第2話 名探偵ヤシロとチョコレートケーキ事件

瞼の裏が眩しくなったのを考えると恐らく残念ながら、朝だろう。

いつものように黒の長髪を整えて顔を洗う。


この神社の備品だったのだろう、真っ黒の巫女装束を着て準備を終える。

この服は私には少々大きすぎたようで、裾を少し切らなければ地面を剃っていた。

今は膝下程度に切ってある。

それでも袖は大きく、手を伸ばしても完全には出てくれない。ここの調整は私には難しい。


さて、今日の朝は特別だ。

なぜならわざわざ街の方へ行って買ってきたケーキがあるのだ。

朝から...とは思うだろうが朝だからこそケーキなのだ。


神社にあった冷蔵庫に入れて置いた。

電気は通ってないけどそこら辺に放置しておくよりはましだろう。


「では、待ちに待ったケーキ...頂きます」


冷蔵庫の前で礼をする。これは神聖な行為なのだ。祈祷が終わったら扉に手をかけた。




「私のケーキを食べたのは誰だぁぁぁ!!」


友達を沙山神社に集めた。犯人はこの中にいるはずだ。私は、つー君を天に掲げながら問う。


「おいおい、俺達の中にそんなことする奴はいないだろう?なあ、八名主」


と友達の1人山童(やまわらし)君が気だるげに声をあげる。声を掛けられたやな君は「ふんっ」っと鼻で笑っている。


山童君の容姿は幼く身長も私と大差ない。

だからこそ仲良くなれたとは思う。

山童君は確か山わろとかいう種族だったと思う。あんまし覚えていない。


「くだらないな。どうせヤシロが食ったのを忘れてたんだろう」


やな君がこっちをジト目で見ながら言ってくる。


「そんなわけない!今日の為に楽しみにとってたんだよ」


と声を荒らげ、つー君をやな君に向ける。

すると「その通りだ!」と同意の声があがった。


「ヤシロの言う通りですよ!ケーキを食べた事を忘れるわけないです!」


やはり女性の味方は女性だけだとしみじみ感じる。

彼女は朝雲。雨女とも呼ばれているらしい。

彼女の身長も私と山童君と大差ない。彼女の方が少し高く 、話し方は大人びているものの、声は幼さを感じる。

私と正反対の真っ白な巫女装束の裾がぴょこんと揺れる。


「なんだ朝雲?ヤシロを庇うのか?」


「何ですか山童!庇うも何も!被害にあったのはヤシロですよ!」


2人が言い争っているにもかかわらず、やな君は変わらず興味なさげだ。


「はあ、だいだいこの3人の中に犯人がいるのは確かなんだろうな」


「3人というか2人と1匹だけどな」


「うん、この中にいるのは間違いないよ」


「なぜなら犯行予告時間、神社周辺に居たのがあなた達だけだから」


と説明をすると、山童君が「けどよ」と割り込んできた。


「妖ならとんでもねぇ速さで逃げることも可能だろ?そうなったら意味ねぇだろう」


と頭を組みながら小突いてきた。


「だったらなんらかの痕跡が残るはず。それに木霊さんもそんな妖は見てないって言ってたし」


「むぅ...ならそうなのか...?」


少し腑に落ちない感じか、山童君は首を傾げて唸っている。


「ヤシロ、そのケーキはいつから買っておいたんだ」


やな君は地べたにベターっと寝っ転がって聞いてくる。


「そうだね。昨日の朝かな。街へ行って買ってきたんだよ」


「そしてお昼前に帰ってきて冷蔵庫に入れて置いた」


「それから今に至るわけですね」


「うん。その後散歩に行ったけど夕方まではつー君が留守番してたし、当然夜は私がいる」


「ならば犯行はヤシロが寝ている間に行われたという事か」


「流石やな君!その通りだ!」


「起きてからは難しいですね」


「うーん...そうかもだけど着替えてる時とかも有り得るね」


こうなってくると犯行時刻の特定すら難しい。取り敢えず、3人のアリバイというものを聞いてみようと思う。


「では、皆さんのアリバイを話してください」


「おいおい!俺達を疑ってるのか!」


「今更ですか?!」


「はあ...ヤシロ」


と、やな君が最初に口を開いた。


「なに?」


「お前が買ってきたのは人間のケーキだな?」


「うん?そうだね」


私がそう言うとまたため息をつきながら続ける。


「なら、よく考えてみろ」


「俺は人間のケーキなんぞ、食べたいとは思わない」


キッパリ言い切ったやな君に対して朝雲は「?」を頭に浮かべている。


「どういうことですか?」


「俺の体のサイズを見てみろ」


「人間用のちっぽけなケーキなんぞ、俺の体の欲求を満たすものではない」


寝ていた体を立たせてこれでもかとアピールをしてくる。

言われるとあんなに大きな体をしているやな君が、私のケーキを食べたところであんまし意味はないと思う。しかし


「わかりませんよ?物凄く美味しいケーキでしたら、量がなくとも満足出来ます」


朝雲が私の言いたかった事を言ってくれた。

流石です。


「食べた事のないケーキの味なんてわからんだろう」


諦めの悪いやな君は粘る。


「まあ、八名主様の言う通りだ。サイズを考えると俺か朝雲だな」


暗い赤が入っている作務衣の紐を締めながら山童君が呟く。


「わ、私じゃないですよ!」


当然の事ながら朝雲が言う。

このままではこのままで、なんも進展せずにこのやり取りの繰り返しになってしまう。うーん。


「...私はケーキを食べた事に対して怒ってはいません」


場を動かすには私が動くのが1番だと考えた。

こうなったら先生、怒らないから名乗り出なさい作戦を遂行する。


「そうなのか?」


といった表情で全員見てくる。

何を言っている。怒ってるに決まってるでしょ。


「はい。私はケーキを食べた事よりも、ケーキを食べた事を黙っていることに怒っているのです」


両方に対して怒ってます。


「そうだったんですね」


目を伏せながら呟くのは朝雲。


「友達のものを勝手に食べた挙句、それを報告しないのは大変悲しいです」


「やっぱお前怒ってないか?」


「なんですか山童君」


「いえなんでもないっす」


「...私の友達はお互いに変な隠し事をしない、大切な友達だと思っていました」


「でも、残念ながら違ったようです...怒り、というよりは悲しみが襲ってきます」


身を出していたつー君を鞘に収めながら小さい声で呟く。

実際は悲しみよりも怒りです。


「.........」


シーンとなった。このやり方では小学生ならまだしも、妖を騙すことはできないー


「ごめんなさい!」


.......よし。


「話して」


「...あのチョコレートケーキは」


話し始めたのは朝雲だった。

気のせいであってほしい、目が潤んでいる。


「昨晩、私と山童君と八名主様で食べました」


「そう.....え?」


え?聞き間違い?犯人の名前が複数人聞こえたけど。


「私と山童君と八名主様です」


「わ、悪かったな...あの時は凄く腹が減っていてな」


「詳しく」


3人が一瞬目を合わせたかと思うと、また朝雲が話し始める。


「昨晩、私と山童君がこの辺で遊んでいました」


「それで、少しお腹が減って...ヤシロの家に何か食べ物がないか探していたんです」


ちょっと待って、何してる?と言いたかったけど何か真面目なシーンなのでグッっと飲み込んだ。


「冷蔵庫を探して見ると、とても美味しそうなケーキが入ってました...以前ヤシロからここのケーキは美味しいよって聞いていたので余計美味しそうに見えました」


「やめようとは思っていました。しかし私のお腹と山童君のお腹の欲求を抑えることが出来なかったんです」


「それで、俺と朝雲が食べようした時、背後から物音がした」


なんかもう泣きそうな朝雲に変わって山童君が話を引き継ぐ。


「心臓が飛び出ると思ったよ。後ろを振り返ると八名主様がいた」


「あの時間に小さい妖がいるのは危ないからな。心配で見てたんだ」


「八名主様は聡明だ。俺たちがしようとしてる浅ましい行為を見られたらヤバイと思ったよ」


「すると八名主様は『そのケーキは誰のだ?』と聞いてきた。ああ、確認して怒られると思ったよ」


山童君はものすごい力で拳を握っている。

いやなんでそんなに悔しそうなの?


「ヤシロのです。俺がそういうと八名主様は息を飲むと『よし、じゃあ食おう』と言った」


「なんでだよ!!」


もう我慢出来なかった。


「いやヤシロのだったらいいかなって」


「良くないよ!というかそもそも私の家に乗り込んでいるのも問題だよ!」


「いやあそこは神社であってお前の家じゃないだろ」


正論を言うな。


「はあ...それで皆でケーキパーティ?」


「そうだ。でもあのサイズを3人で分けると足りなさすぎる」


「そうですね。なので次買う時はもっといっぱい買ってきてください」


「何故私が責められている...」


「というわけで早速街へいこーぜ!」


「いいですね!私モンブランがいいです!」


「何故そうなる!?」


その後皆で街へ行ってケーキを買った。

私の僅かしかないお金は行方不明になってしまったようだ。


皆で食べたケーキはいつもより美味しかった。

でもあいつらケーキ2個目だよね?


社の杜3話に続く

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