサラサラ入れているのを後目に山童はそのまま飲んでいた。


「山童ってブラックで飲めるんですね」


「あったりまえよ!」


無理しているようにも見えなくはない。

からかってやろうとしたら扉がギィっと鳴った。


「ごめん、お客さんだ」


「ああ、俺達は気にせずに行ってきていいぞ」


手だけで返事をして扉へ向かう。


「いらっしゃいませ」


深い礼を入れてから顔を上げる。

そこに居たのは若い女性だ。


「こんにちは。初めて見る子ね。新人さん?」


穏やかな声で話かけてくる。

仕草や身なりから二十そこそこの年齢だろう。オレンジのシャツにデニムパンツとシンプルな格好をしている。


「はい、今日からここで働かせて頂いてるヤシロと申します」


「あら、そうなの。よろしくね」


「私は朱美、ここにはよく通ってる...いわゆる常連ね」


そういいながら彼女はマスターに軽く会釈する。マスターもそれに応じた。

その後彼女は店内を見渡し山童達が座ってる席を見た後、そこの真向かいのカウンターへと移動した。


「あら?珍しいわね。この店にお客さんなんて」


彼女がそういうとマスターが「ハハハ」と乾いた笑いを零す。


「ブレンドコーヒーをお願い」


振り返って私に注文をする。

私は「わかりました」といって去る。


暫くしてマスターがコーヒーを渡す。

彼女はコーヒーを1口啜った後、「ねぇ」と声をかけてきた。


「ヤシロちゃん、ちょっといい」


「はい」


「実は私はね、ジャーナリストをしているのよ」


「そうなんですか」


と返しながらカウンター越しに彼女の前に立った。マスターは「何かあったら呼んで」と事務所の方へ下がっていった。


「それでね、この辺りの何か事件や超常現象みたいな記事を書くんだけどさ、ヤシロちゃん最近変なことない?」


そう聞かれた。正直な話、私の日常は一般的に変な事ではある。しかし私にとっては変な事じゃないので。


「いえ...特には」と返す。


「そっかぁ...」


といいながら彼女はチラっと山童達を見る。


「何か事件とかがあったんですか?」


私は尋ねる。


「んー?まあ事件ってほどじゃないけど、用意していたご飯がなくなったり、ものがなくなったりとかあるらしいよ?妖の仕業...なーんてのもあるらしいよ」


妖という言葉が出た瞬間ドキっとした。

私の反応を見ると彼女は


「まあ噂話だけどね」


と嘲笑った。


「でも見たって人もいるらしいし、いつか絶対スクープを撮ってやるんだ!」


彼女は一眼レフを構えて笑う。

妖というものは基本、人には見えない。

しかし

力のある妖は人に見える。

力のない妖は人には見えない。

もっと力のある妖は人に化けることが出来る。


山童達は人に見える妖である。しかし、人に化けることは出来ない。

山童達は元々、人の姿をしている。なのでこうして街に出てきてもそれほど不自然ではないのだ。


当然、人の姿をしていない妖もいる。

その類が人に見られて噂になっているのだろう。


「今度沙山に入って見ようと思っているんだよね」


朱美さんはコーヒーをがぶ飲みしてから力強く言う。


「そうなんですね」


心在らずで返事をする。

私の態度に不満そうに朱美さんは体を椅子の背に預ける。


「ですが」


「気を付けてください。沙山はよく行方不明者がでます。行かない方がいいですよ」


私は一応、彼女に警告をしておくことにいたのだ。





「ヤシロ君」


すっかり夕暮れ時になった。

オレンジ色に照らされた店内でマスターが声をかけてくる。


「はい」


「今日はお疲れ様。はい、今日の給料」


渡された袋のなかには一万と二千円が入っていた。


「こんなにいいんですか?」


「ああ、急にだったからね。ほんの気持ちだよ。また次の時もよろしくね」


「はい、ありがとうございます」


初日のアルバイトは初めての事だらけでとても疲れた。しかし、お給料を貰った時、その疲れは何処かに飛んで行ってしまった。


着替えて店を出ると山童と朝雲が待っていた。

こんな時間まで待っていたのか。

最初のコーヒー1杯でどれだけ粘ったんだか。


「よっお疲れ様」


山童が手を上げる。全く、恥ずかしいからやめて欲しい。


「2人もね」


短く返して家に向かう。


「そうだ、お給料貰ったからケーキでも食べよっか」


「いいの!?」


2人は小さくジャンプしながら喜ぶ。

こうして、私の初アルバイトは終わった。

心地よい体の疲れと共に、三人の影は夜に飲まれて消えていった。


社の杜 5話に続く

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