第9話 プレゼントを忘れたサンタクロース

「おい、意地はってないで行くぞ!」

「いいよ、行かない」

 二学期の終業式が終わって、夕方になっても僕の機嫌は直らなかった。何故かと言うと、幼馴染みの香織が明日、この町から引っ越してしまうのを、今日になって知ったからだ。

「俺だって嫌だけど、仕方ないだろ。きっと香織だって、いつ言おうか迷ってたんだよ」

 今話している康平と僕、それに香織と優子の四人は、幼稚園からの幼馴染みで、中学生になった今でも、仲の良いのは変わることなく、いつも一緒にいた。

 昨日までは優子の家でクリスマスパーティーをしようと言って、はしゃいでいたのに、今日になったらパーティーどころか、それは香織のお別れ会に思える。

「だって、優子だけ知ってたなんて、お前は腹立たないのかよ」

「だって、いくら幼馴染みでも、やっぱり男と女は違うよ。だから仕方ないだろ」

 康平の大人ぶった態度も、今は癪に障る。いつもはガキみたいにおちゃらけている癖に、こういう時だけ冷静のが腹立つ。

「康平だけ行けばいいだろ、とにかく行かないよ」

「あのなぁ、もしお前が行かなかったら、香織はクリスマスが来るたびに、嫌なことを思い出すぞ。それでもいいのかよ」

 また大人ぶったことを言いやがって……それは僕だって同じことを思っていたが、口には出さなかった。何故かというと、僕にとって香織は、ただの幼馴染みじゃない。

 誰にも言っていないが、僕にとっては小学生の時から今日まで、ずっと続いている初恋の相手だから、別れが辛いのは僕の方だ。

 香織はきっと、僕をただの幼馴染みとしか思っていないだろう。それを確かめたことも無かったし、そんなことを言って四人の仲がギクシャクする方が嫌だから、その気持ちをずっと抑えていた。


「なぁ、行こうぜ……香織のこと好きなんだろ」

 康平の言うことがタイミング良すぎて、こいつはひょっとしたらメンタリストなのか?と思ったが、僕は何も返事をしなかった。

「見ていれば分かるぞ、優子だって、それどころか本人だって気づいてるだろうし、きっと香織もお前のことが好きだよ」

 まさか幼馴染みと、こんな話をする日が来るとは思っていなかった。けれど、今日打ち明けたところで、香織は明日からいなくなってしまう。それならば、康平に胸の内を明かす必要もない。

「お前とこのまま離れたら、香織はクリスマスが嫌いになっちやうよ。だからさ、笑って見送ってやろうぜ」

 康平の話を聞いているうちに、腹の立つ気持ちは収まっていた。小学生の頃から黙っていた胸の内を知られていたことに吹っ切れたのもあるし、これ以上ごねている自分が子供っぽくも思えた。

「そうだな……四人で一緒にいる最後のクリスマスだもんな」

「そうだよ、一番嫌なのは香織なんだから、俺たちが笑わせてやろうぜ!」


 僕と康平はディスカウントショップに行くと、サンタクロースとトナカイの衣装を買った。それを着て登場すれば、きっと香織は笑ってくれると思ったからだ。

「お前にサンタ譲ってやるよ、俺がトナカイ着るから」

 康平は僕にサンタクロースの衣装を渡してきたが、その意味が僕には分からない。

「何で?」

「だって、好きな人の前でトナカイは嫌だろ。俺だって嫌だけど、今日は譲ってやる」

 僕は別にどっちだろうが、恥ずかしいことに変わりはないと思っていたが、どんな理屈であろうと、康平の優しさは嬉しかった。


 優子の家の前にある公園のトイレで着替えると、僕と康平は互いの格好を見て笑った。鏡を見ていないから自分がどんな格好をしているのか分からないが、腹を抱えて笑う康平を見れば、相当可笑しなものなのは分かる。けれど、香織を笑わせることがミッションならば、答えはきっと正解だ。

「なぁ、サンタクロースなのに、何もプレゼントがないのはダメじゃないか?」

「しょうがないだろ、これ買うのに金使ったから、もう何も買えないよ」

「でも、優子がプレゼント交換しようって言っていただろ?」

 僕と康平のやることは無計画なことばかりなので、いつも女子の二人に怒られていた。

「まあ、その分笑ってくれればいいんじゃない?」

 康平の言葉は都合がいいようにも聞こえたが、今日は物をあげるよりも、香織に笑ってもらうことが一番大切なんだと思って納得した。


 僕が意地を張っていた時間のせいで、空はすっかり暗くなっていた。

 待っている二人がどうしているのか分からないが、優子の家を訪れると、まずは玄関を開けた優子のお母さんが「まぁ、可愛い」といいながら、クスクスと笑っていた。

 リビングに案内されると、待っていた香織と優子は「遅い!」と言った後すぐに、僕と康平の姿を見て大爆笑していた。

 テーブルの上には料理が並べられていたが、僕らを待っている間に手をつけた様子はなく、オードブルのソーセージがすっかり萎びてしまっている。

 優子のお母さんが料理を温め直してくれたが、ご馳走を目の前にしても、僕たちのお喋りは止まらなかった。

 だけど、暗黙の了解のように香織の引っ越しに関しては、誰も話さなかった。


「それじゃあ、プレゼント交換しようよ」

 優子の言葉に、僕と康平は顔を見合わせて苦笑いした。

「ごめん、この服買ったら金無くなっちゃって……」

 文句を言われるだろうと予想はしていたが、さっきまでゲラゲラと笑っていた優子も、やはりこれには怒った。

「もう!本当にいつも無計画なんだから!これじゃあプレゼント交換できないじゃん!」

「無計画じゃねえよ!プレゼントなんかより、香織に笑ってもらう方がいいと思って買ったんだから!」

 康平が向きになって返した言葉で、その場は重い雰囲気に変わった。

 余計なことを言ってしまったと思ったのか、場を取り繕おうとして康平がおちゃらけても笑うことなく、香織は俯いて涙を流した。

「ごめん、本当にごめんな香織……」

 康平はトナカイの被り物を取って、必死に頭を下げている。

「ちがう、違うの……本当に、本当に嬉しいの……ありがとう、ありがとう……」

 香織の言葉を聞いて優子まで泣き出すと、釣られるように康平も泣いていたが、僕は泣き顔を見せたくないから、サンタの帽子を深く被って涙をごまかした。


 香織は悲しくて泣いてるんじゃないのは分かっていた……だからこそ僕が悲しくて泣いているのを、香織には見られたくなかった。


 それを見せてしまったら、僕は好きな人を笑顔にすらできない、ただプレゼントを忘れたサンタクロースになってしまうと思った……


〜プレゼントを忘れたサンタクロース〜

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