第11話 思い出はクリスマスデートで
「ただいま、母さん何作ってるの?」と言いながら、息子の啓介は妻がレードルを入れる鍋の中を覗き込んでいた。
「ハヤシライスよ、今晩はそれにサラダ」
妻の真由美が答えると、啓介は「えーそれだけ?」と言っているので、どうやら期待外れだったようだ。
「何、それだけって。何が不満なの」
「クリスマスだよ?なんかさ、七面鳥とかさ……ほら、色々あるじゃん?」
「だって、お父さんとお母さんは、クリスマスに何を食べても関係ないもの」
真由美は鍋の火を止めると、手ちぎりしたサニーレタスを器にもりつけていた。
「俺は関係あるよ、クリスマスだから晩飯も豪勢だと思って、友達とカレー食べに行くの断ったのに」
クリスマスに友達とカレーか……息子にはクリスマスにデートする彼女もいないのかと思えば、少しだけ可愛そうに思えてくる。
「そんなに言うなら、そこの店からフライドチキンでも買って来いよ」
僕は財布から五千円札を抜いて、息子に差し出した。
「オッケー!そういえば、香奈はまだ帰ってないの?」
「香奈は、サークルの友達とクリスマス会するから、晩ご飯いらないって」
香奈は今年から大学生になった娘のこと。啓介は話を聞いて、ニヤニヤと笑っていた。
「それ、絶対に友達じゃないよ。デートだね」
「それでもいいじゃない。啓介こそ、晩ご飯の文句なんか言ってないで、彼女くらいできないの?」
都合の悪い話になった啓介は、逃げるように買い物へ出かけた。真由美は平然とした様子で、ボールの中に合わせた調味料を混ぜながらドレッシングを作っているが、娘がデートと聞けば、男親としては息子のことと違って、気持ちは落ち着かない。
「ねぇ、運ぶのだけ手伝ってくれる?」
真由美の言葉に頷くと、僕は出来上がったサラダをテーブルへ運んだ。
去年のクリスマスは香奈もいたから、真由美もそれなりにクリスマスっぽい夕食を作っていたが、今年は啓介も何時に帰ってくるか分からなかったので、簡単に済ませようと二人で話した。
「でも啓介だって、あの時と同い年よ。まぁ、あなたに似てたら、どんなデートをするのか心配だけど」
真由美はクスクスと思い出し笑いをしているが、僕は何のことを言っているのか気づけなかった。
「あの時って?」
「覚えてないの?私とあなたの初デート。大学三年のクリスマスだったから、啓介と同い年じゃない」
真由美とは同じ大学の映画研究会で知り合い、仲間同士で映画を観に行ったり、食事などをしているうちに、僕の方が惹かれていった。
「でも、その前から二人で映画を観に行くことも、あったじゃないか」
「でも私らにとって、映画はデートじゃないんでしょ?でも、あの時は『映画館以外の場所に行こう』って言ってきたじゃない」
言われてみれば、そうだった。けれど、『映画はデートじゃない』と言っておきながら、その後もデートは映画館ばかりだった。
そもそも、『映画はデートじゃない』と言っていたのも、デートと言って誘えば断られると思っていたから、映画を口実にしていただけだ。
「映画館以外の所に行くって言っても、ただ桜木町をブラブラと歩いて、レストランで昼食にするって言ったのに、どこも満席で、バーガーショップまで満席だから、結局持ち帰りにして外で食べて……」
真由美は鮮明に覚えているようで、笑いながら次々と思い出話しをする。僕も話を聞いているうちに、不甲斐なかった自分を思い出して苦笑した。
「あなた、公園のベンチでキスをしているカップル見た時なんて、急ぎ足で私のこと置いてっちゃうんだもん。よく考えたら酷いよね」
僕はその日、真由美に告白するために心の準備をしていた。だから雰囲気が良い場所を探していたつもりなのに、そこがカップル同士のキススポットだと知らなかったから、そんなつもりで連れてきたと思われたくなかったのを覚えている。
僕は結局その日に告白できず、それどころか結婚のプロポーズをするまでの五年間、はっきりと気持ちを伝えないまま付き合っていた。
それを考えると若い頃の僕は、非常に男らしくない人間だったのを思い出す。
「だから、あなたに似て啓介も彼女ができないのかも」
「全く、その通りかもね……」
僕は真由美から目を背けるようにして、ハヤシライスをテーブルに運んだ。
「それで結局、どうしたか覚えてる?」
ここまで話を聞けば後のことは、しっかりと思い出されている。映画以外に行く場所を思いつかない僕を見兼ねたのか、真由美から『やっぱり映画、観に行かない?』と言ってきた。
それで結局、いつも通っていた川崎の映画館に行ったのだ。
「覚えてるよ……結局、映画を観に行ったもんね……」
僕が気まずそうに答えると、真由美は不満げに首を傾げた。
「違うわよ、ほら、これ」
真由美は、自分の首に掛かっているネックレスを僕に見せてきた。よく見るとそれは、あの日、僕がアルバイトで貯めたお金で買った真由美へのクリスマスプレゼントだ。
「私が『やっぱり映画観に行かない?』っていったら、あなたが慌て出して、『でも、その前にこれを……』って渡してきたのよ、『映画だとデートじゃなくなっちゃう』って言って。中開けたらネックレスとクリスマスカードが入っていて、『僕と付き合って下さい』って書いてあったけど、口では何も言わないから、いつ返事すればいいのか困ったわよ。私もタイミングが分からないから、まぁ、いいかと思って付き合ってたけど」
ネックレスをあげたことは覚えていたが、クリスマスカードのことはすっかり忘れていた。そうか、それで僕と真由美の交際は成立したんだ……
「あれじゃあ、普通の女の子ならダメだよね……それより、結婚してからも毎年、クリスマスの日だけはこのネックレスしているの、気づいてないでしょ?」
「そうだね……ごめん、まさか持っていてくれてると思わなかった……」
真由美が笑いながら、「それなら、そろそろ新しいのが欲しいなぁ……」と言っているので、僕は黙って頷いた。
フライドチキンを買ってきた啓介が玄関を開ける音が聞こえると、少し残念な気持ちになった。
折角ならもう少し、真由美と二人で思い出話をしたかったからだ。
「お前もチキン買って喜んでないで、彼女くらいつくれよ」
僕の八つ当たりに啓介は、「は?急になんだよ」と言って、首を傾げていた。
息子のことは心配だが、まあ仕方がない。まだ、いい人に出会えていないだけだろう……
そもそも僕のような男が、真由美みたいな女性に出会えたことが幸運すぎるのだ。
〜思い出はクリスマスデートで〜
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