第3話 真夜中の買い物

「今日はもう、お客さんも来ないから終わりにしようか」

 店長がそういうと、二十歳の女の子二人が気怠そうな声を出して、「はぁい」と言った。

 終電が無くなる前まではお客さんも多少いたけれど、午前0時をすぎてから、もう一時間半ほど、ソファーに座ってスマホを触っているだけ。

「そりゃ、クリスマス・イヴにキャバクラなんて来ないよね」

「そんなことないよ、去年は朝まで忙しかったんだから、ねぇ?」

 無理矢理出勤させた女の子たちの不満を取り繕おうとして、店長が私に同意を求めている。

「じゃあ、お詫びに焼肉でも奢るから、ね、これから皆んなで行こう!」

 女の子たちは皆んな「ラッキー!」と言って喜んでいたが、私は家に一人で留守番をさせている息子が心配なので、ボーイの男性に送迎してもらい、帰宅することにした。


 車の後部座席に座り、シートベルトを締めると、わたしはバッグからスマホを取り出して、息子にLINEを送った。もう午前二時を過ぎているから寝ているだろうとも思ったけれど、『今から帰るね』と送ったら直ぐに既読となり、『はーい』と返信が来た。

『起きてたの?』既読

『ユーチューブみてた』

『明日学校なんだから、寝なさい』既読

『はーい』

 スマホの画面をロックして顔を上げると、ルームミラーを通して運転手の男性と目が合った。

「ごめんね、私だけ送ってもらっちゃって。皆んなと焼肉行きたかったでしょ」

 彼は木村省吾という名前で、私より一歳年上の三十歳。三ヶ月前に入店したボーイだが、年明けからは系列店の店長らしく、今は研修期間みたいなものらしい。

「いや、大丈夫です。それに僕、店長と違って若い女の子とはしゃぐの苦手だから」

「ちょっと、それ私がオバサンだって言いたいの」

「いや、そういう意味じゃないですよ」と言いながら、ルームミラーに映る彼の目が泳いでいるのを見て、私は可笑しくなった。

「そんなことじゃ、お店で若い女の子に嫌われちゃうよ」

「それは仕事だから切り替えますよ。それに僕が次に行く店は、熟女系らしいですよ」

 彼はクスクスと笑いながら話している。そういえば、いつもは他の女の子たちも相乗りで送迎されて、彼女たちは自分勝手な話しで盛り上がっているだけだから、この人とこうして会話をするのは初めてだ。

「私もアラサーだから、そっちの店に移してもらおうかな」

「二十九じゃ、まだ早いですよ。熟女と言うには」

「そんなことないわよ、あの店なんて若い子ばっかりだから、私なんて陰ではオバサン扱いよ。この前だって、『え、まだそのスマホ使ってるんですか!懐かしい!そろそろアップデートできなくなりますよ』だって。ガラケーじゃないだけマシだろって話しよ!」

 彼が声を出して笑いながら話を聞いているものだから、私もつい調子に乗ってしまい、若い子への不満を、何かのテレビ番組のように面白おかしく話してしまった。

「お子さん大丈夫ですか、一人で留守番しているんでしょ?」

「あぁ、大丈夫。もう小三だから『火は使うな』『外に行くな』『知らない人が来ても出るな』って言っておけば、夜なんて寝ているだけだから。夕飯は作って置いてあるし」

「小三か……じゃあ、僕の子供と同い年だ」

 彼の話しを聞くと、私の息子と同い年の娘がいて、去年離婚した嫁が引き取ったらしい。月に一度は娘と会っていて、今月は明日だと言っている。

「へぇ、でも、クリスマスに会えるなら嬉しいね。プレゼントあげないと」

「えぇ、でも、女の子だから何買ってあければいいのか分からなくて、前は嫁が選んだおもちゃを、サンタの格好して渡すだけだったから」

 彼は以前にアパートの二階にある自宅のベランダから、サンタクロースの格好で入って娘を驚かせようとしたら、嫁が不審者が来たと思って鍵を開けてくれずに、警察まで呼ばれた話をしていた。

 私が話を聞いて大爆笑していると、彼は「本当に参りましたよ。でも、もうサンタクロースにはなってあげられないなぁ……」と、少し寂しそうに言った。

「うちの子なんて、もうサンタクロースなんて信じてないわよ。それに私一人で産んだ子だから、そんなことしてもらったことないし。羨ましいよ」

「プレゼント、あげないんですか?」

「去年までは勝手に買って渡してたけど、今は何が欲しいか分からないから、明日店で選ばせて買おうかな」

 私がそう言うと、彼は腕時計を一度見た後に「今から買いに行きません?」と言ってきた。

「中目黒のディスカウントスーパーなら二十四時間開いているし、おもちゃも売っているでしょう。僕、女の子のおもちゃ分からないから、選んでもらえませんか?」

「いいよ、その代わりに、あなたが息子のおもちゃ選んでよ」

「いいですよ。男の子のおもちゃなら、僕はお手伝いできると思います」

 そう言って二人の意見が合うと、車は山手通りを走らせて、中目黒のディスカウントスーパーへ向かった。


 玩具売り場を歩いていると、自分が子供の頃とは違って玩具も進化しているのに驚かされたけど、娘が好きなアニメなどを質問しながら、女の子が喜びそうな物を選んであげた。

「男の子は、やっぱりゲームかなぁ……これなんかどうですか?」

 そう言って彼は、五万円近くするゲーム機を指差している。

「ダメ、ダメ!馬鹿じゃないの!こんな高いの買えるわけないでしょ!」

「あの……余計なお世話かもしれませんが、僕がプレゼントしますよ。今日、選んでもらったお礼に。もちろん、お子さんには僕からだなんて、言わないでいいんで」

「え、本当に?いや……ダメ、ダメ。これ買ってもらったら、来年のプレゼントがハードルが上がっちゃうから」

 そして息子がサッカーをしていることを話すと、彼は「それならスポーツ用品がいいんじゃないかな」と言い出して、玩具売り場を離れた。

 そしてスポーツ用品売り場で息子の足のサイズを尋ねてくると、子供用のサッカーシューズを手に取った。

「これ、どうですか?」

「あーいいかも、きっと喜ぶと思う。一緒に来てよかった、私じゃ思いつかなかったわ」

 結局私は「本当にお礼ですから」と言う彼の好意に甘えて、息子のクリスマスプレゼントを買ってもらった。駐車場に戻るまでの間、彼はまるで自分がクリスマスプレゼントを貰ったように、ラッピングされた玩具の入っている紙袋を見て微笑んでいた。


「ねえ、助手席に乗ってもいい?」

「ええ、もちろんいいですよ」

 車の後部座席には二人分のクリスマスプレゼントを乗せた。私が彼の隣に座ると、彼は「あ、そうだ」と言って車から降りた。そして後部座席のドアを開けると、娘へのプレゼントが入った紙袋から、包装されている手のひらほどの大きさをした物を取り出した。

「これは、あなたへのクリスマスプレゼントです。あ、そんなこと言えるほどの品物じゃないから、今日のお礼ですね」

 包みを開けて見ると、中には手帳型のスマホケースが入っていた。

「そのスマホ、カバーが透明だから機種が丸見えなんですよ。これならよく見ないと新しい機種か、古いかなんて分からないでしょ?ほら、こうやって」

 彼は自分のスマホを見せると、手帳型のケースをつけた、私と同じ機種を使っていた。

「あなた、とってもいい店長になると思うわよ……熟女専門店なら」

「それは、どうも」


 私が早速スマホケースをつけて見せると、彼は嬉しそうに笑っていた。


〜真夜中の買い物〜

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