クリスマス短編集〜それぞれのXmas〜

堀切政人

第1話 日曜日のクリスマス

「クリスマス何やってるの?もし夜、空いてるなら食事でもしない?」

 この台詞を言うために使った代金、六百六十円。照れ臭さを紛らわすために、缶ビールを三本飲んだ。

 美香をクリスマスに食事へ誘おうと思っていることを、会社の先輩に相談したら、『言いづらいなら、空いてるかLINEを送ってみれば?』とアドバイスされた。

 大学生以来彼女のいない僕は、もうすぐ三十歳のアラサーだと自分で言っている先輩よりも女性に疎くて、デートの誘い方なんて数年前からアップデートされていない。

「今どき、急に電話で誘われたら、ビビって警戒するよ」

 そう言われたが、やはり電話で誘うことにした。昔、メールで告白したと言った友人を、普通、直接言うだろと貶したこともあったし、LINEでは既読されるまでの時間を、僕は待ちきれないだろうと思ったからだ。

 電話を掛けると、木琴を軽快に叩くような音が二秒ほど聞こえた後に、美香の声に変わった。

「あ……クリスマス何やってるの?もし夜、空いてるなら食事でも行かへん?」

 ダメだ、ダメだ!酒が入っているせいか、高校生まで大阪に住んでいた癖で、関西弁が出てしまった。

 前に仕事のことで美香と討論になった時に、むきになると関西弁になるのが怖いと言われたことがある。

 美香は僕と同じ、イベント企画会社に勤める一歳年下の後輩で、今回大手デパートから依頼を受けたクリスマスイベントの企画でも、同じチームになっている。

 彼女が入社したときから気になっていたものの、彼氏がいると聞いていたから、これまでは先輩と後輩の関係以上に発展させたいとは思っていなかった。しかし、考えが変わったのは、二日前に女性同士で話していた会話を聞いてしまったからだ。

「もう、先週彼氏と別れちゃって最悪。クリスマスどうしよう……」

 美香が僕と同期の女子たちに彼氏と別れたことを話していた。それを聞いた僕は喜びと同時に、頭の中が忙しく物事を考え始めた。

 ぼやぼやとしていて、彼氏のいない女性たちが『シングルベルパーティー』なんてものに美香を誘ってしまってはまずい。

 それならまだしも、噂を聞いた僕のような悪い虫が、クリスマスに美香を誘い出すかもしれない……

 そう思った僕は、美香をクリスマスに食事へ誘い、気持ちを伝える決心をした。

「クリスマスって、二十四日の夜のことですか?」

「え?クリスマスって二十五日じゃないの?」

 やはり僕はアップデートされていないのだろうか……数年前、大学四年生の時に付き合っていた彼女にも、同じことを言ったことがある。


 僕は今年のクリスマスが日曜日ということだけ覚えていて、何日だとかは気にしていなかった。

 だから、土曜日の夜は大学のサークル仲間達が開くクリスマスパーティーに出席して、日曜日に彼女とデートすれば良いと思っていた。

 けれど、土曜日の夜にイルミネーションを観に行きたいと言った誘いを断ると、猛烈に怒り出した彼女から、この言葉が出た。

「普通、クリスマスに彼女をほったらかして友達と飲みに行く?」

「だって、クリスマスは日曜日だろ」

「バカじゃないの!普通、クリスマスにデートっていったら二十四日でしょ!」

「え?クリスマスって二十五日じゃないの?」

 結局、この時は彼女を宥めて、二十五日の日曜日に朝からディズニーランドへ行って、夜は代々木公園のイルミネーションに行く約束をしたことで事を収めた。


 二十五日の朝、恵比寿駅の西口で彼女と待ち合わせると、先輩から借りた車に乗ってきた僕を見て、彼女は呆れた顔をしていた。

「ついでにドライブなんかもいいだろ?」

「バカじゃないの?今日、日曜日のクリスマスだよ?道混んでるに決まってるじゃん。それに、ディズニーランドの駐車場が空いてなかったら、どうすんのよ……」

 僕は良かれと思ったことだから謝る気もせず、彼女も不服そうにしながら助手席に乗って目的地へ向かうが、彼女の言う通り国道は日曜日と思えないほど混んでいた。

 ディズニーランドに着くと、彼女の予想は的中して駐車場が空いていなく、近くのコインパーキングを探したりしていると、気まずい僕と、腹を立てている彼女の会話はほとんど無いまま、園内に入った時には午後になっていた。

 園内に入ると夢と魔法の力なのか、彼女は少しだけ機嫌を戻して笑っていた。最初は空いてそうなアトラクションを見つけて乗り、キャラクターのケースに入ったポップコーンが欲しいと言う彼女の要望に応え、ドナルドダックを見つけて写真を撮ったりしていると、あっという間に時間が過ぎた。

「ねえ、次、あれに乗ろうよ」

「は?二時間待ちだぞ?乗り終わったら夜になっちゃうよ」

「別にいいじゃん」

「イルミネーション行くんだろ?間に合わないよ」

「ああ、もういいよ。折角来たんだし」

 朝から彼女に言われっぱなしだった僕は、いつもなら同意するはずのことにも腹が立ち、ここぞとばかりに言い返した。

「自分でイルミネーションが観たいって言ったんだろ!勝手なこというなよ!」

「は?そもそも、あんたが無計画だから悪いんでしょ?イルミネーションだって、本当は行きたかったの昨日だし!」

「勝手に決めたの自分やろ!何言うとんねん!アホか!」

「バカじゃないの、むきになったらすぐ関西弁使って怒れば、ビビると思って……」

 子供の見ている前で大声を出して喧嘩している僕たちを見兼ねたのか、ドナルドダックが無言で仲裁に入ってくると、彼女は「帰る」と言って去った。

 僕はドナルドダックに背中を押されたが、去って行く彼女を追う気にはなれなかった。


 園内を出てコインパーキングまで向かう道、僕の苛立ちが少しづつ治ると、やはり彼女に謝ろうと思い始めていた。

 コインパーキングに着き、車の運転席に乗ると、僕はスマホを手にして彼女にLINEを送ろうとしたが、既に彼女からメッセージが来ていて、『別れよう、バイバイ』と書かれていた。

『ゴメン、僕が悪かった』と送れば元の鞘に収まったのかもしれないが、僕はただ、彼女から送られてきたメッセージを既読にするだけで何も返信することがでず、心の中で別れを了承するだけだった。


「あの……どうかしました?」

 あの時の失敗を思い出していた僕は、いったいどのくらいの間、美香に無言でいたのだろう……

「あ、ゴメン!ちょっと考え事しちゃって、本当にゴメン」

 我に返った僕は、慌てて声を出す。

「二十五日の夜なら空いてるんで、大丈夫ですよ。珍しいですね、先輩から誘ってくるなんて、あ、やっぱりクリスマスに一人じゃ寂しくなっちゃいました?」

「ち、違うよ!」と言いながらも、僕の気持ちは、サンタクロースに会ったと言う子供のように舞い上がっていたが、欲張りを覚えた感情は、彼女にとっては余計なことまで訊いていた。

「やっぱり、あれ?二十四日だと他の先約があるわけ?」

「え、何言ってるんですか?二十四日の夜は、私たちイベントの現場に行く日じゃないですか。何の予定もないメンバーが押しつけられて……」

 何を言っているのかと恥ずかしくなった僕が、笑って誤魔化すと、美香の笑い声もクスクスと聞こえた。


 無計画と言われた僕だ、今度は店が満席だったなど失敗がないように、ちゃんと準備をしよう。

 今、流行っている店や食べ物は何だろう?あの時から止まっている自分をアップデートしなければ……ネットで調べてもいいけど、久々に情報誌でも買って読んでみようかな。

 美香との電話を切ると、僕は一足先にクリスマスプレゼントをもらった気分で、コンビニへ向かった。


〜日曜日のクリスマス〜

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