第10話 クリスマス・イヴの『サンタ会』

「なぁ、『サンタトーク』しようぜ」

 クリスマス・イヴの夜、男三人で酒を飲む居酒屋の席で、哲生は突然、変なことを言い出した。

 大学生最後であるクリスマス・イヴを、彼女のいない僕たちは、男同士で過ごしている。

「何だよ、『サンタトーク』って」

「今晩、俺たちは『サンタクロース』として、プレゼントを配りに行かなければならないんだ。今は、その決起会という設定で話をするのさ」

「おお、何だか面白そうだな」

 誠はこの遊びに食いついた様子だが、僕は少し恥ずかしかった。横目で隣の席を見ると、同じ大学生くらいの女子三人が、グラスいっぱいにカットレモンの詰まっているサワーや、細長いカクテルグラスに注がれた、淡いピンク色の酒を飲んでいる。

 隣が清楚な『女子会』なら、こちらはむさ苦しい『男子会』だ。

 クリスマス・イヴの夜に男三人でそんな話をしているのを聞かれたら、彼女たちから白い目で見られるのではないかと僕は思っていたが、哲生と誠はお構いなく話を進めた。


 哲生はサンタトークをするにあたり、幾つかのルールを作った。


・サンタクロースは、あくまで人間である。

(トナカイ無しでは空を飛べない、魔法などは使えない)

・大人には姿を見せていいが、子供に見られてはいけない。

・プレゼントを配るにあたって、『無理』『できない』に関連する言葉は、NGワード。

・犯罪的な行動は禁止。


 以上のルールを破った会話は、一回につき罰金百円に決めると、哲生は使用していない灰皿を罰金入れとして、テーブルの中央に置いた。

「アホか、プレゼント配るのに、人の家に入るのだって犯罪じゃないか、家ん中入らなきゃ無理だろ」

 哲生は「はい、今のはNGね」と言いながら、罰金を請求してきた。

 トークが始まっているとは思わなかったから、今はのは無しだと言っても譲る気配がないので、僕は渋々と財布から百円玉を取り出して、灰皿に入れる。

「だから今は、『サンタクロースは親なんじゃないか』問題になっているんだ」

 誠の発言に僕は首を傾げたが、哲生はスムーズに話をつなげた。

「だよな、昔は煙突から入ってもサンタクロースはOKだったけど、今はセキュリティが厳しいから、玄関でプレゼントを親に預けるしかないもんな」

「そうそう、それに『偽サンタ』なんて泥棒までいるから、窓を開けておいてくれとも言えないし……」

 二人はすっかり、サンタクロースになりきっている様子だ。それならば下手なことを言えば、また罰金を取られてしまう。きっと二人は僕をカモにして、罰金を促すように話してくるだろう……

 きっとこれは、そういう騙し合いのゲームだと勝手に解釈すると、僕は二人を引っ掛けるような話し方をした。

「銭湯なら今でも煙突あるから、そっから入れるけどな」

「あぁ、あれは命がけだったな……ロープで降りる途中に落ちたら、アウトだからな。でも最近は銭湯も減っているし、ほとんどが薪じゃなくてガスで湯を沸かすから、煙突も少なくて助かるよ」

「そうそう、それに『勝手に家の中に入るのは禁止』ってルールできた時は、煙突から降りなくてすむから、ほっとしたよ……それよりも、お前、今でも煙突から家の中に入ってるの?それ犯罪だぞ、はい罰金」

 銭湯の煙突なんて降りられないと言わすつもりが、まんまと自分の仕掛けた罠にかかってしまった……

「最近はおもちゃも高くなってるからなぁ……今の予算だと少ないよな」

 今の発言は完全にNGだ。哲生は玩具が高くて買えないと言っている。

「今のNGだろ!それって、おもちゃ買うの無理だって言ってることだろ?」

「無理とは言ってねぇよ、予算が少ないって言ったんだ。そこは親とコミュニケーションをとって予算内で収まるようにしてるよ」

「まぁ、五千円以上のおもちゃが希望の場合は、各家庭の自腹になるからね。予算が上がらないと、親もきびしいだろ」

 何だよ、予算五千円なんて誰が決めたんだよ……と思った時、僕は二人の会話に矛盾を感じた。

「五千円までっていったよな?じゃあ、経済的に苦しい家庭の子供は、親が自腹を切れないから、欲しい物を我慢しなきゃいけないのか?」

 プレゼントに対して『無理』『できない』がNGなのだから、これに答えられなければ、二人とも罰金だ。

「ギャンブルや無駄な借金がある家庭には、まず親と話し合うこともサンタの仕事だ。それならばプレゼント代にしてほしいからな。それ以外にどうしても経済的に厳しい家や、施設などの子供たちには、申請すれば補助金が下りる。それに、全員が五千円使うわけじゃないから、予算も回せる。まぁ、その前にサンタクロースは、欲しいものを何でもあげるんじゃないことが前提だけど」

 ここまで話が纏まると、哲生のことが本当のサンタクロースに見えるほど感心した。だから僕は、揚げ足をとるのはやめて、素直な気持ちで会話に混ざることにした。


「でも、親は困っているらしいぞ。最近の子供は夜中まで起きてるから、サンタクロースはプレゼントを渡すのを親に押しつけて、無責任だって」

 二人は僕の話す問題に対して、腕を組みながら悩んでいた。

「そうだな……子供が寝るの待ってたら、いつまでもプレゼント渡せないからな」

「親の方が先に寝てしまったら、完全にアウトだからな……」

 三人とも解決策を思いつかずに黙り込んでいると、隣の席から話し掛けてくる声が聞こえた。


「あの……なら、サンタが子供に直接プレゼントを渡したらいいんじゃないですか?」

 女の子たちは、ずっとサンタトークを聞いてたらしく、話に入ってきた。

「でも、子供に姿を見られちゃダメだから」

 哲生が答えると、女の子は三人で目を合わせながら首傾げている。


「何でダメなんですか?親だから見られちゃいけないんでしょ?本物のサンタクロースなら、会っても問題ないんじゃないですか」

「だよね、本物に会えたら子供は嬉しいよね?」

「私なら、大喜びだよ!」


 確かに、サンタクロースが親じゃなくて本物だとしたら、見られてはいけない理由など何もなかったし、その理由を考えたこともなかった。

 僕たちはこの問題を解決できなかったが、女の子たちの案だって、子供に姿を見られてはいけないルールを破っているから、罰金はノーカウントだ。

 でも僕には、理屈っぽい男子会のサンタクロースよりも、女子会のサンタクロースの方が、子供ことを一番に考えているように思えた。


 それから僕たちは女の子のサンタクロースを加えると、男子会でも女子会でもなく、『サンタ会』として話を続けた。


〜クリスマス・イヴの『サンタ会』〜

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