社の杜

えすきゅ〜

第1話 社の杜

木漏れ日さんが私に呟く


「今日は、いい日だね」


私はそれに対してなんも疑問も抱かず


「ああ、こんな日は散歩をしたいよ」


「あはは、また迷子にならないでね。この前は大変だったんだから」


「ごめんって...」


「この森は広いからねぇ...ちょっと行くとすぐ迷子になる」


「あなたでも?」


何気ない質問だった。木漏れ日さんはあははと一頻り笑った後


「まさか!僕のような木霊は動けない!迷子にはならないよ」


「そう...」


深い意味はなかった。ただ、会話を続ける為の種でしか無い質問だったけど、何となく彼を傷つけてしまったのではないかと感じた。

私の表情から察したのか


「でも、君のおかげで退屈はしないよ」


とフォローしてくれた。

私は背後にいるであろう彼に「ありがとう」と軽く礼をして1歩前へ、散歩を開始した。


ー沙山(イサゴヤマ)。この国の中心にある山らしい。標高は高くはないが木々が異常に生い茂るらしく、迷子になる子が多いそうだ。

また恐ろしい妖怪伝説なんてもので有名らしく、多くの大人達は寄り付かないらしい。

そういう理由もあってか、子供がよくここで行方不明になるという。


ここが、私の家。


「ヤシロ」


ふと名前を呼ばれた。少し考え事をしていて道のことなど意識してなかった。

あと半歩で崖から落ちる所に私は居た。危ない。


「ごめん」


振り返りながら謝る。助けてくれた彼にお礼を言わなければ。


「はあ、相変わらず注意力がないな...そんな所から落ちたら、痛いぞ」


痛いで済むのだろうか。下を覗いても木々の頭が遥か下に見えるだけで、底なんてものは見えない。


「ちょっと考え事をしててね」


「全く、考え事なら場所を選べ」


まったくだ。彼は少し伸びをした後、大きな口を開けて私を見る。


「帰るぞ。乗れ」


そう言い、四つん這いの彼は更に地べたにペターっと体をつけた。いつ見ても大きい。銀色の毛が非常に綺麗なお犬さん。私の10倍くらいはあるだろう。


「ありがとう、よっと」


体を下げてくれたとはいえ、150cm程しかない私にとってはそこそこキツイ作業だ。

もふもふの毛をよいしょと掴みながらげしげし登っていく。...痛くないのかな。


「乗ったか?」


水晶みたいに綺麗な青の目で私を見る。

「うん」と頷くと彼も頷いた...っと思ったら体が吹き飛ばされそうになる。

凄い勢いで空を飛んだ。

呼吸もままならないけど、剥がされたらヤバイので必死に掴む。


「大丈夫か?」


返事は出来ないので彼の毛を掴んでいる右手をエイって引っ張る。

彼は少し速度を落としてくれた。

少し呼吸は楽になった。


そんなに高い所を飛んでいるわけではない。けれど下を見ても木の頭が蓋をして地面なんてものはほとんど見えない。

この山は縦は短いけど、横には広い。歩くのは大変だ。

15年ここで生きているけど、この山の探索は全然出来ていない。

それほどこの山は広いのだ。


気がついたら大分速度が落ちてきたと同時に高度も落ちた。どうやら着いたみたい。


「ほら、着いたぞ」


乗った時と同じ姿勢になりながら言ってくれる。


「いつもありがとう」


「なに、おやすい御用だ」


と言ってから1拍おいて


「迷子を探すよりはな」


と呆れた声で言われた。

もうその話はやめて欲しい。お互い嫌だと思う。


「じゃあな、お休み」


彼はまたぶわーっとどこかへ飛んで行った。砂埃が舞い、コホコホしながら辺りを見渡す。

空はまだ明るい。

だからといってここで遊びに行ってしまうともう二度と帰れない。山は危険なのだ。


ー沙山神社。この山にある比較的大きな社 。とはいっても中程度の規模で、もう私以外人は住んでいない。

ここは他の木より少し高い楠に周りを囲まれていて、なんとなく神聖な雰囲気がひしひしと伝わってくる。


境内に入って本殿の襖をスーっと開ける。

中は当然暗い。奥にある座布団の上に小刀がちょこんと座っている。名前は憑雲(つくぐも)というらしい。私はつー君と呼んでいる。


「おお!帰ったかヤシロ」


ひょうきんな声が響く。つー君の声だ。


「うん、やな君に送って貰った」


「また八名主(やなぬし)様に世話になったのか」


「まあね」


やな君が、私の最初に出来た友達。

悪さをする子達から守ってくれたのが最初の出会い...。

そう、あの時は...


「ヤシロ」


思い出に耽けようとしたけど止められてしまった。


「ヤシロは1回考え出すと止まらんからなぁ」


「オイラの飯が出てこなくなるのは勘弁だ」


「もう、そこまでは考えないよ」


「どうだかなー」


失礼な小刀だ。お仕置が必要みたいなので夕飯は少なくしてあげよう。

なんて考えてるとつー君は「やれやれ」と続けて


「だいたい、散歩に行く時はオイラを連れてけよなー」


と言い始めた。私は夕飯準備...と言っても食パンを並べるだけだけど、それをしながら


「邪魔になるから」


と一瞥した。


「なんかあった時にオイラが居た方が安心だろ?」


「そうだけど...」


「あとこうして留守番してるのは暇だぜ」


そこが本音か。


「はあ...そうだね。わかったよ」


こうしてグチグチ言われるのも嫌なのでお願いを受け入れておく。


「頼むぜー。もしもの時はオイラが守ってやるからな」


「期待しておくよ」


固くなった食パンを頬張りながら外をチラっと見る。


「おい、オイラの飯少ないぞ!」


すっかり暗くなった灰色の世界。

朝とは真逆の顔。

明日は、何処に行こうかな。


社の杜 2話に続く

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