第4話 放課後の雑談
中学三年生だと部活も引退して、放課後は高校受験に向けて塾へ通う者ばかり。けれど、そんな所に通っていない僕と勇太は、学校が終わるといつも、帰り道にある公園で他愛もない話をしている。
そして、二学期の終業式を終えたクリスマスの今日も、いつものように公園に来ていた。
「なあ、昨日お前の家、晩飯何食べた?」
「え、何で?」
会話はいつも、勇太のよく分からない質問から切り出される。
「俺の家、昨日クリスマス・イヴなのに、『おでん』だぜ、ありえないだろ?」
ああ、そういう事か……クリスマスの時期なのに、自分の家の夕飯が和風だった不満を言いたいのね……と、僕は思う。
「別に俺の家だって、クリスマスっぽい物なんか食ってないよ」
「だから、何食った?」
「親子丼」
「クリスマスっぽい物、食ってるじゃん」
どのように考えれば、日本料理の象徴である『出汁』をつかった料理の親子丼が、クリスマスっぽい食べ物に思えるのかと、僕は疑問に思う。
「は?どこが」
「チキン食ってんじゃんか」
なるほど……その視点できたかと、勇太の着眼点が180度変わって天才的に思える。
「それなら、親子丼には鶏肉入ってるだけで、全然『フライド』してないだろ」
「あーお前が『フライド』とか言うから、フライドチキン食いたくなって来た。なぁ、ジャンケンで負けた方がコンビニで買ってこようぜ!」
初恋だって経験済みである思春期の中学生が、男二人で食べるためのフライドチキンを買うなんて、虚しさしかない。ましてや、二個なんて数で買ったら、店員に『この子クリスマスだからって、好きな子にフライドチキンをあげる気かしら』なんて、思われてもたまらない。
「嫌だよ!そんなの買うの、めちゃくちゃクリスマス意識してんじゃん」
「あーそれなら『からあげクン』でもいいや」
「それだと、行かなきゃいけないコンビニが限定されるだろ」
ちなみに、その商品が売っているコンビニがこの近くにはないから、余計に面倒くさい。
「だからさ、チキンさんなら、どこのでもいいよ」
「なんで急に『さん』付けにして、ちょっとだけ敬ってるんだよ。チキンは地元の先輩か」
僕がどんなに断っても、勇太は手を合わせて「お願い!ジャンケンしようぜ」と言って、諦めようとしない。
「パンならジャンケンしてもいいぞ」
あまりにもしつこいので、ひとまずフライドチキンを買うのだけは避けようとしたら、勇太は僕の発言に顔を顰めた。
「は?アホか、それじゃあクリスマスっぽくないだろ」
「ケーキならクリスマスっぽいだろ」
「どこがケーキなんだよ、パンはパンだろ」
「じゃあ、『パンケーキ』は何なんだよ」
「それはケーキ……あぁ、ややこしい!ただの頓智じゃねぇか!一休さんか、お前は!」
しつこい勇太を黙らせるには、屁理屈を言うのが一番効果的だ。けれど大人しいのも一分ほどすれば効力は切れて、また他愛もない会話が始まるのがいつもの流れ。
「なぁ、お前、『サンタクロース』見たことあるか?」
いくら今日はその話題が旬だといえども、年明けには高校受験を控えた十五歳から、こんな質問が出てくるのには、流石に僕も驚いた。
「あるわけないだろ、そんなもの」
「へっへぇ、俺は子供の時にあるんだぜ。幼稚園の時に、寝たふりして待ってたら、部屋に入ってきたんだよ」
今すぐ伝えたい……勇太の両親に、『あなた方の息子さんは、成績は悪いけど、とても純粋でメルヘンチックな少年に成長しましたよ』と。
「勇太……とっても残念だけど、たぶん、それはお前の父ちゃんだ……」
「違うね!あれは絶対に本物だもんね!」
僕は何一つ間違ったことなど言っていないはずだが、あまりにも真っ直ぐな十五歳の眼差しだけには、罪悪感を覚えた。
「そうか……わかった、信用するよ。で、どんな格好をしてたんた?」
「そりゃあサンタクロースなんだから、赤い服と帽子に、髭面だよ」
「身長は?」
「たぶん、170センチ弱じゃないか」
「体型は?」
「中肉中背だよ」
「……勇太、とっても言いにくいけど、やっぱりお前の父ちゃんだ……」
「お前!俺の父ちゃんのこと馬鹿にしてるのか!」
何故怒っているのか分からない、そして何故怒られているのかも分からない。けれど、勇太は座っているベンチから立ち上がって、僕を咎める。
「あれは絶対にサンタクロースだ!俺のためにグリーンマイルから来てくれたんだ!」
「それ言うなら、『グリーンランド』だろ?それに、本当にそこに住んでいるとも限らないし。何だよグリーンマイルって……サンタクロースは死刑囚か」
勇太は不貞腐れながら再びベンチに座り、ズボンのポケットからスマホを取り出して見ていると、「何だよ、めんどくせぇなぁ……」と呟いているので、僕は訊ねた。
「どうしたんだ?」
「母ちゃんからLINEが来てさ、今晩カレーにする鶏肉買い忘れたから、早く帰ってきて買いに行けって」
「チキンカレーじゃん」
「だろうな」
「良かったじゃん」
「何が?」
「鶏肉……クリスマスっぽくて」
「……そうだな」
冬休みが明けて新学期になれば、また僕と勇太は寒空の下、この公園で他愛もない話を繰り返すのだろう。
そして、卒業すれば別々の道を歩み、ここで話をすることは無くなるかもしれないが、勇太とは一生の友達でいたい……
中学校生活でできた大切な親友だ……だからこそ、十五歳でサンタクロースを信じている彼が、高校で上手くやって行けるのかと、本気で心配になった。
〜放課後の雑談〜
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