第2話 団子でメリークリスマス

 僕は祖父の代から続く和菓子屋の跡取り息子で、高校を卒業してから父の下で和菓子の技術を学び、今年で十年目になる。

 十二月二十五日の今日、世間は同じ菓子でもケーキ屋に足を運ばせる人ばかりだが、僕にとって……いや、うちの和菓子屋にとっても特別な日。それは僕の母校である小学校に二百本の団子を届ける日だからだ。

 和菓子と学校といえば、卒業式の紅白饅頭などが定番であるが、我が母校では毎年、二学期の終業式後に行われるクリスマス会で、団子を食べている。

 他の小学校を卒業した人間が聞けば、クリスマスに団子など頓珍漢な話に思えるかもしれないが、これは僕が小学生の時から続く……いや、僕のために続いている恒例行事なのだ。


 クリスマス会というのは全校生が体育館に集まって、高学年の人たちが披露する芝居を観たり合唱を聴いたり、ちょっとしたゲームなどをするレクレーション会だ。

 僕が二年生の頃までは、団子どころかアメの一つも配られないし、サンタクロースの帽子を被った先生が配るのは、プレゼントではなく通信簿だった。

 皆はそれなりに楽しんでいたが、僕には憂鬱な会だった。何故かと言えば、僕は前日からクリスマスに嫌悪感を持っていたからだ。

 僕の家はクリスマスだからといって、ケーキやチキンを食べる習慣などはなく、サンタクロースも親もプレゼントをくれるような家ではなかった。

 それを友達に話すと、クラスのお調子者が僕に、「おまえのうち、ダンゴやだから、クリスマスもダンゴたべるんだろ!」なんて言い出した言葉に、全員が大爆笑。そらから、そのネタを話題にした揶揄いは、日を跨いでも冷めることなく続いていた。

 けれど僕の我慢が限界を超えたのは、担任の長谷川久枝先生と、新米教師の二人が出し物を披露した時だった。

 三人の先生は僕の事情など知らずに、当時流行した『だんご三兄弟』の歌を振り付けまで踊りながら披露すると、一番旬なネタだった僕のクラスは大爆笑!その笑い声は全校生に飛び火して、歓声に気分の良くなった三人の先生は、ニコニコと笑いながら踊っていた。

 サビに入ると全校生が『団子、だんご、団子、ダンゴ!』と大声で熱唱する圧力に僕は耐えきれず、皆んなの前で声を出して泣き出した。

 大賑わいだった体育館は一気に静まり、僕の泣き声だけが響いていた。理由のわからない長谷川先生は、僕のところに来て「どうしたの、どうしたの?」と、問い掛けるだけだった。


 嫌な気分が残るまま年を越して、日が経つごとに憂鬱になる冬休みを過ごしていたが、明けて新学期になると教室の友達は、何事もなかったように僕と話していた。

 話題はお年玉をいくらもらったかなどに変わっていて、親戚や和菓子屋の従業員から沢山のお年玉を貰っていた僕は、当時流行っていたカードゲームのレアカードなどを手に入れて人気者になっていたくらいだ。

 そんなことが嫌な思い出を忘れさせていたが、桜が散り、夏休みも終えて、公園の枯れ葉を踏みながら歩くようになると、再び憂鬱な日がやってきた。

 小学校三年生、二学期の終業式、この後に待っていたのは、あの嫌な思い出が残るクリスマス会だった。

 あのお調子者は懲りることなく、「今日もおまえの家、ダンゴ食うのか?」なんて言っていたが、また泣かれてはたまらないと思っていたのか、その話に乗る連中は少なかった。けれど、僕には話を逸らそうとする皆んなの態度が、白々しく思えてたまらなかった。

 体育館では毎年のように上級生の劇を観て、合唱を聴いて、学年ごとに大縄跳びなどをして遊んだ後、恒例の先生による出し物の時間になった。

 前の年に僕の大泣きで中断させた『だんご三兄弟』を披露した長谷川先生と二人の教師が、再び全校生の前に立った。まさかとは思うが、僕はまたあの歌を歌い出すのではないかと思ってヒヤヒヤしていたが、ニコニコと笑いながら長谷川先生が言った言葉は、前例のないことだった。

「今日は特別に、先生たちから皆んなにプレゼントがあります!」

 そう言って合図すると、驚くことに僕の母さんとサンタクロース格好をした二人の従業員が、積み重ねられた平たい箱を持って体育館に入って来た。

「どうせケーキとかは、家で食べるでしょ?だから先生たちからは、これがクリスマスプレゼントです!」

 皆んなが「なに!何?」と言いなが、積み重ねられた箱に群がって中を覗くと、桜色、白、緑の順に串刺された三色団子が並んでいた。

 それを見た僕は、また揶揄われるのでわないかと思って焦っていたが、皆んなの応えは反していて、「おー!すげー!」とか、「かわいい!」「きれい!クリスマスの色だ!」など、歓呼の声が飛び交っていた。

 

 長谷川先生は僕の家の団子を、「メリークリスマス」と言いながら皆んなに配っていた。

 全校生に手渡されると、皆んなが嬉しそうに団子を食べていて、僕を揶揄っていた連中まで、「おまえんちのダンゴ、うまいな!」なんて調子の良いことを言っていた。

 僕はとても誇らしく、涙が出そうなほど嬉しかったが、また皆んなの前で泣くのは恥ずかしいから、ぐっと堪えた。


 後に聞いた話しによれば、僕が泣き出した理由を知った長谷川先生が、全校生の前で恥をかかせてしまったと気にしていたらしく、どうにかして僕に花を持たせたいと言って、校長や他の先生に頼んでくれたらしい。

 それからクリスマスの三色団子は、僕の母校では今日まで恒例となっている。

 長谷川先生が他の小学校へ移動してしまった今、当時の事を知っている先生も少なく、この三色団子の代金も僕の給料から天引きとなっているが、あの時の恩返しと思えば安いものだ。

「この団子インスタ映えしそうだから、もうちょっとクリスマスっぽくアレンジしたら、今日も売れそうですけどね」

 新米の従業員が、僕の串刺す団子を見ながら余計なことを言っている。

「いいんだよ、これは、これで」

 今でも家では、クリスマスだからといってケーキやチキンなど食べないが、子供たちがこの団子を食べた時に見せる笑顔が、僕にとっては最高のご馳走だ。


 僕の家にサンタクロースなんて来たことがないけれど、今でも大切にしているプレゼントはもらったことがある。

 僕にとっては、この団子を皆んなに届けてくれた長谷川先生が、本物のサンタクロースだ。


〜団子でメリークリスマス〜

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