第6話 パパとママのサンタクロース計画
妻は息子の康介が生まれてから、僕のことを『パパ』と呼ぶようになった。だから、その流れで僕も妻を『ママ』と呼ぶようになった。
康介は今年で五歳、まだサンタクロースのことを実在する人物だと信じている真っ最中。思い出せば僕自身も、クリスマスの夜にサンタクロースを待たなくなったのがいつだか覚えていないから、毎年来るこのミッションのやめ時が分からない。
「じゃあ、プレゼントを渡しに行くとするかな」
僕はクローゼットに隠しておいたサンタクロースの衣装を出して、着替え始めた。
「ちょと、まだ早いわよ。起きてるに決まってるじゃない」
僕は赤いズボンを履くと、上はタンクトップの姿で手を止めた。
「もう寝てるだろ。ケーキ食べて部屋に入ってから、三十分経ってるよ」
「甘いわよ、あの子、去年のことがあったから、今年は絶対に起きて、サンタが誰だか見るって、昼間ずっと言ってたんだから」
去年のクリスマス、僕は寝ている康介の枕元にプレゼントを置くと、気を抜いて部屋を出る前に、帽子と白髭を取ってしまった。
物音に気がついた康介は部屋を出て行く僕の姿を見て、サンタクロースはパパだったと言っていたのを、ママがどうにか誤魔化した。
「今でも納得してないわよ。だから、今年は寝たふりでもして待ってるはずだから」
そもそも、サンタクロースがそれぞれの家庭で誰なのか気がつくのは、そういうことがきっかけなのだから、我が家は今年でもいいだろうくらいにしか、僕は考えていない。
「それなら、それでいいんじゃない?子供なんてプレゼントもらえたら、パパでもママでも、サンタでも誰でもいいんじゃない?そもそも、親がプレゼントくれないと思っているから、サンタクロースにねだるんだろ」
ママは僕の発言に、呆れた顔を見せて首を傾げた。
「パパって、結婚する前からサプライズが下手くそだもんね。子供でも大人でも、サプライズ感は大切でしょ?それに去年、康介が幼稚園で『サンタクロースはパパだよ』なんて友達に言いふらしたから、ママ友から『余計なこと子供に言われたら困る』って注意されたんだからね……私の立場も考えてよ」
サンタクロースも今では、子供の夢よりも大人の体裁かと思いながら、僕は冷蔵庫を開けて缶ビールを取った。
「ちょっと、まだお酒飲んじゃダメだよ」
プルタブに指を掛けて開けようとした瞬間、僕はママの言葉で動きを止めた。
「何で?」
「酔っ払って寝ちゃったら、プレゼントどうするのよ」
「大丈夫だよ、一本くらい」
「パパみたいな考えの人が多いから、飲酒運転が無くならないのよ」
「それとこれとは別だろ」
僕は缶ビールを冷蔵庫へ戻すと、少し不貞腐れてソファーに座った。
「あと、どれくらい待つの?」
「一時間もすれば、寝るんじゃない?」
「一時間!はぁ……酒飲まなくたって寝ちゃうよ」
「大袈裟……まだ、九時前だよ」
「明日も仕事なんだよ」
「よく言うよ!呑んで帰ってくると、もっと遅いくせに。子供のためでしょ!我慢してよ」
僕は弁解もできずに会話を止めると、サンタクロースの格好をしたアナウンサーの隣で芸人がMCを務めるバライティー番組に目を向けて、ママから視線を逸らした。
「パパ、とりあえずそのズボン履き替えてよ」
「何で?どうせ後で着るんだから、いいよ」
「もしも今、康介が来たら大変でしょ。ちょっとは考えてよ」
まぁ、たしかにタンクトップ姿のサンタクロースを見るのは、マスクを脱いだ時のヒーローよりも夢が崩れるだろう思い、僕は上下スウェットに着替えると、再びサンタの衣装をクローゼットに隠した。
「なぁ、部屋のドアからじゃなくて、ベランダから入れば?それなら起きていてもサンタだって信用するんじゃない?ほら、隣の部屋から行けばいい話だからさ。ちょっとは演出がないから、信用しないんだろ」
僕は良い案を思いついたと、得意げになって話す。
「そんなことしたら興奮して目が覚めちゃうから、パパが二階のベランダから飛び降りるまで見届けるわよ。できる?帰りだけ玄関から帰ってたら変でしょ?」
そんなことをすれば、きっと康介はサンタクロースが救急車で運ばれる瞬間も見ることになるだろう……と、自分の考えた案を思い直す。
「ちょっとさ、ママが部屋に行って寝かしつけけきてよ。寝たら僕が行くからさ」
「そうだね……それが一番得策かも」
ママが二階に上がり勇太の部屋へ行くと、僕は再びテレビに目を向けて、興味があるわけでもないバライティー番組を観ていたが、十分も経たないうちにママはリビングへ戻ってきた。
「え、もう寝たの?」
ママは黙って、かぶりを振っている。
「駄目、ママがいるとサンタが入って来ないから出ていってだって……寝てないと来てくれないよって言ったけど」
「たぶん、しばらく寝ないな……」
僕はママと一緒にため息を吐くと、ゲラゲラと笑い声の流れるテレビが煩わしくなって、音量を下げる。
この難題を早く片付けてビールが飲みたいと思う僕は、次々とママに方策を提案した。
「康介、もう一回風呂に入れたら?」
「何で?」
「あったまれば眠くなるんじゃない?」
「一回でも嫌がるのに、入るわけないじゃん」
「もう一回ケーキ食べさせる?腹いっぱいになったら寝るんじゃない?」
「もう、歯磨きしたからダメ」
「酒でも飲ませられたらなぁ、酔っ払って寝るんだけどなぁ……」
「五歳児の親がいう言葉とは思えないね……大体、大人でも寝かせようとして飲ませるなんて犯罪だよ。あ、まさか飲み会とかで女の子にしてないでしょうね!」
「するわけないだろ!バカ!」
話が変な方向な流れたので口をつぐみ、どうせ何を言っても却下されるのなら余計なことを言うのはやめようと思ったけれど、その瞬間、急に名案が閃いた。
「そうだ!」
僕はクローゼットからサンタクロースの衣装を出すと、再び着替えてからスウェットはサンタの荷物袋に入れた。
「何してるの?」
「ママさ、プレゼント持って玄関に立っててよ。それで康介のことをそこから呼んでさ、階段を降りてきた時に僕が家から出ていくよ。そうしたら、『サンタさん、急いでいるんだって』って言って誤魔化してくれない?後ろ姿なら誰だかわからないし、その後に康介が外に出ても、遠目に見たらサンタの姿しか見えないだろ?その後、僕は公園のトイレででも着替えてから、家に戻るよ」
僕がこの方法しかないと思いながら熱弁すると、ママはクスクスと笑っていた。
「サンタの服着てて、外で誰かに見られたら恥ずかしくない?」
「ハロウィンがよくて、クリスマスがダメなんて話があるもんか」
「サプライズ下手のパパにしては、名案ね」
早速玄関にスタンバイすると、ママは僕の顔を見て微笑んだ後、康介のことを呼んだ。
「康介!康介!降りてきて!サンタさん来たわよ!」
ママが大声を出して呼んでも、康介は降りてくる気配がない……様子を見に部屋へ行ってみると、声に気がつかないほど、ぐっすりと眠っていた。
僕とママは笑いをこらえながら、枕元にクリスマスプレゼントを置く。階段を降りてリビングに戻ると、僕はサンタクロースの衣装を脱ぎながら、安堵の溜息を吐いた。
「あー疲れた。はい、ビール」
ママは冷蔵庫から缶ビールを二本取って、一本を僕に差し出した。
『プシュッ』となる音を聞いた後、「お疲れ様」と言って乾杯する。
「実は二人で飲もうと思って、仕事の帰りにワイン買ってきたんだよ」
「いいね!ハムとチーズが余ってるから、出そうか」
それから僕とママは、イヴを終えてクリスマスを迎える時間まで、ワインを飲みながら話をした。
すっかり酔っ払ったママは、寝室に入るとベットの上に倒れるようにして寝てしまった。
「じゃあ、今度はママの番だな……」
僕は鞄から箱を取り出して開けると、中に入っているネックスを手に取り、ぐっすりと寝ているママの首にかけた。
頭を持ち上げても、ちっとも起きないのが可笑しくてたまらなかったが、気づかれないよう笑いをこらえながらフックを留める。
酔っ払って寝ている間にこんなことしたら、また何か言われるかな?でも、サプライズ下手の僕にしては上出来だろう……
ママのサンタクロースになるのは、子供よりもよっぽど簡単だった。
〜パパとママのサンタクロース計画〜
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