第7話 サンタクロースの使い

 十二月のことを『師走』と言う通り、この時期は本当に忙しい。

 僕の勤める運送会社も、お歳暮などの配達が増えて、朝から大忙しだ。

 二十二歳の時から勤めて今年で三年目、仕事はだいぶ板についてきたが、このエリアを担当してからは、まだ間もない。

 以前は商業地域を担当していたので、会社のオフィスに配達することが多かったが、今担当しているのは住宅地。

 商業地域では書類のようなA4サイズ封筒の物を配達することが多かったが、ここでは配達するものもガラッと変わり、最近ではネットショッピングで購入した品が多い。

 そして一番の難は、日中の不在が多いことだ。

 商業地域の配達は主に夕方までで、夜間の配達などほとんどないが、こちらは夕方以降の配達が多い。

 日中に一度配達して不在だと、不在票をポストに入れる。それを見たお客様が、センターに連絡を入れて再配達を申し込む。

 そうすると、再配達の希望で夕方以降の荷物が溢れ返る。毎日がその繰り返しだ。

 今日の再配達は特に多い。昨日はクリスマス・イヴだったので、それに合わせて玩具などをネットショッピングで購入したものの、配達時間と合わずに受け取れなかった人が、クリスマスの今日はどうしても届けて欲しいのだろう。

 仕事内容は大変だが、僕はこの地域の配達が大好きだ。商業地域では任された荷物を責任持って確実に配達する仕事、『任務』と『作業』の心構えだけで勤めていたが、ここで配達するようになって、『まごころ』のような気持ちが加わった。

 とにかく、どこに配達しても『ありがとうございます』や『ご苦労様です』と声をかけてくれる人が多く、気の利いた家庭だと飲み物やお菓子をくれたりする。

 初めのうちは不在票をポストに入れる度に、夜の配達が増えることを負担に思っていたが、今はそんなことを思わず、きちんと相手に荷物が手渡されることが、仕事のやりがいだ。

 夕方の配達は戦略勝負だ。まずは在宅率の高そうな一軒家を訪問して、荷物が生ものでなければ、宅配ボックスの設置されているマンションに向かい、単身の多そうなアパートは遅めに配達する。

 僕も経験があるけれど、再配達を希望している人は、荷物が届くまでトイレにも行けずにストレスを感じるので、優先して向かうようにする。

 実際に、再配達を希望しているのにもかかわらず不在だった家には、トイレやお風呂に入ってて出れなかったなんて人もいるだろう。

 そういうことを考えながら配達するだけで効率もよくなるし、翌日の再配達率も下がる。だから入社してまもないドライバーと僕はでは、持ち帰ってくる荷物の数が全然違う。

 翌日も新しく大量の荷物が届いてくるのに、前日分の再配達を増やすのは命取りなことだ。

 だからといって、配達できればなんでもありではなく、きちんとルールもある。

 生ものや冷蔵物は必ず手渡しとか、ご近所トラブルの原因になるから隣近所に預けてはいけないとか、一回や二回では気付かない場合もあるが、あまりしつこくインターホンを鳴らすとクレームになる場合もあるから、三回まで鳴らすのがルールとか。

 指定時間に配達することは厳守だが、夜の九時以降は配達できない。

 他の地域では配達している場所もあるが、この地域では以前に夜の十時ごろに配達して大きなクレームを受けてから、九時以降の配達は禁止になった。

 このようなルールを破るとドライバーから倉庫勤務になる場合もあり、そうなると給料にも影響がある。

 日々、安全運転を第一に心がけ、雨の日も雪の日も、暑さにも寒さにもめげることなく配達するドライバーは重労働だが、他の部署より給料が良い。

 僕だって結婚はしていないものの、車のローンや駐車場代、生活費を考えたら今の給料を下げるわけにはいかない。けれど、ルールというのは当たり前のことばかりだから、守ればいいだけの話だ。


 今日はクリスマスだから、子供がいる家庭の在宅率が高かった。窓の明かりの奥では、家族でクリスマスパーティーをやっている様子だ。

 僕には父親がいなくて、母の仕事はホステスのような水商売だったために、クリスマスの夜も一人で留守番ばかりだった。

 母が夜の勤めを辞めて、昼の仕事に就いた時には中学生だったので、クリスマスにプレゼントをねだる歳でもなかった。

 けれど、小学生の僕はクリスマスの日に、出勤前の母に連れられて近所の玩具屋に行くのが楽しみだったのを覚えている。

 サンタクロースを信じてはいなかったが、母が必ずクリスマスプレゼントだけはくれた。それを買ってもらうと母は仕事に向かい、僕は家に帰って玩具で遊びながら留守番をしていた。

 家族でケーキやチキンを食べるわけでもないが、それだけで僕はクリスマスに一人で留守番をしていても、寂しい思いをせずにいた。

 中学生になって母親とクリスマスプレゼントを買いに行くのは流石に抵抗があったので避けていたが、少し寂しくもあった。だからクリスマスプレゼントの思い出は、強く心に残っている。


 今晩は順調に配達を終えたが、不在の家が一件だけあった。

 七時頃に訪ねたが不在であった荷物が一つ、包装されていて中身は分からないものの、きっとクリスマスプレゼントだろう。

 北海道の『安藤圭一』様から『安藤美佳』様宛の小包となっている。

 もしかすると、東京から北海道に単身赴任しているお父さんからのクリスマスプレゼントかな?なんて思ってみたりする。

 大きさも鳥かごくらいあるから、まだ幼い女の子へのプレゼントだろう。

 僕の経験から、男の子はままごとなどしないので、ヒーロー物の玩具が多いから、箱のサイズもそんなに大きくない。

 小学校の高学年になると男の子はゲームソフトが多いし、ハードも今はコンパクトになっている。

 女の子は高学年になるとませてくるから、玩具よりも洋服や音楽プレイヤーなどが多いだろう。毎日配達していると、荷物一つからでも、そんなことが想像つく。

 その推測からすると、これは人形の家や、ままごとセットなどの、小学校低学年くらいの女の子が欲しがりそうな玩具だろう。きっと、父親は離れて暮らしている娘が喜ぶ顔を思い浮かべながら買ったんだろうな……なんて考えると、配達できていないことが不本意に思えた。

 一件だけなら帰り道に寄ることもできるが、既に配達終了時間の九時を過ぎている。

 それを構わずに配達したとしても、良かれと思ったことが裏目に出る場合もあり、クレームになれば明日からドライバーを外されるかもしれない……

 いつもであれば配達を明日に回すのが普通だが、今日はクリスマスだ。もしかすると、僕とすれ違いになっただけで、このプレゼントを待っていたかもしれないし、今日プレゼントがなければ、この子にとってはプレゼントを貰えなかったクリスマスとして、嫌な思い出になってしまうかもしれない……そんなことを考えたら、たとえルール違反で自分が泣きを見ても、後悔のない選択をしようと決めた。


 配達先に着いたのは、夜の九時二十分だった。センターには九時四十分までに戻ればよいので、ここから戻るにはまだ時間はある。

 アパートの一階にある一〇八号室の部屋は、窓から明かりが見えるので、部屋の中に人が居るのが確認できる。

 インターホンを押すと物音は聞こえたが、扉が開く気配は無かった。

 もう一度押してみたが、結果は同じこと。おかしいな……人はいる様子だが、誰も出てこない。最近はペットだけ留守番させている家も増えているが、ペットと人の足音は違いが直ぐに分かるし、犬は中から鳴き声が聞こえるパターンが多い。

 本来ならばインターホンは三回鳴らすルールだが、そもそも時間外の配達だし、出たくないのにしつこく鳴らすとクレームを受けてしまう恐れがあるので諦めようとすると、僕へ近づいてくる足音に気がついた。

「あの……すみません、配達の方ですか?」

 カジュアルな格好をしているが、近所に出かけていたにしては大きなバッグを持っているのは仕事帰りなのか、二十代後半くらの女性が、僕に訊ねてきた。

「あ、はい、すみません夜分遅くに、こんな時間に配達なんて非常識かとも思ったのですが、これ、クリスマスプレゼントだったら今日届けないとクリスマスが終わっちゃうと思って……」

 僕が頭を下げながら話すと、女性も頭を下げながら、「本当にすみません、お気遣い頂いて」と言って、扉の鍵を開けた。

 僕が荷物を渡すと、「今、すぐに判子持ってくるんで」と言いながら、女性は家の中に入って行く。

 再び扉が開くと、プレゼントを開けたのか、女の子の喜んでいる声が聞こえて、僕は微笑んだ。

「すみませんでした、子供に一人の時は人が来ても出ちゃだめだと言っていたので……本当にすみません」

「全然大丈夫です、僕も子供の頃、親にそう言われていたんで分かります」

 話していると、部屋の奥から小学校低学年くらいの女の子がこちらに来て、僕のことを見た。

 きっと、この子がプレゼントの受け取り人だろう……荷物から推測した、僕の予想は的中していた。

「おにいちゃんはサンタさんなの?」

 女の子に訊ねられると、僕は一瞬何と言えばいいのか迷ったが、きちんとこの子の質問に答えてあげようと思った。

「僕は違うけど、サンタさんに届けて欲しいって頼まれたんだ」

「へぇ、そうなんだ。じゃあ、サンタさんからのおつかいだね」

 女の子はそう言って、部屋の奥に戻っていった。幼い子に『サンタの使い』と言われた僕は、何だかヒーローになった気分だった。

 帰り際に女性は「これ、全然あったかくなくて申し訳ないんですけど」と言いながら、缶コーヒーを僕に差し出した。

 受け取った常温の缶コーヒーからは、心温まるぬくもりを感じた。


 仕事にはルールがある、ルールは必ず守らなければならないことだろう。それを守らなければ罰があるのも当然だ。

 僕は仕事のルールを破ってしまったが、今日は仕方がなかった。

 何故ならば、この配達は仕事ではなく『サンタクロースの使い』だったからだ。


〜サンタクロースの使い〜

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