第3話 その者の名は

沙山は異常な程木々が生い茂る。

その癖無駄に広いちゅうことでよく迷子になる人が後を絶たん。

それ故ここで誰かが行方不明になろうとも警察はろくに捜査もせん。


だからここによく子どもが捨てられるそうだ。


儂はいつものように山入口の近くに生えとる木の枝から街を見ていた。

すると随分と若い夫婦が山に入っていくではないか。


こんな山に何をしに来た?疑問に思った儂は暇だったというのもあり、夫婦の後をつけてみた。

夫婦はこの山でも比較的大きい川...沙川沿いを上流に向かって歩き続ける。

よく見ると女はバスケット籠を抱えとった。まさかピクニックではあるまい。

なんとなくこの夫婦の目的を悟った儂は、最後まで後をつけて行くことを決めた。


2、3時間程休憩しつつ歩いた夫婦は川の途中、ある祠にバスケット籠を置いた。

男が「ここまで来ればいいだろう」と女に話しかけた。女は頷いて籠を置きっぱにして川沿いを下った。


祠は祠と呼べるほど立派な作りではない。

手入れのされていない檜に囲まれ、屋根が所々剥がれておる、とても小さな祠じゃ。

あの祠は確か...八名主の祠だったか。


完全に夫婦が居なくなったのを確認してから、儂はバスケット籠へと近づいた。

籠自体はとてもキレイでまだ新しい。

これでピクニックだったらどんなに良いことか。

恐る恐る蓋をあける。おお、なんということか。

赤ん坊がそこにはおった。

可哀想に...こんなにやつれて。

細々としている赤ん坊はそれでも必死に生きようと泣いておる。

儂が手をそっと差し出すと、弱い力でそれを握る。

何故この子は捨てられてしまったのか。

若気の至りなのか、それとも金銭的な問題だったのか、儂はこの赤ん坊の健気さに、すっかり魅入られてしまった。


儂がそうしていると声を掛けられた。


「傘像(かさぞう)、何をしている」


この声は八名主じゃな。まだ生まれて間もないが若いくせに力があり、落ち着いておる。儂が期待している妖の1人じゃ。


「また捨て子じゃよ」


儂が振り返らずそういうと全てを理解したかのようにバスケット籠を覗き込んでくる。


「この子はもうダメだな」


理解したからこそ、八名主はそう言い切った。


「まだじゃ...まだこの子は泣いておろう」


「断末魔というものだな」


「まだ助かる...何か方法はないか!」


儂の必死さに疑問に思ったのだろう。


「今に始まったことではない」


冷たい目で全てを切り捨てた。


「ああ、わかっておる...しかし見てみぃ」


儂はまだ諦めなかった。ここでこの子を見捨ててしもうたら、儂は妖ではなくなる。ただの獣になってしまう。不思議とそう感じて抵抗する。


「この子は生きようと必死なのじゃ」


「...わかっている。しかしここでは何も出来ん」


「なら神社に行こう。他の妖にも声を掛け、知恵を絞ろうではないか」


何故、儂がここまで行動するかはわからなかった。こうした事は八名主も言った通り何度もあった。勿論、可哀想だと思ってはきたが、ここまでではなかった。

ここまで行動する理由は何かあるはず、何かこの子には力があるのではないか、分からない事ばかりだが先に行動してしまう。


「...はあ、わかった。俺が声を掛けよう」


反対だらけだった八名主も、いつの間にか協力してくれている。やはりこの子には何かあるんじゃないか、薄々と感じる。


沙山神社に皆を集めた。皆といっても数多くいる妖の内、儂が知っている少なき数ではある。しかし、頼れる連中だらけだ。


「というわけじゃ。どうか、皆の力を貸してほしい」


赤ん坊を中心に皆で囲む。

すっかり弱りきった赤ん坊はもう、動く事すらままならなくなっている。

為す術もない、皆もまた「うーん」と唸るばかりである。

こうしている間にもあの子は弱ってしまう。僅かしか流れていない時間に儂は焦り始める。


「なんでもいい!なにかないか!」


焦っても良いことはない。なんてことは数千年も生きてきた儂

良く知っておる。しかし、焦らずにはいられなかった。

すると1人の妖の手が上がった。

まだまだ幼い女の妖...名は確か、朝雲と言った。


「あの、1つよろしいですか?」


「ああ、言ってくれ」


「昨日、街を行く子どもから聞いた話なんですが...」


と前置きをしてから、彼女は話しを始めた。


「弥生の月に神と契約を交わし、人形をこさえ、厄を人形に閉じ込める神事があると言われています」


「その際に厄を齎すもの...悪鬼の目を欺く為、人の魂の一部と神の魂の一部人形に宿す。と」


「それがどうした?」


「つまり、その術を応用して、私達妖の魂をその子に宿すのはどうでしょう!」


とんでもない案が出された。

多くの妖が「何を言っている」と各々口に出し場は荒れ始める。

代表して儂が問う。


「その子に儂らの魂を宿したらどうなる?」


「...はい。その子の生命の器は減っています」


「その減った器に私達の魂を少しづつ加えることでそれを補完するのです。そうすることでその子の生命は満たされ続け、私達

の魂が無くなるまで、その子は生きることが出来るかと」


そう彼女は言い切った。

「ありえない」という考えを多くの妖が秘めていただろう。しかし、彼女のそのまっすぐな目を見ると、なぜだか上手く行きそうな気がした。


儂らは急いでその術を用意した。

赤ん坊を人形として儂らの魂の一部を宿す。

ここにいる妖、224の魂が。

この赤ん坊は、224の妖が全て死なぬ限り生き続ける。

この杜に住まう妖の社となるその者の名は。


ヤシロ、という。




儂はいつものように山入口の近くで街を見ていた。

ふと声を掛けられる。


「なにしているの?傘像」


「ああ、なぁに、ただボゥと街を見ていただけじゃ」


山に捨てられた少女は、妖と共に15年生きた。


「そう、私も見ていい?」


「ああ、いいぞ。ヤシロ」


社の杜 4話に続く

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